【第44話:尽くし尽くされ】
ペットショップに併設された、動物グッズの販売コーナー。ぬいぐるみやアクセサリーはもちろんのこと、家庭雑貨や衣服まで、様々なグッズが陳列されている。
どれもこれも可愛い。確かに動物好きならたまらない品揃えだ。
俺もこういうグッズは嫌いではない。
「うっわ、なにこれ? 可愛い!」
早速ハルルが反応した。よだれが出そうな緩んだ顔。
「でしょ? このお店は私のお気に入りなのです」
「でかしたレナ!」
レナにハルルが抱きついた。テンションだだ上がりだな。
豊かなハルルの巨乳がぐにゃりと歪んでいる。
なにがでかしたなのかよくわからないけど、美女がじゃれあってる姿は美しい。
でも確かに魅力的なグッズがたくさんある。
おっ、あれはマルチーズのデフォルトされたイラストが可愛いTシャツ。
俺、マルチーズの愛らしい姿が結構好きなんだよなぁ。
「あ、これいいなぁ!」
ハルルが手にしたのは、可愛い仔犬があしらわれたネックレスだった。
「おお、なかなかいいな」
「ユーマくんもそう思う?」
「うん、思うよ」
「じゃあこれ、欲しいな」
「いいんじゃないかな」
「じゃあこれ、欲しいな」
なぜ二度言った?
不思議に思ってハルルの顔を眺めた。
「じゃあこれ、欲しいな」
なぜ三度言った?
と思ったところで、ふと気づいた。
ハルルは甘えたような、物欲しげな目で俺を見つめている。つまり──
「これを俺に買って欲しいのか?」
「うん」
可愛く即答された。
「あ、勘違いしないで。単なるクレクレ女じゃないの。こういうネックレスとか、……な人に買って欲しいと思うじゃない」
「え? どんな人だって?」
「だから、……な人だよ」
聞こえない。あえてそこだけ小声になってやしないか?
「聞こえないんだけど」
「んもうっ、あと一回しか言わないからよく聞いてよ」
言ってハルルは頭を俺の耳元に近づけてきた。
彼女は手で口元を隠して囁く。温かな吐息が耳たぶにかかってくすぐったい。──っていうかエロい。
「好きな人に買ってもらいたいんだよ。ネックレスをプレゼントされたら、お前は俺のものだって言われてる気がするよね」
ちょっと待て!
俺はそんなこと、まったく思っていないぞ。
ハルルの言葉に驚いて、ぴょんと後ろに飛び退いた。
少し離れて美少女の顔を見た。
頬がうっすらと赤みを帯びて、恥ずかしそうな顔をしている。
それよりも、今、サラッととてつもないことを言われた気がする。
えっと……ハルルは俺にネックレスを買って欲しいと言ったよな。
そしてネックレスは好きな人に買ってもらいたいと言った。
これらを合わせると、つまり──ハルルは俺のことを好きだって意味だよな。
──え、え、え?
待って、待って、待って。
俺、人生で初めて女の子から告られたんだけどっ!
しかもアイドル級の可愛い女の子に。
ハルルにラブ・エナジー効果が出たのを見て、俺に好意を持ってくれてるのは気づいていた。
だけどいきなり、それもこんなに直接的に告白されるだなんて思ってもみなかった。
やはり「好きなんだろうな」と想像するのと、はっきり直接告白されるのでは、衝撃度に雲泥の差がある。
突然のことに衝撃を受けて、思考がショートした。
「わかった。プレゼントするよ」
気がついたら、そう答えていた。
そんなに高価なものではない。だけど喜んでもらえるなら、プレゼントするのもいいよなぁと思った。
推しの配信者にスパチャを投げて、喜んでもらう気分。
「やった!」
ハルルはニンマリ嬉しそうな顔をして、レナをチラリと見た。もしかして勝ち誇ってる?
レナに少し悪い気がしたが、買うと言った以上言葉に責任を持たなきゃいけない。
財布からお金を出して支払った。
「わがまま言ってごめんね。ホントにありがとうね。大切にするよ」
買ったネックレスを渡すと、ハルルはとても大事なものを手にするように、丁寧に受け取った。
すごく喜んでくれたようで嬉しい。
「じゃあ次は私の番ですね」
突然レナが言った。ふんすと鼻息が荒い。
かなり気合が入ってる様子だ。
うーむ……二人に奢るのはなかなか厳しいが、片方だけを贔屓するわけにはいかない。覚悟を決めよう。
「レナはどれを買ってほしいの?」
「いえ、私は……逆にツアイト君にプレゼントしたいのです」
「え?」「え?」
予想外の言葉に驚いた。
ハルルも同時に声を漏らした。
そしてさっきまで嬉しそうだった表情がピキっと固まった。
その顔はまるで「やられた」と言ってるように見える。
「プレゼントって、なにを?」
「なにか欲しいものはありますか?」
「いや別に」
「じゃあ例えばあのTシャツとか?」
レナが指差したのは、さっき俺がいいなと思ったマルチーズのイラストが描かれたTシャツだ。俺の好みがよくわかったな。
「さっきツアイト君は、あのTシャツを欲しそうに見てましたよね」
「あ、ああ。よく見てるねレナ」
「それはもう、私はツアイト君のことはよく見ています」
目を細めて俺を見つめるレナ。
「じゃああれを買いますね」
「いや、悪いからいいよ」
「悪くないですよ。私がぜひツアイト君にプレゼントをしたいのです。私からのプレゼントを受け取ってもらえたら、私がとても嬉しいのです。つまり私は、私自身が喜ぶためにツアイト君にプレゼントをするのです」
「そ、そうなの?」
「はい。だからプレゼントなんて要らないと言われる方が困るのです。悲しいのです」
「そこまで言ってくれるなら、ありがたくプレゼントを貰うよ」
「やった。ありがとうございます」
俺に気を遣わせないために、とっさにこんな言い方をできるレナは凄い。尊敬しかない。
それにしてもレナとハルルの性格の違いが出て面白いな。
相手に尽くしたがるレナと、相手に尽くしてもらいたがるハルルってとこか。
「うぐぐ……やるなレナちゃん」
レナはハルルに笑顔でサムズアップした。
煽ってどうする。
レナが選んでくれたTシャツを店員に包装してもらい、受け取った。
貰いっぱなしってのはさすがに居心地が悪いので、Tシャツと同じマルチーズのキャラのキーホルダーを買ってレナにプレゼントした。
そして俺たちはペットショップを出た。
さあ、いよいよこれで帰れるぞ。
この三人でのお出かけは、そりゃもう気を遣って大変だった。
もしも今後も出かける機会があるなら、それぞれ個別にしたいものだ。
そんなことを思いながら二人の顔を見た。




