【第34話:買い物に行く俺達】
【◇現実世界side◇】
***
「時任君、ちょっといいですか?」
次の日、金曜日の放課後。
ホームルーム終わりの教室で、八奈出さんが声をかけてきた。
「うん。なに?」
「ちょっとこちらへ」
周りに大勢のクラスメイトがいる中では話しにくい話題のようだ。
帰り支度をして、一緒に廊下に出た。
校門に向かって歩きながら、彼女は話の続きを切り出した。
「時任君にお願いがあります。実は私には中学生の弟がいて、来週誕生日を迎えるのです」
「そうなんだ。おめでとう」
「それで明後日の日曜日に街に出て、弟への誕生プレゼントを買おうと思いまして」
へえ。八奈出さんって、弟思いのいいお姉さんなんだな。
「でも何を買ったらいいか、イマイチわからずに悩んでいるのです。時任君にアドバイスがほしいのですよ」
「アドバイスかぁ……」
正直、すぐにはなにがいいか頭に浮かばない。
難しい顔をしている俺を見て、八奈出さんが言った。
「ぜひ助けてほしいです。よかったら買い物に付き合ってもらえないでしょうか?」
「俺が……?」
ちょっと待ってくれ。休みの日に女子と一緒に買い物に行く?
それは恥ずかしすぎる。断りたい。
「はい。こんなことを頼めるのは時任君しかいません」
そう言えば八奈出さんって、LINEの友達に俺しか男子がいないんだった。
俺が断わったら相談相手がいない。それはつまり、八奈出さんの弟を思う気持ちを否定するようなものだ。
「八奈出さんっていい人だね」
感心のあまり、思わず言葉が出た。
「いいえ悪い子です」
「え? 悪い子?」
「あ、いえ。なんでもありません」
悪い子って、どういう意味だ?
あえて反語で冗談を言ったんだろうな。
「わかった。協力するよ」
「うわ、よかった。ありがとうございます」
俺が適切なアドバイスをできるかどうかわからない。
だけど八奈出さんの嬉しそうな笑顔を見ると、断らなくてよかったと思った。
***
土曜日の夕方のこと。
俺は自分の部屋で、クローゼットから取り出した服を床に広げて悩んでいた。
明日の買い物にどれを着ていくか。
正直大した服は持っていない。だからどれでも同じようなものかもしれない。
けれどそれでも、少しでも見栄えのする服装で行きたいじゃないか。
そうでなきゃ、容姿の整った女子と一緒に行動するのに、彼女の方が恥ずかしい思いをする。
「うーむ……」
ズボンはジーンズ一択だな。上は……「君こそ一番」とか「極上の一品」とか、わけのわからない文字がプリントされたTシャツばかりだ。さすがにこれは避けたい。
となると、2着だけ持っている襟付きシャツをチョイスするか……
「もうっ、兄貴、聞こえないの!?」
いきなりバンとドアが開いた。血相を変えた妹、唯香だ。
まだ中学生だけど、結構俺を邪険に扱う。
小学生の頃は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って甘えてきて可愛かったのになぁ。
ゲーム世界のユイカみたいに毒舌は吐かないけど、塩対応が多い。
「おいおい、突然部屋に入ってくんなよ。どうしたんだ?」
「さっきから、お母さんが晩御飯だよって呼んでるのに全然返事がないじゃん。だからあたしが呼びに来さされたわけ。ああ、もうっメンドい! ……って、何やってんの兄貴?」
床に服が広がっているのが目に入って、怪訝に思ったようだ。
「あ、そうだちょうどいい。この2種類のシャツ、唯香ならどっちがいい?」
唯香に女子受けする方を選んでもらおう。
ちなみにコイツ、ラノベやアニメが大好きで、学校では文芸部所属のオタクのくせに、結構男子に人気があるらしい。まあ見た目は割と可愛いからな。
「なにそれ? 今まで兄貴がファッションのことを聞くなんてなかったのに……もしかして色気づいた? キモっ」
「キモ言うな。実は明日クラスの女子の買い物に同行することになってさ。しかも大都会梅田に行くんだよ」
「兄貴が女子と二人っきりで?」
「そう。だからちょっとでもいい服を着て行った方がいいと思うからアドバイスくれ」
「待って兄貴。とうとう妄想と現実の区別がつかなくなっちゃったか」
「は? なんの話だ?」
「兄貴が女子と梅田で買い物って、それってデートじゃん。現実にそんなこと起こると思う?」
「思わない」
「ほらやっぱり」
そんな言い方すんな。
「起こるとは思えないことが起こることもあるんだよ。『事実はラノベよりも奇なり』って言うだろ」
「それ言うなら『小説』でしょ」
「さすが文芸部」
「文芸部じゃなくてもわかるって」
呆れ顔で肩をすくめる妹。わかるぞその気持ち。
「その女子には弟がいて、誕プレを買いたいから男子の意見が欲しいんだって。だからデートじゃないし、もちろん彼女でもない。単なるクラスメイトだ」
「でもクラスに男子がたくさんいる中から、兄貴に依頼するんだから、それなりに仲のいい人ってことじゃない?」
「ん……まあ確かに」
俺と八奈出さんは、一応それなりに仲のいい友達ってことでいいんだよな?
「げぇっ、マジか。兄貴と仲がいい女子がいるなんて聞いてないよ」
「いちいち言うはずないだろ」
「やっぱ妄想フレンドじゃないの?」
「実在の人物だって」
友達の説明をするのに『実在する人なんだぞ』って力説するのって虚しいな。
「じゃあ名前言ってみてよ」
「八奈出 玲奈さん」
「ふぅーん」
なぜか唯香は突然スマホを取り出して、なにやらポチポチと入力し始めた。
それがひと段落ついて、ようやく俺のシャツを真剣に見定めた。
妹は腕組みをしながらじっくり二つのシャツを見て、片手を伸ばして指さした。
「やっぱこっちかな」
「ありがとう。じゃあ明日はこっちを着てくよ」
その時、ポロンと唯香のスマホが鳴った。
画面を開いて覗きこむ妹。
「え? ええええええぇぇぇぇっ?」
「どした? 推しのラノベがアニメ化決定したか?」
オタクの妹が驚く話題ってだいたいそんなもんだろ。
「ちょ、待って兄貴。八奈出 玲奈って人が実在するのか、お姉ちゃんが牧矢高校に行ってる友達に聞いてみたのよ。友達がお姉ちゃんに確認したら、その八奈出って人、学年一美人って評判の人なんだって!?」
「あ、ああ。そうだよ」
「兄貴……」
ようやく信じてくれたか妹よ。
「やっぱ妄想じゃん」
「違うって!!」
ああ、俺って確かに地味でモブな男だけどさ。
妹にそこまで見下げられていたとは。
お兄ちゃんは悲しいぞ。




