【第39話:助けてくれるハルル】
【◆ゲーム世界side◆】
ゲーム世界に来た。
八奈出さんとのお出かけから一夜が明け、早めに登校して、そのまま祠に向かった。
八奈出さんとのとても濃厚な一日の翌日で、どんな顔をして彼女と顔を合わせたらいいのかと腰が引けてしまったのが半分。
そしてもう半分は──
この前レナは怒った様子で立ち去った。
本当に怒っているなら謝りたい。
それがこの世界に戻りたかった理由の残り半分だ。
今は、前回この世界を出た時間のすぐ後のはずだ。
つまりダンジョンでの実戦授業が終わって、全員が教室に戻る途中。
「やべ。周りに誰もいない。もうみんな教室に戻ってるんじゃないのか。一人遅れたら、キント先生に叱られるぞ」
慌てて教室に戻った。
やっぱり俺以外はみんな教室に戻っている様子だ。
ガラリと扉を開けると、全員が一斉にこちらに目を向けた。
教壇のキント先生も俺を見た。
「どこへ行ってたのですか? もしかして何か変なことをしていたとか?」
「変なことってなんですか?」
「うーん……なにかわからないけどやってはいけないこと」
なんだそれ。
「先生。理由もなく人を疑うのはよくないと思います」
席から立ち上がったレナが擁護してくれた。ありがたい。
「あ、そうだね。つい今までの癖で。ごめんねツアイト君」
だけどひそひそと喋る者が数名。
「だってツアイトだもんな。今まで素行が悪いんだから疑われても仕方ない」
「だよね。自業自得ってやつよね。今だってホントに改心したのかどうか」
「そうそう。レナ・キュールは正義感の強い子だからかばってるけどさ。他のみんなはツアイトを疑ってるんじゃない?」
「だよね。……良い人を擬装してるだけだと思う」
うーむ……中の人が俺に代わってからは、悪いことは一切してないんだけどなぁ。
やはり信用を取り返すのは一朝一夕では無理ってことか。
「ちょっと待ってよみんな。ツアイト君は……ユーマ君はいい人だよ」
学校一の人気女子であるハルル・シャッテンが放ったその言葉は、巨大雷の魔法ほどのインパクトがあった。
クラスメイト達は、一瞬で静かになった。
そして少し間を置いてまたざわつく。
「シャッテンさんもああ言ってるぞ。じゃあツアイトがいいヤツだって、マジなんじゃ?」
「だよね。ハルルって媚び売ったり、意味なく人をかばったりしないもん」
「ということは、ツアイトのやつマジで改心したってことか」
「ハルルさんがそう言うなら間違いないだろ」
すごいなハルル。彼女のたった一言で、俺の評判が覆った。
ありがたい。やっぱいい子だ。
そう思いながら見つめていたら、ハルルが突然こちらに視線を向けた。
俺と視線がバッチリ合う。
満面の笑みを浮かべて、ぱっちりした大きな目でウインクした。
──ドキリ。
鼓動が跳ねた。可愛い。
思わずポーっとした。
「ツアイト君」
レナの声が聞こえて、そちらに目を向ける。
なぜかジト目の、とても不機嫌な顔だった。
ヤバい。今の俺は、魔法学園の美女二人の板挟みになってるんだった。
レナの目の前でハルルに見とれるなんて、禁忌中の禁忌事項だ。
……あ。この前レナが怒っていたのは、やっぱりハルルへの嫉妬かもしれない。
そんなことは俺の思い上がりだろうと思ったけど、今のレナの態度を見たら……ホントにそうかもしれない。
レナって生真面な分、嫉妬心は強いタイプのようだ。
気を付けなきゃな。今後は細心の注意を払おう。
「みんなお疲れ様。誰も大きな怪我はなくて、先生ホッとしてるよ」
いや、俺めっちゃ大怪我したけどな。
ハルルの魔法のおかげで、身体の傷も服の破れも綺麗に修復された。だからキント先生にはバレていない。
「それじゃあ今日はみんな疲れてるだろうし、寄り道しないで帰るようにね」
本日のメインイベント、ダンジョン実戦授業が終わると今日は終業だ。確かに疲れた。
二つの世界を行ったり来たりしてるが、体力面はその世界での状態を引き継ぐ。
つまり俺は、強大なモンスターと戦い、ついさっきダンジョンから帰ってきた体調なわけだ。
しかも精神的には八奈出さんと梅田ダンジョンを歩き回って買い物して、気疲れした状態を引きずっている。
つまり何が言いたいかというと……疲れたっっっ!
ってこと。
だから今日は、一分でも早く家に帰って寝たい。
そう考えて教室を出て、足早に校門に向かった。
「ユーマ君!」
校門を出た所で後ろから呼び止められた。
ハルル・シャッテンだ。
でも疲れてるから早く帰りたい。
「どうした?」
「あのね。ユーマ君にお詫びがしたいの」
「だからもう充分謝ってもらったし、気にしなくていいのに」
「そうじゃなくてさ……」
いつも明るくて天真爛漫な彼女が、心なしか恥ずかしそうにしている。
どうしたのだろうか?
「今度の休みの日にね。一緒にお出かけしてもらえないかな。美味しいケーキの店を知ってるから、ユーマ君に食べさせてあげる」
「え? 食べさせてあげるって、ハルルさんがスプーンを持って、アーンってしてくれるってこと?」
──って言った後で、とんでもなく恥ずかしい思い違いをしていることに気づいた。
食べさせてあげるってのは、奢ってくれるって意味だ。
なのに俺って……
「ふふ。ユーマ君が望むのなら、そうするよ」
「あ、いや……べ、別に望んでいない」
妖しく微笑んで、本当にそうしてくれるような口振りのハルルだった。
が、そんなことは恋人同士がすることだ。
学園の人気ナンバーワン女子に、そんなことをしてもらうわけにはいかない。
「おごってもらうのも悪いからいいよ。遠慮しとく」
「じゃあさ、じゃあさ。奢るとか関係なく、とにかく一緒におケーキを食べに行こうよ。美味しいよ!」
俺へのお詫びはどこへ行った?
と思ったけど、ハルルが俺に好意を持ってくれていることが伝わって来た。
それに俺は、実は甘いものが大好きだ。ケーキは大好物だ。
「そうだね。行こうかな」
「やった!」
ハルルが小さくガッツポーズをした。可愛い。
──なんて能天気に考えていたら。
突然背後から声が聞こえた。
「へぇ。美味しいケーキを食べに行くのですか。いいですね」
レナ・キュールの声だ。
俺は恐る恐る振り向く。
レナが冷たく微笑んでいた。ちょっと……いや結構怖い。
「へへ、いいでしょう」
ハルルさん。レナの感情を逆なでして煽るような言い方はおやめいただきたい。
「じゃあ私もご一緒します」
「え……レナも来るの?」
「はい。いいでしょ?」
「それは……ユーマ君がなんと言うか」
ハルルは断りたそうな素振りで俺を見た。
俺が断ることを期待していることがわかる。
一方レナは期待に満ち溢れた目で俺を見る。
こちらは俺が承諾することを期待している。
うう……やはり板挟みか。
「ねえツアイト君。いいでしょ?」
レナがウインクした。可愛すぎてヤバい。
しかもレナはこれまで、ずっと俺に親切にしてくれた。そんな彼女を裏切れない。
「うん。ぜひレナも一緒に行こうよ。いいだろハルル」
「うぐぅ……ゆ、ユーマ君がそう言うなら」
ということで次の休みの日に、レナとハルルと三人でケーキを食べに行くことになった。
これってもしかして、めちゃくちゃヤバいシチュエーションなのでは?




