【第33話:褒める影裏さん】
【◇現実世界side◇】
「さっき人に言えないやましいことをしてるわけじゃないって言ったでしょ。でももし時任君に彼女がいたなら、私と二人でファミレス来たら浮気になるよね」
それはそうかもしれない。
「そこに気が付いて、ちょっと心配になったから確認しとこうと思ったんだ」
なるほど。もしかしたら影裏さんから告られるのかと思ったが、そうじゃなかった。
自意識過剰な自分が恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。
「そっか。でも浮気じゃない。大丈夫だよ」
「それは彼女は、いないってこと? それとも彼女がいても、ファミレスくらいなら浮気のうちには入らないってこと? 時任君ってなかなかツワモノだね」
なんでそうなる?
「俺に彼女なんているわけないでしょ」
もしかして、俺に彼女なんていないと思いつつ、おちょくってるのか?
「そっかなぁ。時任君って今日初めて身近で話したけど、魅力あると思うよ」
「ぶふぉっ!」
また吹いた。だけど今度はまったくジュースを含んでいなかったから、吹くのはツバだけで済んだ。でも汚くてごめん。
「冗談が過ぎるよ影裏さん」
「冗談じゃないって。本気と書いてマジだよ」
顔は確かに真剣だ。ふざけているわけでも、おちょくってるわけでもないらしい。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
言って、ぱっちりした大きな目を細めて、にこりと笑う学年一の美少女。
ああ、テーブルの向こう側に天使が座っている。
だけど今までほとんど関わりのなかった影裏さんが、こんなに俺のことを褒めてくれることに違和感も感じる。
もしかしたらハルル・シャッテンのように、裏では俺を陥れようと企んでいるのかな?
──なんてことを考えてしまった。
いや、人のことを疑うのは失礼だな。
目の前の明るくて性格のいい彼女を信頼しよう。
*
それからしばらく自己紹介的に、出身中学はどこかだとか、休みの日は何をしてるのとか、果ては家族構成なんかも話をした。
「あ、そろそろ帰らなきゃだわ」
「そうか。じゃあ行こうか」
「ごめんね時任君。私、弟を保育園に迎えに行かなきゃいけないんだ」
そう言えば、影裏さんには幼い弟がいるって言ってたな。
仕事で忙しい母親に代わって幼稚園まで迎えに行っているっていう噂を聞いたことがある。
「大変だな」
「ママが仕事で忙しい時だけだから、そんな大変でもないよ」
「それでも、そんなことしなくていい人がほとんどだろ。その分、大変なことは確かだよ」
「でも迎えに行ったら弟は可愛い笑顔で喜んでくれるんだよ。ほとんどの人はそんな可愛い弟がいないってことだよね。だから私は大変というより、幸せってことだよね」
「え?」
「しかもウチの弟、双子なんだよ。もう可愛くって仕方なくってさぁ」
なにこれ? 影裏さん、めちゃくちゃいい人じゃん。
嬉しそうに目を細める笑顔がとても可愛いくて、いい人感をさらに増幅してる。
疑ってホントごめん。
「あ、ヤバい。早く行かなきゃ遅れる」
「じゃあ先に行っていいよ。会計は俺がして帰る」
「そう? ありがと。じゃあこれお金ね」
片手で俺の手の甲を下から支えて、もう片方の手で飲み物代のお金を俺の手のひらに丁寧に置く。
柔らかくて温かい手だ。
「うん、気をつけて」
「ありがとう。じゃ、また明日ね。バイバイ」
「また明日」
明るい太陽が去って行った気分だ。
急に訪れた静けさが少し嫌で、あえて声を出す。
「さ、俺も帰るか」
レジで会計を済ませて店の外に出た。
──ん?
少し離れたビルの影に、ウチの制服を着た女子がチラリと見えた。
さっと身を翻して、ビルの向こう側に行ってしまった。
あれは──八奈出さんに似ていた気がする。
でも彼女は先に帰ったはずだから人違いだろう。
「さ、帰るか」
俺は最寄駅から電車に乗って家路についた。
◆◇◆
時任君がはるると二人きりで会っていた──
なにを話していたのでしょうか。
今まで接点がなかったはずの二人が、なぜ人目を忍んでカフェで密談をしていたのでしょうか。
いつどこで誰と会おうが、時任君の自由です。私には関係のないこと。
だけど気になって、つい彼の後をつけて、ファミレスの前まで来てしまいました。
なぜ時任君の行動が気になるのか。
そして……彼が女の子と会っていたとわかった瞬間から、なぜこんなに胸がザワザワするのか。
これはもしかして恋?
私は時任君のことが好きなの?
私と彼、時任悠馬君は、二年生になって初めて同じクラスになりました。
それまで知らなかったし、同じクラスになってからもほとんど話したことがありません。
ついこの前まで、まったく意識してませんでした。
だけどあの日から。
白昼夢なのかなんなのか、中世ヨーロッパのような世界での出来事を頭の中で体験したあの日から、なぜか時任君にとても親しみを感じるようになりました。
そこから関わりができて、彼の優しい人柄を知りました。私のことをうとましく思う人も多い中、彼はそんなことまったく気にならないと言ってくれました。
彼にはになんでも話せるようになって、彼がどんどん魅力的に見えるようになりました。
そして極めつけは、私のことをとても心配してくれて、私のために熱心に動いてくれたことです。
オープンチャットを紹介してくれたおかげで、長年心に刺さっていた棘がようやく取れました。
時任君。あなたは思いやりがあって、人のために行動できて、素晴らしい人です。
そしてその優しい見た目も、私にはとても魅力的に感じます。
私はこれまで恋をしたことがありません。
厳しい父に、異性と仲良くすることはいけないことだと、ずっと言われてきました。
だから恋がどんなものなのか、ちゃんとしたことはわかりません。
だけどいつも彼のことが気になって、いつの間に心の中の多くを彼が占めるようになって、彼が他の女の子と仲良くしてると気持ちがザワザワして。
これはやっぱり恋というものじゃないかと思うのです。
私は時任君……いえ、もはや心の中では『悠馬様』と呼ばせてください。
私はきっと、悠馬様に恋をしてしまったのだと思います。
でも今のままだと、彼をはるるに取られるかもしれません。そうなる前に、彼ともっと近づきたい。
どうしたらいいでしょうか……
…………。
そうだ。いい考えを思いつきました。
もう少ししたら弟の誕生日です。
誕生プレゼントを買うのに、男子目線のアドバイスが欲しいということにして、一緒に買い物に行ってもらうのはどうでしょうか。
でもそれは、彼に嘘をつくことになります。
弟の誕生日プレゼントを買うのは毎年してることだし本当です。
でもアドバイスが欲しいというより、悠馬様と一緒にいれる理由が欲しいのが本音。
私は曲がったことが大嫌いです。嘘をつくのは悪いことです。
悪いことはしたくありません。
だけど……だけど……うーん……
やっぱり彼と一緒にお出かけしたい。そして距離を近づけたい。
「ごめんなさい悠馬様。玲奈は悪い女の子になります」




