気になるあの娘
その晩夢を見た。
雨が降る中で誰かに抱えられて仰向けになっているようだ。
目の前にいるのは女性だろうか?ボヤけて顔が見えない。
長い髪が前に垂れ、雨水が垂れている。
何かを話しかけられているがよく聞き取れない。しかし、夢の中の自分は理解し、抱きかかえられた状態で応答している。
目の前の人物が唇を悔しそうに噛んでいるのが見えた。
2人だけの空間に、何かが寄ってくる。小動物のようにも見えるが、意思の疎通がなされているようだ。
自分を大事に抱きかかえてくれている人物とともに悲しんでいる。
夢に中の自分は優しく二人に触れると、微笑みながら何かを話しかけ、そのまま力が抜けていくのだった。
………はっ!
今は何時だろう?
ゆっくりと体を起こして枕元の目覚まし時計を確認するとまだ朝の5時半をまわったところだ。
(昨日はあの後隊舎に呼ばれて、事情聴取をされてから7時過ぎに親が迎えにきて…夕飯食べてそのまま寝ちゃったのか。)
暴走した覚醒者はそのまま目を覚まさず、病院へと搬送されていった。外傷もなく、被害者もいなかったため大きなニュースにはなっていない。きっと今頃目を覚まして慌てていることだろう。
怪我人は自分だけで、骨折もないし擦り傷が腕と足にできただけである。聴取された時にも驚かれたのは言うまでもない。幼少隊の第一隊とはいえ、入りたての新人が一人で暴走者を抑え込んだのだから。
高嶺さんも泣きながら抱きついてくれるくらい心配してくれてたなぁ、と昨日の事を思い出す。
だからあんな夢を観たのか?それにしては、夢の中で自分を抱きかかえてくれていた人物は髪が長くやや茶色がかったように感じる。高嶺さんは肩にかかる程度のセミロングなため似ても似つかない。
それ以上はぼんやりした夢で思い出せない。
うーんっと唸ってもこれ以上は何も思い出せないため、ベットから這い出ると洗面所に向かったのだった。
学校に着くと昨日の事をケイジや陸斗から質問攻めに合う。正直言ってあのときは必死だったわけで、詳細なんて自分でもよくわかっていないのだから説明のしようもない。
「しっかし、おまえよく無事だったよな。昨日の暴走者のレベルは5だったらしいじゃん!?」
レベルはおおよその危険度を表す数値として用いられていて、最大は7。誰でも分かりやすいように地震と同じ区分で設けたらしい。確かレベル5は上位隊士数人で当たるレベルのはず。幼少隊の第一隊所属とはいえ小学生の子どもが一人で制圧したため、昨日の段階では高くても『3』だろうと言われていたはずなのだが…?
「どうやらその制圧した場面を、先に着いていた隊長がみていたらしく、認定を5に上げたって話だぜ!評価されて良かったな!そこで晴さんや、隊長はどんな人だったんだい?」
珍しく陸斗が食い気味に聞いてくる。
どんな人物かと聞かれても見ていない上に、助けられてもいない。むしろレベル判定云々より救っていただきたかった。
「大体、その情報自体がどっからの話なんだよ?その人物か、もしくは近しい人物が隊長を知ってるんじゃないのか?」
晴明としては、いくら思い返してもあの現場にはいなかったように思う。一番隊士は幼少隊と違い、左腕に『壱』とワッペンが付いた陣羽織を全員が着ているためすぐに区別がつく。はっきりと見たわけではないが、偉そうに支持している人は見当たらなかった事は間違いない。なぜなら報告なしに単独行動をして怒られるのではないかと内心ビビって構えていたため、そんな人物がいたら流石に見逃すはずがない。まあ実際は怒られはせず、注意程度に留まったわけなのだが。
「んで?誰から聞いたんだ?」
陸斗に問い詰めるとバツが悪そうに、俺から聞いたなんて言うなよとクギを刺してから答えてくれた。
「亜希と郁美だよ。」
まさかクラスメイトの名前が出てくるとは思わなかった。正直あのあの場にいた人が話しているのを聞いた程度かと思っていたのに、ハッキリと名前を言われてこっちが困惑する。
「…確認してみたくないか?」
ケイジが怖いもの見たさで提案をしてくる。そりゃ気にはなる。だが、誰が聞くんだよ?
隣で陸斗がやめて欲しそうにこちらを見ている。
「やさしい蒼井さんは、一応フォローしてあげますよ。」
陸斗に耳打ちをしておく。
もちろん打算があってのことである。ケイジに賛成してしまえば、どちらかが聞きにいかなければならなくなる。陸斗に賛成の立場を取れば、聞きに行くことがなくなるという計算が成り立つわけだ。
さらにそれでいて一言、『結局亜希たちは誰からの情報を持っていたんだろうね』と呟いてケイジを煽ってやれば勝手に聞きにいってくれるだろう。
(ふっふっふ。我ながら完璧な作戦だな。誰にも角が立たずに情報を得られる。)
ケイジがチラチラと亜希たちの方を見ながらチャンスをうかがいつつ、陸斗に行かせたそうにしている。
「でも情報をリークした事を知られるのがまずいなら、陸斗が行くわけには行かないだろ?」
とケイジに忠告する。まずは友人への助け舟を出すところが最初だからな!っと先手を打ったつもりだったのだが。
「そうなると…やっぱり張本人の晴明が行くしかないかなあ。」
(………あんれえ〜??)
想定していなかった返答に晴明は混乱している。
「いやいや、そこは言い出しっぺが行けば良いのでは?」
混乱のあまりとっさに予定外の意見を出してしまった。
しまった!っと思ったがすでに遅かった。
もう聞きに行くことが前提に話が進んでいる状態を作ってしまったのだ。
(すまん…陸斗。)
友人に心の中で謝罪をしながら、今度は自身の身を守りに行くのだが、
「でも、当の本人が一番知る権利があるんじゃね?」
とのケイジにしては真っ当な意見にぐうの音も出ずに完敗してしまった。
(くそっ、こんなときばかり正論が出てくるとは。)
完全に行くことが確定したようだが、なんて話しかければ良いんだ?
そもそもその情報は知らない事になっている。
陸斗から聞きましたはさらにマズイ。
(意を決して行くしかない!世間話から攻めてみるか。)
当たって砕けろで突撃するしかなかった。
亜希、郁美、楓の三人で話しているところに声を掛けに行く。
「…何を話してたの?」
今時こんな話しかけられ方をするナンパもないだろう。
しかし、もう砕けろ精神で突っ込んできた以上後には引けない。
三人ともキョトンとした顔で、お互いの顔を見合わせてから答えてくれた。
「まあ蒼井くんだから良いか。実は私たち楽器を練習しててね、ここの三人+友世でバンドを組もうって話してるの。そこでどんなグループの名前にするか考えてたんだよね。」
友世もメンバーのバンドだと!?っと食い気味で反応してしまった。しかし本来の趣旨とズレてしまう。…でも、…興味が…。どちらの情報が大事なのか?頭の中で2つを天秤にかけてみる。まあ答えは一瞬で決まるわけなのだが。
「それぞれ楽器は何をやってるの?」
完全に話の脱線が確定してしまったが、今は隊長の情報より可愛いあの娘の情報が欲しい!ぶっちゃけどうせそのうち分かるであろう隊長の素性なんかどうでも良い。
「亜希がドラムで私がギター、楓はキーボードだね。ボーカルが友世になるかなあ。」
郁美が教えてくれる。友世がボーカル?是非推し活をさせていただきたい。
「…友世は歌が上手いって事?」
それとなくボーカルに採用された理由を聞いてみると意外な答えが返ってきたのだ。
「友世は基本何でも器用にこなすスーパーガールなんだけど、楽器だけはダメだったんだよね。楓の方が歌が上手いと思うんだけど、楓のキーボードは欠かせないから消去法で決まったんだよね。」
苦笑いを浮かべながら郁美が話しているところに当の本人である友世が合流してきた。今のやりとりが完全に聞こえていたのであろう、頭の後ろをさすりながらえへへと笑っている。かわいい。
「それで結局何かいい案は出た?」
んっっと咳払いして友世が話を話を元に戻す。楽器ができないって暴露されたことが恥ずかしかったのかはぐらかしてくる。カワイイ。
「正直完全に手詰まりかなあ。どれもしっくりこないんだよね。」
四人揃ってノートに書かれた案を見ながらウンウンまた悩みだしている。確かにガールズバンドらしい横文字が並んでいるが、確かにどれもパッとしない。
すると友世が晴明に話しかけてくる。
「晴明くんは何かいい案あったりしない?私たちにピッタリなバンド名。」
一瞬で晴明の心臓の鼓動が速くなった気がした。いや実際バクバク高速に鼓動している。今まで眺めているだけだったのに、こんなに近くでしかも話しかけられたのだ。緊張してフリーズしてしまう。だがせっかく友世本人が聞いてくれたのだ。いい案を出して期待に応えたい!むしろ良いところを見せたい!
そして緊張がピークになって声が裏返りながらも、精一杯の提案をしてみるのだった。
「ひ、比翼連理なんてどう?」
女子四人が顔を向かい合わせてキョトンとしたあと、満場一致で採用となったのだった。