【第46話:逃げ出した魔物】
レナが突然、俺がハルルを好きなのかって訊いてきた。
「いや、あの……別に嫌いじゃないけど、好きってわけじゃない」
「そうですか」
レナの強張っていた顔が少し緩んだ。
「突然どうしたの?」
「急に変なことを訊いてごめんなさい。ツアイト君を困らせる気はないのですが……今日ハルルちゃんがツアイト君にかなり積極的にアプローチしてるのを見て、訊かずにはいられなかったのです」
やっぱり嫉妬していたんだ。
「それにツアイト君がまんざらでもなさそうな顔をしてましたから」
──いやいや、そんなことないよね?
「それは誤解だよ」
「じゃあツアイト君は、私のことをどう思っていますか?」
「え?」
突然の質問に戸惑う。
どう答えるべきか。
迷ってるうちに、レナは勢いをつけるように深呼吸をしてからまた口を開いた。
「私は、ツアイト君のことが好きです。大好きです」
──え?
生真面目なレナがストレートに告白するなんて、思ってもみなかった。
ちょっと待って。ほんの短い間に、学園でも屈指の美少女二人に告白されるなんて信じられない。
俺は人生のすべての幸運を、今この瞬間使っているのかもしれない。
もはや使い果たしている気がする。俺、もうちょっとしたら死ぬのか?
いや。美女二人に好意を寄せられるのは、俺の実力ではない。
たぶんこのゲーム世界のラブ・エナジーという仕組みのおかげで、女子達の好意が高まったのだと思う。
だから自分の魅力でモテてるなんて勘違いをしないように気をつけよう。
「ツアイト君は、私のことをどう思っていますか?」
さっきと同じ質問がもう一度繰り返された。
しかもさっきよりも強めの口調。
俺の気持ちを知りたいという意思が強く滲んでいる。
さすがに黙ったままではいられない。
「レナのことは、人として大好きだ。だけど……」
「私と付き合ってください」
真面目なレナからしたら、一世一代の告白だったのだろう。
身体の横で握りしめた両手が、緊張でガチガチなことを示している。少し涙目だ。
こんなレナを見ると、断わるのはとても忍びない。
でもさっきのハルルと同じように、誠意を持ってはっきりと断らないといけない。
「レナはずっと俺のことを気にかけてくれて、すごく感謝している。それに優しいし美人だし、とても素敵な人だ。でも俺は、愛とか恋とかわからないんだ。付き合うとかはできない。ごめん。ホントにごめん」
もしかしたら俺のこんな答えをレナは予想していたのかもしれない。
やっぱり……というような顔をしている。
「わかりました。迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑だなんて全然思ってないよ」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ……」
レナはそこで大きく息を吸ってから、俺の目をまっすぐに見た。
「これからもツアイト君のことを好きでいていいですか?」
レナの健気な言葉に、胸を撃ち抜かれるような気がした。
「うん。ありがとう」
その時、レナの全身から発する明るいオーラが、少し小さくなったように思えた。
──しばらく沈黙が流れた。
こんな展開になってしまったけど、レナとはこれからも友達でいれるのだろうか。
そんなことばかりぐるぐると何度も考えていた。
「あれっ? レナちゃんとユーマ君、まだいたの?」
戻ってきたハルルが目を見開いている。
「うん。レナが、ハルルが心配だから待っていようって。この辺りで金持ちの家から魔物が逃げ出したらしいんだ」
「ああそれ、噂になってるのわたしも聞いた。だから不安だったんだ。二人が待っててくれてよかった」
ハルルは笑顔を浮かべた。
「じゃあ帰りましょうか」
「うん。ありがとうねレナちゃん」
「どういたしまして」
三人で家に向かって歩き出す。
「今日は楽しかったね」
「そうですね」
二人とも普段どおりの態度で、何気ない会話を交わしながら歩いた。
でも二人とも、いつもに比べて元気がないような気がした。
***
しばらく歩いていると、茜色だった空があっという間に薄暗くなっていった。
「大丈夫でしょうか……」
夜の闇に包まれると、やはり不安が募る。
「あはは、レナちゃんは心配しすぎだよ。大丈夫だって」
あっけらかんと否定しようとしたハルルだが、突然目を見開いた。
「……あっ」
俺とレナがその視線の先を追うと──
道の少し先に、黒くて大きな狼がいた。
「ミドルウルフ!」
「そ、そうですね」
ミドルウルフ。それは中型の狼型モンスターだ。
中型と言っても現実世界のライオンよりもひと回り大きいし、目の前にいると恐怖でしかない。
そいつが俺たちの方を向いた。
ゆっくりと近づいてくる。ヤバい。
「ど、どうしましょう」
「大丈夫だよ。だってわたし達、一角狼を倒したんだよ」
ダンジョンで二人が倒した一角狼は、狼型の中でも最強クラスのAランクモンスター。
それに対してミドルウルフはCランクだ。
身体の大きさも一角狼に比べると小型。
……とは言えライオンよりも大きい。
フーフーと息を吐く大きな口からは唾液がボトボト滴り落ちている。俺たちを襲う気満々に見える。
近づいて来るとやはり恐怖だ。
「いくよレナちゃん」
「わかりました」
二人は腰を落として身構えた。両手を前に突き出して、そこに魔力を込める。
二人の女子はやる気満々だ。
男の俺だけがビビってるなんて情けない。
魔法では全然二人に敵わないけど、せめて気持ちだけは負けないようにしなきゃ。
──と思ってモンスターを睨みつけた。
俺たちが闘う姿勢を見せたからか、ウルフは身構えたと思ったら、急に身体をバネのように曲げた。そして飛びかかってきた。
「レナっ! ハルル! 気をつけて!」
「大丈夫だよっ、あたし達に任せて! ▼※◆#! 落雷の魔法っ!」
「そうですよツアイト君。●×Ψ◎! 業火の魔法!」
二人は素早く詠唱をした。
あれは、Aランクモンスターを見事に倒した二人の得意魔法だ。
Cランクモンスターなどひとたまりもない──と思ったのだが。
二人の手から発せられた魔法は威力が弱々しかった。
ミドルウルフに見事に命中したにもかかわらず、モンスターは平気な様子で立っていた。
──え? なぜ?




