【第45話:人生初めて告られる】
ペットショップを出ると、もう西の空が茜色になっていた。
楽しくて思ったよりも長くお店にいたようだ。
「そろそろ帰らなきゃですね」
「そうだね」
レナと俺が交わす言葉を、ハルルは少し不満げな顔で聞いていた。
「もう少し遊んでたいなぁ……」
「さすがにそろそろ帰らなきゃですよハルルちゃん」
そうだよ。これ以上遊んでたら夜になってしまう。
この世界でも未成年はあまり夜遅くまで遊んでいてはいけない。
親や学校から怒られるし、下手したら魔物が出現することもあるらしい。なんと恐ろしい。
──いやそれ、現実世界よりも夜遊び厳禁じゃん!
「そうだね。残念だけど帰るか。また遊びに行こうねユーマ君」
「うん」
三人とも家までは歩いて帰る。って言うか、この世界には電車はない。
この世界での移動手段は徒歩、バス、自動車などだ。
魔法世界ということで箒で空を飛んだりするのかと思ったけど、それはないらしい。
途中で別方向に分かれるけど、途中までは三人同じ方向。
「じゃあ行こうか」
家路に向かって歩き出そうとした時、レナが少し恥ずかしげに言った。
「少し待ってていただけますか?」
「どうしたの?」
「えっと……あの……ちょっとお手洗いに」
ああ、それは気がつかなくて申し訳なかった。
これから家まで30分くらい歩いて帰らないといけない。
だから今のうちにお店のトイレを使いたいというわけか。
「じゃあわたしとユーマ君はここで待ってるね。ごゆっくり〜」
「はい」
レナはペットショップのある建物の中へと歩いて行った。
その背中を見送って、ハルルが話しかけてきた。
「ねえユーマ君」
「ん?」
いつもよりも真剣な声色だ。どうしたんだろう。
「レナがいない間に、真剣な話があるんだ」
「なに?」
「わたし、本気でユーマ君のことが好きになっちゃった」
い……いきなりっ!?
びっくりした。胸がドキドキ、心臓が破裂しそうだ。
「あ……ありがとう」
「どうかな?」
「どうって……人生初めての体験だから、戸惑っている」
「そうじゃなくて、わたしと付き合ってくれる?」
「え? いや……」
ハルルはストレートに気持ちをぶつけてきた。
こんなに可愛い女の子に好きと言われて、嬉しくないはずはない。
だけど、それでもやっぱり、ハルルに対して異性としての感情が生まれたわけじゃない。
しかもレナも俺に好意を持ってくれている。それを考えたら、迂闊に付き合うなんてできない。
俺みたいなモテない男子が言うのは大変おこがましいのだが、断わるしかない。
だけどここまで好意を持ってくれているのに、断るなんて勇気がいる。
傷つけたくない。嫌われたくない。
……いや。曖昧な態度を取るのが一番ダメだよな。ハルルにも失礼だ。
気持ちに応えられないことをはっきりと言わなきゃだ。
「ごめん。付き合うことはできない」
「レナが好きだから? ユーマ君は、もしもレナに告白されたら付き合うの?」
「いや……それはない」
「じゃあ、わたしと付き合ってよ」
ハルルは必死な顔でアプローチしてくる。
いつも太陽みたいに明るくて可愛い女の子に、こんな顔をさせてはいけない。
そうは思うけど、やっぱり付き合うなんて返事はできない。
「ごめん。ハルルを嫌いとか、レナと付き合いたいとかじゃないんだ。ハルルもレナも大切な友達だ。人として大好きだ。でも異性として好きとか、そういう気持ちはないんだ」
「そっか……」
「ごめん。俺がガキだから、愛とか恋とかわからないんだ」
「そんなことないよ。でもわかった。はっきり言ってくれてありがとう」
そう言うハルルの声は震えている。
顔を横にそらしたから見えないけど、もしかしたら涙を浮かべているのかもしれない。
なんとなくだけど、ハルルの全身から発せられる明るいオーラが、少し小さくなったような気がした。
気まずい沈黙が流れる。
永遠に続くのかと思うくらい、長い時間に感じる。
お願いだからレナ。早く戻ってきてくれ。
「お待たせしました……って、あれっ? どうしたのですか?」
微妙な空気を感じ取ったんだろう。
トイレから戻るやいなや、レナは俺とハルルを交互に見て訝しんだ。
「ううん、なんでもないよ。風が吹いて砂が目に入ったから、ちょっと痛いんだ」
「大丈夫ですか?」
「えっと……ちょっとわたしもトイレに行って、目を洗ってくるよ」
砂が目に入ったなんて、ついさっきまでハルルはそんなことを言ってなかった。
泣いていることを隠すための嘘に違いない。
「じゃあここで待ってますね」
「いや、待たせるのは悪いから先に帰ってよ」
「え? 別に悪くないですよ。待ってますよ」
「あ、えっと……ちょっとお腹も痛いから、トイレに時間がかかるかも。だから先に二人で帰ってよ」
「あ、ハルルちゃん……」
レナの言葉を聞き流して、ハルルはお店の方に駆けて行った。
泣き顔をレナに見られたくないのだろう。
それに俺とも、気まずくて一緒に帰りたくないに違いない。
「じゃあハルルが言うように先に帰るか」
「ちょっと待ってくださいツアイト君。やっぱりここでハルルを待ちましょう」
レナは優しいな。だけど今はその優しさが裏目に出る。
ハルルからしたら、先に帰って欲しいに違いない。
「いや。先に帰ったらいいんじゃないかな」
「いえ。気になることがあるのです」
「なに?」
「さっきペットショップの中に戻った時に、ちょっとざわざわしていました」
「何があったんだ?」
「なんでもどこかのお金持ちの家から、飼っていた魔物が逃げ出したそうです」
「ま、魔物を飼ってた!? しかも逃げ出した!? どういうこと?」
「そのお金持ちは違法に魔物を飼っていたんですって。それが檻が壊れて家の外に逃げ出したって、噂になっていました」
げえぇぇっ!
それは大変なことだ。
魔物を飼うのは危険なので禁止されている。よっぽど特別な許可がない限り、日本でライオンのような猛獣を飼えないのと同じだ。
しかし一部の金持ちは豪邸で、こっそりと魔物を飼っているという話は聞いたことがある。
そいつが逃げ出したってことか。
「それってホントのことなのか?」
「さあ……お店にいたお客さんが何人かそんな話をしてたのですけど、本当かどうかまではわかりません。でも本当だとしたら、ハルルだけ置いて帰るのは不安です。だから三人一緒に帰りましょう」
確かにそれは危険だ。
「わかった。じゃあここでしばらく待っていようか」
「そうですね」
そこでレナは突然黙り込んだ。どうしたんだろ。
「あの、ツアイト君。こんなところで突然こんなことを訊くのは気が引けるのですが、どうしても気になることがありまして」
そんな言い方されたらこっちが気になる。
「どうした? 遠慮しなくていいから訊いてよ」
遠慮がちに上目遣いに、でもしっかりと俺の目を見つめて、レナが驚くような質問を投げてきた。
「はい、ありがとうございます。ツアイト君って……えっと……ハルルのことが好きなのですか?」




