【第35話:現実世界でもダンジョンに潜る俺達】
【◇現実世界side◇】
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日曜日、午前10時半。
八奈出さんと約束した待ち合わせ場所に着いた。
ここは大阪梅田。大阪一の繁華街。
数多くのショッピングビルや商業施設が集積してるから、きっとどんな物でも手に入る。
だけどこんな大都会に来ることは滅多にない。どこに何があるのか、さっぱりわからない。
ここは俺にとっては『マギあま』と同じくらいの異世界なのである。
待ち合わせ場所でちゃんと八奈出さんと落ち合えるのか自信がなかった。だからかなり早めに家を出た。
待ち合わせ場所はJR大阪駅の御堂筋南口という改札口前に11時。
思いの外順調に着いたせいで、約束の30分前に着いたのである。早すぎた。
それにしても人が多い。こんな人混みの中、八奈出さんを見つけられるだろうか。
──なんて心配はまったく杞憂だった。
既に八奈出さんは来ていた。
この人混みの中でもひときわ輝きを放っているからすぐにわかった。
初めて見る彼女の私服。
スラリとした身体にとても似合う、大人っぽいパンツスタイルだった。
デキる女って感じのキリリとした顔つき。
その整った美貌が周りの景色から彼女を浮き上がらせている。
行き交う人々は皆振り返り、二度見三度見をする。
あまりにオーラがすごくて、俺は声をかけられずに立ち尽くしていた。
そしたら俺に気づいて、八奈出さんの方から声をかけてくれた。
「あ、悠馬さま……いえ時任君。こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは。めちゃくちゃ早いね」
「はい。楽しみすぎて、早く来すぎちゃいました」
「ああ、なるほどね」
弟の誕プレ買うのが楽しみすぎるなんて……八奈出さんって、弟思いのすごく良いお姉ちゃんだな。
話すといつもの八奈出さんだった。緊張がほぐれて、話しやすくなる。
「あそうだ。ちょっと変なお願いがあるだけど。嫌なら断ってくれていいからね」
「なんですか?」
「うちの妹がね。八奈出さんに会ったら写真撮って送ってほしいって言うんだよ」
「妹さんが?」
「うん。今日俺がクラスメイトの女子と買い物行くって言ったら、妄想フレンドだろって聞かないんだ。だから本物の人間と会うなら証拠の写真を送って来いと」
「え? うふふ、面白い妹さんですね」
「面白いっていうか、おかしなリクエストだよね」
「時任君と会ってる証明っていうことは、ツーショットの写真を撮るってことですね」
「ああ。そっか」
八奈出さんの写真を撮って送ればいいと思っていたけど、確かに言うとおりだ。
でも休みの日に街に出かけて男とツーショット写真を撮るなんて、嫌だろうな。
恋人でもない男とそんな写真なんて、撮りたくないに決まってる。
「八奈出さんが断るなら、あいつも仕方ないって思うから断ろうよ」
「いえ、撮りましょう」
「無理に気を遣わなくていいからね」
「大丈夫。気なんて遣ってません。ぜひ時任君とツーショット写真を撮りたいです」
「え? なんで?」
「仲のいい友達とお出かけして写真撮るのは、極めて普通のことですよ」
「そうかな」
「はい」
「じゃあお願いするよ」
ありがたい。これで唯香の鼻を明かすことができる。
俺が八奈出さんと出かけるってことを頑なに信じなかったからな。
さあ驚け。さあ俺の前にひれ伏せ。
「ふふふ、これで妹さんに、私の存在をアピールできますし」
「え? 今なんて?」
「あ、いえ。なんでもないです」
八奈出さんが何か言ったけど、小声で聞き取れなかった。
「じゃあ撮ってください」
言いながら八奈出さんが近づいて、肩を寄せてきた。ああ、柑橘系のいい香りがする。
俺が手にしたスマホに向かって、学年一の美人がピースサインのポーズを取る。
「ほら時任君も」
「しなきゃダメ?」
こんな人通りの多いところでそれは恥ずすぎる。
「はい、しなきゃダメです」
可愛く叱られた。わかりました。ポーズします。
俺がピースをすると、八奈出さんは満足そうに微笑んだ。
その瞬間、スマホカメラのシャッターを押した。
「うん。なかなかいい写真が撮れたよ。ありがとう。これを妹に送るよ」
「ホント。まるで恋人同士みたいですね」
「ぶふぉっ!」
思わず吹いた。八奈出さんって、そんな冗談を言う人なんだ。
唯香に写真を送ったら、直後に返信が来た。
■唯香『ままままマジだったんだね!』
■唯香『八奈出さん、めっちゃ美人じゃん!!』
■唯香『お兄ちゃんを見直したよ! 頑張れ!!」
妹が見直してくれたのは嬉しい。
しかも呼び方が『兄貴』から昔のように『お兄ちゃん』に戻ってるのも嬉しい。
そして妹よ。何をがんばるのかわからないけど、お兄ちゃん頑張るからね。
「では行きましょうか」
いよいよ本日の本題、弟さんの誕プレの買い物だ。
「どこに行くの?」
「地下街に行きましょう。そこにおススメの店があると、はるるが教えてくれました」
なるほど、地下街ね。
大阪梅田の地下街は超巨大だし、きっとなんでも手に入るんだろうな。
俺と八奈出さんは並んで歩き出した。
これまた人の多さが半端ない。
しかもしばらく歩いて気づいたが、梅田の地下は複数の地下街が複雑に入り組んで繋がっている。一体今どこを歩いているのかまったくわからん。
【梅田ダンジョン】と呼ばれるのも納得だ。
それにしても人が多い。ちょっと気を抜くと人と肩が当たるし、それを避けながら歩いていると、気が付いたら八奈出さんと距離が離れて姿が見えなくなってしまう。
女子にしては背が高い八奈出さんだが、男性も多い中だと埋もれてしまう。
ヤバい、はぐれてしまうぞ。
「時任く~ん、どこですか?」
人ごみの向こうから不安そうな声が聞こえた。
「ここだよ」
「あっ、いた。よかった」
俺の声を頼りに近づいてきた八奈出さんは、ちょっと泣きそうな顔をしている。
「はぐれたかと不安でしたよ」
「そうだね」
「心細いです。時任君、お願いがあります」
「なに?」
八奈出さんはすっと右手を前に出した。
真っ赤な顔で握手を求めてる? なんで?
女の子と握手するなんて緊張する。
でも求められた以上、応えなきゃ。拒否るのは失礼すぎる。
俺も右手を伸ばして握手した。
手汗、大丈夫かな……。
「いえ、そうじゃなくてですね……」
あれっ? 俺、なにか間違えた?
八奈出さんが苦笑いしてる。
「迷わないように、手を握ってほしいのです」
彼女は右手を引っ込め、代わりに出した左手で俺の右手を握る。
なるほど、手を握って歩く形ね。
……って俺、めっちゃ恥ずかしい勘違いしてたよねっ!
うわ、顔熱い。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
「そ、そうだね」
手を握って歩くなんて勇気のいる行動は、普段の俺には無理だ。
だけど勘違いした羞恥が先行したせいで、恥ずかしさが薄れて、つい素直に手を握ってしまった。
それにしても八奈出さんみたいに可愛い女の子と手を握って歩く日がやって来るなんて、信じられない。
しかもここ、ゲームの中じゃなくてリアル世界だぞ?
大丈夫か俺?
まさか今日一日で俺の人生すべてのラッキーを使い果たして、死んじゃうってことないよな?
それは大げさだとしても──これから先、なにかアンラッキーなことが起こらなきゃいいんだけど……。




