【第38話:アドバイスをする俺】
【◇現実世界side◇】
「わかった。じゃあこのまま行こうか」
「はい。ありがとうございます」
結局手を繋いだまま雑貨ショップまで行った。
八奈出さんの弟は新しいペンケースが欲しいって言ってるらしい。
このお店は超高感度なおしゃれグッズが豊富なのが人気らしく、めちゃくちゃおしゃれだったり面白いデザインのものがたくさんあった。
俺も欲しくなったけど、筆箱はまだ新しいから我慢しよう。
「この中だと、時任君ならどっちがいいですか?」
「これかな」
八奈出さんが選んだ男子が好みそうな3種類のペンケースから、俺好みのものを選んだ。
「わかりました。じゃあこれにしましょう。ありがとうございました」
ミッションコンプリート。大役を果たせてホッとしてるぞ俺。
「ついでにこの3種類の中なら、どれがいいですか?」
あれっ? 今度はやけに女子好みな感じのペンケースばかりだ。
それでもあえて選ぶなら──
「これかな」
「あっ、実は私もこれが一番いいかなって思ってました。気が合いますね、うふふ」
やけに嬉しそうだな八奈出さん。
「じゃあこれも買います」
「弟さん、二つも使うの?」
「まさか。これは私の分です。ちょうど私もペンケースが傷んでいて、新しいのが欲しかったのです」
「ええっ? そんな……八奈出さんが使うのに、俺なんかが選んだものでいいの?」
彼女自身もこれがいいと思ってたってことだから、いいんだろうけど……。
それでも俺が選んだ物を買って、あとでやっぱりよくなかったとか思われると申し訳なさすぎる。
「ええ、もちろん。時任君が選んでくれたものだからこそいいのですよ」
「そ、そうかな……」
「はい」
微笑む八奈出さん。
まさかとは思うが、熱い視線を感じる。
いや。ここまで来たら、もう勘違いじゃない気がする。
今日の八奈出さんは初めからずっと違和感があった。
学校ではクールで、気が強くて、凛とした八奈出さん。
だけど実は弱い部分もあるし、人間的な部分も大いにある人だとは既にわかっている。
だけど今日の八奈出さんはそれ以上にいつもと違う。
俺を褒めまくってくれて、なんと言うか、よく言うとすごく愛情表現をしてくれている。
悪く言うと……暴走気味だ。
俺に気を遣いすぎて、生真面目な彼女は、褒めなきゃいけないという気持ちが暴走している感じ。ちょっと心配だ。
いや、それだけだと手を繋ぎたがることの説明がつかない。
不良相手にも物おじしないのに、俺とはぐれるのが不安なのか?
俺も男子だ。可愛い女子が俺に好意を持ってくれているのかもと考えると嬉しい。
だけどもしもそうじゃなかった時の落胆を考えると、つい慎重になる。
──きっと八奈出さんは『柄の悪い奴は怖くないけど、道に迷うのは怖い』ってタイプ女の子なんだ。
だから決して、俺に好意を持っているわけじゃない。うん。
そう思っておく。
※
雑貨屋で買い物を済ませて、俺たちは店外に出た。
「そろそろお昼ですね。何か食べていきませんか?」
「そうだね」
「時任君は何が好きですか?」
一瞬『八奈出さん』って名前が頭に浮かんだ。
待て。落ち着け。八奈出さんは食い物じゃない。
そんなことはわかってる。
ヤバい。これだけ可愛い女子が、ずっと俺を褒めてくれたり、近い距離感で接してくれているんだ。
女子慣れしていない童貞男子が、つい好きだって思い込むってのはありがちだ。
「ラーメンかな」
しまった。深く考えずに言ってしまった。
八奈出さんみたいな美人は、ラーメンなんか食わない……はずだ。
「いいですねラーメン。梅田なら山ほど有名店がありますもんね。私もラーメン大好きです」
「へ、へぇそうなんだ」
あれっ? 美人でもラーメンを食うのか。意外だ。
俺と同じくラーメン好きだなんて、親近感が湧くなぁ。
「じゃあラーメン屋に行こうか」
「はい、よろこんで」
なんだか威勢のいい返事が返ってきた。
***
二人でラーメンを食べて、その後街をぶらぶら歩いた。
お互いに夕飯には帰らないといけないから、夕方になって大阪駅の改札口まで戻ってきた。
俺はここからJRに乗るけど、八奈出さんは私鉄に乗って帰る。
だからここでお別れだ。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
「いえいえ、弟への買い物のために、無理をお願いしたのは私です。しかも道に迷ったり不良に絡まれたり、迷惑をかけてしまいました。時任君がお礼を言うことなんて何もないですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
正直言って女子と二人で出かけるなんて不安しかなかったし、出かけることを決めたのも八奈出さんの役に立ちたいという義務感だった。
だけど実際に来てみて、今日はとても楽しかった。
八奈出さんの新たな一面もたくさん見れたし、華やかな場所で女の子と買い物したり食事することがこんなに楽しいだなんて、ホント予想外だった。
俺は今まで、ゲーム世界の女子キャラならいいけど、現実の女子なんて気まぐれだし気を遣うし、女子とお出かけなんて何が楽しいんだよって思ってた。
だけど間違ってましたごめんなさい。
「ホントに楽しかったんだ。だから誘ってくれてありがとう」
「そういうことなら、また誘いますね」
「あ、ああ。うん」
次があるのか。それは嬉しいな。
少なくとも八奈出さんは、俺と一緒にいて不快じゃなかったってことだもんな。
「だって私も、とても楽しかったですから。だって私も、とても楽しかったですから。だって私も、とても楽しかったですから」
なぜ三度言った?
「それではまた、明日学校で。さようなら」
八奈出さんは深々と頭を下げた。
「うん。さよなら」
生真面目な彼女らしい、口調も仕草もとても丁寧な別れの挨拶だったな。
そんなことを思いながら、俺は帰りの電車に揺られていた。
***
「お帰りっ、兄貴っ!」
家に着くと唯香がニヤニヤして出迎えてくれた。
「どうした? なにかいいことがあったか?」
「これからいいことがあるんだよ」
「なんだ?」
「兄貴が八奈出さんとどんなデートをしたのか、根掘り葉掘り聞かせてもらうんだ」
「話さないし、そもそもデートじゃない」
「デートかどうかは話を聞いて私が判断するから」
「だから話さないって」
「許さん!」
「なんでだよ」
「だって兄貴があの美人とお出かけしたんだよ? そんなの、明日世界の終末を迎えるかもしれないじゃん。だから今のうちに話を聞いとかなきゃだよ」
なんで世界が終末を迎える!?
そんなこと言われても、絶対に言わないからな。
「話す気にはなれん」
「もし兄貴が話してくれないなら、お母さんに兄貴のデートのことチクるから」
「待ってくれ。急に話をしたい気になってきたかもしれない」
「でしょでしょ!」
妹よ。ついこの前まで幼く可愛かった妹よ。
キミはいつの間にそんな策を弄するようになったのだね?
お兄ちゃんは悲しいぞ。
──と思ったのだが。
今日の出来事を話すと唯香は目をランランと輝かせて、楽しそうにしていた。
最近は冷たい態度が多くてほとんど会話もなかった妹だけど、おかげで久しぶりに長時間話をした。
それに普段は兄を蔑むような態度だが、学年一の美人と出かけたことで、俺を見る目に少し尊敬の念が混じっている。
こうやって妹と久しぶりに楽しく過ごせたことは、とてもよかった。
全部八奈出さんのおかげだ。ありがとう八奈出さん。




