【第36話:やっぱりダンジョンで迷う俺達】
【◇現実世界side◇】
***
それからしばらく、八奈出さんと手を握ったまま地下街を歩いた。
おかげではぐれることはないけど、なぜかひたすら歩いている。
結構歩き回ってる気がするが、まだお目当ての店に着かないのかな。遠いな。
「俺はどこにいるのかさっぱりわからないや。八奈出さんがいなかったら、きっと無事に戻れないな、ははは」
苦笑いを浮かべて、隣を歩く八奈出さんを見た。
「そ……そうですね」
真剣な顔できょろきょろと周りを見回す八奈出さん。
なんだか奥まった所まで来たような気がする。
周りには人も少ないし、少し古びた感じの場所だ。
どうやら商業施設が集積するメインの場所から離れてしまったようだ。
地下街から出る階段の案内板を見ると、どうやらこの上はオフィスビルがたくさんあるエリアだな。
ちょっと待って。嫌な予感がする。まさかとは思うが──
「八奈出さん、道に迷った?」
その美人は立ち止まって、大きく深呼吸をしてから凛とした姿勢のまま答えた。
「はい。迷いました」
うわぁ。ゲーム世界でダンジョンで迷って、現実世界でもダンジョン地下街で迷うのか。最悪だ。
でもあっちのダンジョンでは魔物に襲われたけど、ここは現実世界。
魔物が出てこないから何も怖くないな。
よし。落ち込むのはやめて前向きになろう。
そう思ったのだが甘かった。
ちょっとガラの悪い三人組の男が、俺たちが歩く前を遮って立ちはだかった。
「なあ兄ちゃん。なにを俺らに見せつけてるや?」
赤いロン毛の男、テカテカ光るジャンバーの男、めちゃくちゃガタイのいい髭面の男の三人組。
いかにも半グレみたいなやつらだ。
「いや別に、何も見せつけてませんが」
「いやいやいや、見せつけてるやろ!?」
「ホンマや。地味な感じの兄ちゃんやのにな。そんなにべっぴんさんと偉そうに手を繋いで、得意顔で目の前を歩かれたら、そら腹も立つやろ」
手を繋ぐのは偉そうでもないし、得意顔でもないけど、何を言っても通じなさそうだ。
もしかしてこれって『魔物に襲われた』のと、ほぼ同じ状況じゃないか?
魔物も何を言っても通じないし、大した理由もなく攻撃してくるからな。
ゲーム世界だとレナやハルルが強力な魔法が使えたけど、ここは魔法なんてない世界。
そういう意味では、こっちの方がヤバさマシマシかも。
ああっ、やっぱりアンラッキーが待ってた。
背筋に冷たい汗が流れた。心臓がバクバク鳴ってる。
「あなた達、バカなの?」
八奈出さん。言いたいことはわかるけど、いきなりその言い方はヤバい。
相手の怒りを煽ってるだけだ。
「は? なんやてお姉ちゃん。なんでバカやねん」
「見た目で私たちを決めつけて腹を立てるなんて。まともな人間のやることじゃありません。しかもそうやって絡んでくるなんて、許されることじゃないでしょう」
緊張して冷や汗をかいている俺とは大違いの八奈出さん。言いたいことを凛とした態度でしっかり言ってる。なんという度胸。
そりゃあ高校のクラス程度なら、言いたいことをしっかり主張できて当然だ。
「許されないなら、どうするつもりだよ姉ちゃん」
「警察に届け出ます。行きましょう時任君」
暴行も恐喝もしてるわけじゃないから、警察に言っても何もしてくれないと思う。
だけど八奈出さんには、こういう輩がよっぽどムカつくのだろう。嫌悪感のこもった強い口調だった。
「おい、待てや姉ちゃん」
髭面の男がとうとう堪忍袋の緒が切れた。
立ち去ろうとする八奈出さんの胸ぐらをつかんだ。
こめかみがピクピク動いてるし、マジでキレてる。
「な、なにをするのですかっ!?」
八奈出さんは男の手を振り払おうとしたけど、男の力が強すぎてびくともしない。
プロレスラーみたいなガタイだから無理もない。
「手を放しなさい!」
「ふへへ、放さない」
ヤバいぞ。これマジでヤバいぞ。
助けなきゃ。八奈出さんを助けなきゃ。
でも恐怖で身体が震えて動かない。喉がカラカラで気持ち悪い。がんばらなきゃ。
「や、やめろっ!」
無理やり絞り出した声はかすれていた。
カッコ悪い。泣きたい。
「ほお、兄ちゃん。やめないって言ったらどうする?」
八奈出さんは男の手を外そうともがいているけど、がっちり胸ぐらをつかんだ男の手はびくともしない。
ニヤリと笑いやがった。ムカつく。
「それなら魔法の力でお前をやっつけてやる」
「は? なんだって? アホウの力?」
この男、真剣に聞き間違えたようだ。
アホウはお前だ。
「魔法の力だ。覚悟しろ」
俺は髭面男に向けて両手を前に掲げた。
男はきょとんとしている。
「いでよ、悪を焼き尽くす炎。●×Ψ◎! 業火の魔法!」
俺が『マギあま』の世界で覚えた呪文を叫ぶと、男は一瞬びくっとした。
前に出した俺の両手のひらに、魔力が集積していく──
──はずもなかった。まるで何も起こらない。
「あ……出ない」
俺がアホみたいな声を出したのを目にして、髭男は大声を上げて笑い出した。
「あはははははっ、お前やっぱアホか! 魔法なんて使えるはずないだろ! 一瞬身構えた俺がアホみたいだ。あはははははっ、舐めんなよ!」
よしっ、今だ!
俺はガタイのいい男の身体に肩で体当たりした。
「うわっ……」
油断して笑って、男は少し力が抜けていた。
だから俺程度の体当たりにぐらりと態勢を崩して、八奈出さんをつかんでいた手を離した。
「八奈出さん、逃げるぞ!」
「はい!」
俺たちの背後に、地上に上がるエスカレーターがある。
さっきから目を付けていたそこに向かって、八奈出さんの手を引いて走った。
「待てよ、こらっ!!」
この上はオフィス街。日曜日の今日はきっと閑散としている。
だけどこの上のビルには超大型の書店があって、一度来たことがある。そこは日曜日でも大勢の人でにぎわっていた。
大型書店まで逃げ込んで、予想どおりに人がたくさんいれば、こいつらも諦めるだろう。
追いつかれる前にそこまでたどり着きたい。
ここから先は賭けだったが──
エスカレーターを昇りきった先には書店の入り口があった。ガラス扉から見える店内には人が大勢いた。よかった。
「あそこに入るよ」
「はい、わかりました悠馬様」
なんか今、八奈出さんから変な呼び方をされたような気がするけど、そんなことに構っている暇はない。
後ろから男が三人迫って来る。
しかし間一髪で、俺たちは書店内に足を踏み入れた。
書店には似つかわしくないいかつい男たちは、諦め顔で戻って行った。
──ふう、助かった。




