【第48話:ハルルが危ない】
「▼※◆#! 落雷の魔法っ!」
ハルルが素早く魔法を放つ。
黄色く光った稲妻が魔物の身体を直撃した。
衝撃で一瞬勢いが緩んだが、倒れることもなく狼は態勢を持ち直した。そしてそのまま俺たちに突っ込んでくる。
俺の前にはハルルが立っている。
このままだと彼女が魔物の攻撃をまともに受けてしまう。
「危ないハルルっ! 逃げろ!」
「逃げないっ!」
「なんでだよっ!」
「ユーマ君を守りたいからっ!!」
「ダメだって! 逃げろ!」
言っても動かないハルル。
俺は前に出て、彼女の前で盾になろうとしたが──あと一歩間に合わなかった。
ガズンッ!
鈍い音がした。ハルルの口からうめき声が漏れる。
「うぐっっ……」
ミドルウルフがハルルの胸元に食いつき、大きく首を振った。
服の胸元が破け、小柄な彼女の身体はいとも簡単に宙に浮いた。
そのまま投げ出されて、後方の地面にどすんと打ちつけられた。
「ハルルっ!! 大丈夫かっ?」
急いで駆け寄る。地面に横たわった彼女の上半身を抱きかかえて起こす。
狼に食い破られた服の胸元が破け、露わになった肌からは血が吹き出している。
「ミドルウルフっ! 私が相手ですよ!」
レナが魔物の注意を惹きつけてくれている。
弱いながらも連続で攻撃魔法を放つ。そのせいでミドルウルフは警戒して動けない。
この隙に早く、ハルルを回復させなきゃ。
「ハルル! 治癒魔法だ」
「あ、うん……そうだね」
ハルルは手を自らの胸に当てて、呪文を唱えた。
しかしその手には小さな魔力しか集まらない。
「あれぇ……おかしなぁ。全然魔法が効かないや。この前ダンジョンじゃ、あっという間にユーマ君を治せたのにね」
ハルルの声には全然力がない。かなりダメージを受けてるみたいだ。
「ねえユーマ君。なんだか頭がぼーっとしてきたよ」
「ハルル、あまり喋るな」
出血のせいで貧血を起こしてるのか。ヤバい。
「ねえユーマ君。わたし、もうダメなのかな」
「何言ってんだ。そんなこと考えるな」
「お願いがあるんだ」
「なに?」
「わたしのこと、大好きだって言ってほしい」
潤んだ目で俺を見つめるハルル。
俺を好きだって言ってくれるハルル。
身を張って俺を守ってくれたハルル。
そしてこれまでの出来事がぐるぐると頭の中に浮かんだ。
可愛い屈託のない笑顔。
レナに頼まれたから、じゃなくて。
自然と、とてもとても愛おしく思えた。
「ああ、大好きだよハルル」
彼女の背中を支える両の腕に思わず力が入る。ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとうユーマ君」
ハルルの身体がぼぉーっと光る。
俺への好感度が高まった証拠だ。
「ねえ、今度はキスして」
言ってハルルは目を閉じる。
「え?」
それはさすがに……俺はキスの経験なんてないからちゃんとできるか自信がない。
しかもここにはレナもいる。目の前でキスするなんて気が引ける。
一瞬戸惑った。するとレナの叫ぶ声が響いた。
「ツアイト君! 早くキスをしてあげてください! そうじゃないと、もう……持たないです」
レナはふらふらになりながら、連続して攻撃魔法を放ち続けていた。
このままだと体力が尽きて、魔法を放てなくなりそうだ。
だけどそれとキスになんの関係が?
──あ。ラブ・エナジー効果!
ハルルの魔力が高まったら、治癒魔法も余裕で効果を出せるはずだ。
だけどハルルにキスなんかしたら、レナが悲しむんじゃないのか。
「私のことは気にしないで! 早く! 早くキスしてください!」
俺の葛藤を見通すかのようなレナの言葉。
目の前には俺の腕の中で目をつむるハルル。
自信がないなんて言ってられない。このままじゃ三人とも全滅だ。
俺は──覚悟を決めた。
ゆっくりと顔を近づけて、ハルルの唇に自分の唇を合わせる。
ぎごちない動きなのは許してくれ。
彼女の柔らかで淡い桃色の唇がぴくりと震えた。
──ちゅっ。
小さな音を立てて、キスをした。
「んふぅ……」
ハルルは小さな声を漏らす。頬が桜色に染まる。
その途端、彼女の体中が眩い光を放った。
大気中から魔力が集まり、彼女の身体を満たす。
目を開いたハルルは、その手を自分の胸に当てた。
そこに魔力が集中する。
あっという間に胸に傷は消え、破れた服も修復された。
「もう大丈夫っ!」
立ち上がったハルルは潤んだ目で俺を見つめる。
「愛してるよユーマ君」
可愛い笑顔。ハートを射抜かれた気がした。
「きゃあっっ!」
後方でレナの悲鳴が聞こえた。
とうとう体力が尽きて魔法を出せなくなったレナを見て、ミドルウルフが襲い掛かる。
「させるかっ! レナちゃん、助けるよ!!」
元気を取り戻したハルルが素早く、得意技の落雷の魔法を放つ。
見事に命中し、衝撃で狼の魔物は横に吹っ飛んだ。
「ハルルちゃん……よかった」
ハルルが元気になった姿を目にすると、さっきまで厳しかったレナの顔が気が抜けたようになった。
そしてそのままへなへなと地面に崩れ落ちる。
「レナっ! 大丈夫かっ!?」
今度はレナの元に駆け寄った。
倒れた彼女に背中に手を回し、上半身を抱きかかえて起こす。
今日は美女を抱きかかえてばっかの日だ。
「ユーマ君。ハルルと仲良くしてくださいね」
切れ長の目を細めて、微笑む美少女。
自己犠牲をいとわず、なのにそれをまったく恩に着せない女の子。
とても尊く輝いて見えた。
──ドキリとした。
ついさっきハルルに『大好きだ』って言ったばかりなのに、可愛い女子にドキドキするなんて。
これってもしかして浮気なのか?




