【第51話:現実世界でも……?】
「時任君!」
教室に向かっている最中、校舎に入る手前で呼び止められた。
振り返ると嬉しそうな顔の八奈出さんだった。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「ど……どういたしましまして」
ゲーム世界のレナとまったく同じ彼女の顔を見た途端鼓動が跳ねた。
あっちの世界では、ついさっきまで抱きしめ合っていた。
レナは俺を大好きですと言ってくれた。
それが脳裏に浮かぶ。
別に八奈出さんと告白しあったわけでも抱き合ったわけでもない。
だけどまったく同じ顔をしているから、ドキドキするのも当たり前だ。
「おかげさまで弟にはあのペンケース大好評でした」
「そりゃあよかった」
「それに時任君との「デっ……」
──デートっ!?
いや、あれは八奈出さんの弟へのプレゼント購入を手伝っただけで、デートじゃなかったはずだ。
確かに八奈出さんがある程度の好意を持ってくれていることは感じている。
だけどそれは友人としてということだと思っている。。
だってゲーム世界ならともかく、ここは現実世界だぞ。
八奈出さんほどの高嶺の花が、俺に恋するなんてない……よな?
でもさっきは、確かにデートって言った。
──ん? ちょっと待てよ。
慌ててズボンのポケットからスマホを取り出した。そして『デート』の意味を検索してみる。
すると『恋人同士や好意を持つ異性が一緒に出掛けること』ということだけではなく、『異性と二人で出かけること』という定義の辞書があった。
なるほど。てっきりデートとは、恋人同士、もしくはそれに準じるくらいの好意を持つ男女が出かけることを意味するのだと思っていた。
だがもっと軽い意味でデートという言葉を使うこともあるのか。
うん、この世界にはスマホがあってよかった。
そうじゃなければ勘違いするところだった。
「何を調べているのですか?」
「あ、うん。八奈出さんが『デート』って言葉を使ったから、どういう意味かなと思ってね」
「あ……ああっ、ごめんなさい!」
顔を上げると、そこには真っ赤な顔をした八奈出さんがあわわと口を開けていた。
しまった。デートの意味を調べてたなんて、変なことを言うべきじゃなかった。
「大好きな時任君と出かけられたことがとても嬉しくて、つい無意識にデートって言っちゃいました」
「へ?」
「と、時任君はそんなつもりじゃなかったですよね。弟への買い物にお付き合いいただいただけですもんね」
──なんですと?
八奈出さんが真っ赤な顔で青ざめてる。
「ホンっと、ごめんさないっっ!」
ガバっと頭を下げる八奈出さん。
「あっ、いや、そうじゃなくて……」
なんて言ったらいいのかわからずに動揺しているうちに、教室の方に走り去ってしまった。
うっわ、やっちゃった。変なことを口走らなければよかった。
それにしても──さっき八奈出さんは俺のことを『大好きな』って言ったよな。聞き間違いじゃないよな。
生真面目すぎるくらい生真面目な八奈出さんのことだ。俺をからかってるとは思えない。
ということは本当に八奈出さんは俺を異性として好きなのか?
そうであれば嬉しい。
だけどやっぱり『友達として大好き』という可能性もなくはない。
どっちなのだろう。はっきりさせるには、俺の方から訊けばいいのだが……
──いやいやいやっ、ハードル高くないかっ!?
『八奈出さんは異性として俺のことが好きなのかな? アハハ』
なんて、いったいどんな顔して訊けばいいんだよ。
やっぱり壁ドンとかしながら?
いや、それじゃ単なる勘違い男だ。
そうじゃない。
どうしたらいいのかあまりに悩ましくて、思わず頭を抱えた。
「あっ、時任君おっはよーっ!」
突然聞こえた明るい声の方を見ると、小柄で巨乳な美少女が立っていた。
「あ……影裏さん。お、おはよう……」
「どしたの頭を抱えて。なにか悩みあるん?」
「いや別に」
「なんでもあたしが相談に乗るよ。言ってごらんよ」
「いやいいよ。大丈夫だ」
八奈出さんの気持ちをどう確かめたらいいのか、いくらなんでも影裏さんに訊くわけにはいかない。
「そっか。まあ無理には言わないけどね。でももしもマジで困ったらいつでも相談に乗るよ。遠慮しないで声かけてくれたらいいから」
押しつけがましくならないようにの配慮が、影裏さんの優しさを感じる。
「ありがとう。でもなんで俺なんかにそんなに親切にしてくれるの? そんなに親しいわけでもないのに」
「んもうっ、ファミレス誘った時にも言ったでしょ。時任君は魅力的だし、興味あるんだよ」
「そ、そんなのは過大評価だって。でもありがとう」
以前の俺なら、きっと『そんなことない』とぶっきらぼうに否定して終わりだった。
ちゃんとありがとうを言えたのは、『まぎアマ』の世界で鍛えられたからに違いない。
俺も女子とちゃんと話せるようになったのだと、自分のことながら妙に感心した。
「あ、教室行こうよ。遅刻しちゃうぞ」
学年一の美少女が、右手で拳銃を撃つような仕草をしながら『しちゃうぞ』なんて言った。
可愛すぎて困る。
「わ、わかった。行こう」
俺が魅力的だとか興味があるだとか。
こんなに言ってくれるのは嬉しい。だけど逆に怖くもなる。
ゲーム世界でレナとハルルが二人とも俺を好きだと言ってくれた。
もしも八奈出さんと影裏さん、この二人も俺のことを好きになってくれたりすると……
ここはゲーム世界じゃないから、そんな都合よくハーレムエンドになるはずがない。
待っているのは本物の修羅場かもしれない。
修羅場を回避するにはどうしたらいいのか。
いや、そもそもここは現実世界なんだから、そんなことは起きないよな。
でも万が一ということもある。
その前に八奈出さんの気持ちを確かめるのが先か……
ダメだ。思考がぐるぐると回って、冷静に考えられない。
とにかく授業を受けつつ、じっくりと考えることにした。




