救出作戦前夜
会議室には池田総理と日江島副総理、坪田内閣官房長官の3名が座っていて、その対角には絶対におかしい2名の小学生が座っているのだ。だがこの目の前の3名はそんな細かいことは気にしないらしい。
3人は晴明達が合流する30分前ほどからすでに話し合っていたようである。
【30分前の会議室内】
「現状は聞いたよ。埼玉方面の方がモンスターの数は多いが道が安定している。逆に千葉方面はモンスターが少ないが道が不安定とのことだったね。どちらにするか決めなくてはならない。どう思う?」
そう尋ねられた官房長官の坪田は頭を悩ませながらも、安全な千葉作戦に1票を投じた。
池田は決めかねていたのだ。理由は高齢者の避難者が多いからである。道が不安定なほど用意した車いすは役には立たず、長い距離を歩く羽目になる。かと言ってモンスターが多いとなれば襲われる危険性が格段に上がる。いくら最強と呼び声も高い一番隊隊長が護衛についていたとしても、圧倒的物量で攻められればひとたまりもないだろう。
「総理、…そう焦らずにあの子たちの意見を聞いてみてはどうだろうか?羽田からここまで戦いながら来たことは事実だろう。私が考える日本最強の戦力がここにあると言っておく。それだけ私はあの2人を信頼している。」
総隊長の日江島の言葉から、あの少年少女に対する高い信頼が見られる。つまり埼玉方面に行くルートでも行けるんじゃないかと踏んでいるといことだろう。
「分かった。最後はあの子たちの考えを聞いてから判断しようじゃないか。」
そんな話をしているうちに入室してきたというわけである。
総理は単刀直入に埼玉方面の現状から避難ルートをどう考えているかを尋ねてくる。
「うーん…。正直に話しますがどのルートを通るにしても、健康であるならばいくらかは歩いてもらわなくてはいけません。完全に車いす生活を送っている人はいないと報告を受けています。自分が助けられて当たり前と行動に移してくれないようなお荷物をキャリーするという状況だけは勘弁してほしいですね。」
先ほどの君島議員のような人物がいれば、多くの人に迷惑をかけると言いたいわけである。そう言われて謝罪しなければならない総理の立場を考えると辛いところだ。
「先にそういうことがないようにしっかりと釘は刺しておく。だがそれで避難者全員が文句もなく行動してくれるわけではないことは理解してほしい。」
この場で言える精一杯の言葉である。総理が頭を下げながらそう話す以上、後は何もいうことはできない。友世は一瞬晴明を見た後に作戦を提案し始めた。
「現状で言えば安全なルートを取りたいと考えているでしょうが、三浦からの報告を聞いてわたしは埼玉方面を選択したいと考えています。」
その一瞬で部屋の中の空気が変わったような気がしたが、続けて友世はその理由も添える。
「モンスターといえど周辺の動物と似たような行動をとる事に晴明くんが気づきました。つまりほとんどのモンスターが火を怖がっていたのです。わたしの魔法で周辺を火で覆ったトンネル状の柵を構築してその中を進めばある程度は安全に進むことができると思います。先頭はわたしが、そして後方を晴明くんが守ります。避難者の列中央はわたしの式神と晴明くんの式神がそれぞれ守るようにつく予定です。」
「キミの実力は疑っていないのだが、そこの蒼井少年の実力は本当に大丈夫なのかね?」
坪田がたまらず質問するが、食い気味に友世は『大丈夫です!』と返答した。
「彼は最強の陰陽師です。本来彼1人でもこの窮地を脱するだけの力があります。大船に乗ったつもりでいてくださって大丈夫です。」
そう言って晴明を見て親指を立ててドヤ顔である。
(いやいや勝手に言ってますけど泥舟だったらどうすんだよ!オレの式神筆頭は非戦闘員のタヌキなんだが!?)
このメンツの手前、ツッコむこともできずに歯がゆい気持ちになる。その場の全員の視線を一身に浴びている状態では、言える言葉などひとつしかない。そう、ただ一言。
「……お任せください。」
と。
ザッザザザ〜っと音が館内に響き、池田総理からの本会議場への招集の案内が響き渡る。避難者の数が多く座席が足りないので立ち見もいる状態だ。それを見た晴明は、改めて避難者の人数に不安を覚える。
「お集まりいただきありがとうございます。集まっていただいたのは避難についてご説明するためです。全員が協力してこの状況を脱しなければならないため、ご理解とご協力をお願いします。」
官房長官からの前説の後に説明者である日江島がマイクの前に立つ。晴明と友世がその両側に立つ形になった。
「すでに知っている方もいると思いますが、ここにいる2人が皆さんの脱出に協力してくれる白虎隊士です。」
その話を聞いた一部からはザワザワと声が聞こえてくる。無理もない。小さな子供に命を預けろと言われたようなものなのだ。
日江島は構わず友世を紹介し始める。
「こちらは沖田友世、比翼連理というガールズバンドでボーカルを務めているので知っている人もいるようだね。彼女が白虎隊一番隊隊長である。ではみんなに挨拶を。」
紹介された友世が一歩前に出て軽い挨拶をする。晴明はそれをどこか他人事のように見ていたが、ふとアメリカでの挨拶を思い出して一気に緊張し始めてしまった。
(ヘっ、変な汗が出てきた〜!!)
少しパニックになりそうではあるが、2度目の失敗は格好がつかない。しかも今度は緊迫した場面なのだ。
「続いてこちらの少年を紹介する。彼は一番隊のルーキーで世界でも注目され始めた逸材だ。」
(ぬわんですと!?誰が世界注目ですと??話が大きくなりすぎじゃないっすか??)
驚きすぎて目が飛び出るんじゃないかと思うほど持ち上げられてしまった。
「なによりも一番隊隊長お墨付き、さらに四番隊と六番隊隊長からも厚い信頼があるそうだ。今回は殿を務めてくれる。では晴明くんも挨拶を。」
そう日江島に促されたが、あまりに盛られた話に緊張感などどこかへ飛んでいってしまった。少しは自分でフォローしたいがなんと話せば良いんだ?っと考えているうちにマイクまで着いてしまった。
「あー……、皆さんこんにちは。いやすでに夜か!?なのでこんばんわ。物凄いハードルを上げられた紹介を受けてしまったのですが、自分でもそうなのか?と思いました。実力は自分では分かりませんが、皆さんが安全に逃げられるように頑張りますのでよろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げて挨拶を終えたが、言いたいことがまとまっていなかったのもあってふざけていると取られたらどうしようかとドキドキで顔を上げたのだ。しかしそんな心配は要らなかったらしい。周囲から物凄い拍手を浴びる事になったのである。晴明がその場で唖然としていると、日江島が背中をポンと叩いてくれて意識が戻ったような気がした。
「良い挨拶だった。期待しているよ。」
そう日江島に言われてから元の場所に戻って行く。
アメリカのときに比べれば冷静だったと評しておく。
「さて諸君、避難のためには明日はかなりの距離を歩く必要がある。今日はゆっくりと休んで明日に備えてくれ。」
そして解散を言い渡したのだった。
解散後、日江島や池田の元には不安を訴える議員や避難者が質問に来ていた。
その多くが『体力的に自信がない』というものである。
あまりに遅れてしまうとその分隊列が伸びることになり、リスクが上がってしまうのだ。
いくら考えても答えは見つからないため、殿担当として晴明が呼ばれることになった。
「こんな遅くに申し訳ない。彼らが体力的に不安があると訴えていてね。どの程度歩くのかなど軽くでいいから説明をしてもらえないだろうか?」
日江島からそう言われたのだが、状況を把握しているのは友世の方だろう。
晴明は一瞬困った様な顔になったが、そういう場合は担当者に直接説明して貰えばいいことに気がつく。
「怪狸さんや怪狸さん。この人たちに説明をしてやってはもらえないだろうか?」
晴明は避難者対応の怪狸に早速助けを求めたというわけである。
そう言って呼ばれた怪狸は、非常にわかりやすい説明をしてくれたのだ。
(本当に優秀なタヌキだな……。)
ついつい感心してしまうが、隊列が遅れた場合の対処についてはどうしようもない。
さすがの怪狸も困っている様だった。
仕方がないとばかりに晴明が前に出る。
「……皆さんの不安はよくわかります。周囲に迷惑をかけてしまわないかを心配されているんですよね?では体力が不安だとおっしゃる人から先頭で出発するというのはどうでしょうか?そうすれば疲れて少し休憩したとしても殿までは距離があるためある程度時間が稼げると思いますよ!」
なるほどと少しは納得してもらえた様である。
口々に『明日はよろしくお願いね』と言って帰って行ったのだった。
「晴明くん。本当にすまなかったね。」
日江島から部屋に呼ばれて労いの言葉を受ける。
そして同時にある事を打診されたのだった。
「実はすでに沖田友世ちゃんには総隊長として提案した後なのだがね……。この作戦を無事に終えることができたらキミを一番隊から何処か別の隊へと移動して副隊長にと考えているんだよ。」
(……………なるほど?)
最近の友世の様子がおかしかった理由が分かって納得してしまう。つまりは出世案件というわけだ。しかし別の隊と言われても移動するのは大変である。転校しなければならないだろうし、未成年である以上親との関係もあるのだ。
「自分を買ってくれるのはありがたいのですが、それは別隊でなければならない理由はあるのでしょうか?」
日野副隊長を昇格させるタイミングと一緒であるなら分かる。だが晴明をこのタイミングで上に引き上げたいという理由がわからない。
むしろ日野を移動させるという案はなかったのだろうか?
すると晴明の考えを察してか、日江島はひと言付け加えてくる。
「友世ちゃんからも日野副隊長が昇格、または移動させるという案を提案されたのだがね、こちらの事情を説明したところ無理であると共通の見識になって却下されたのだよ。」
一体どんなやりとりがあったのかは分からないが、日野は一番隊の副隊長確定らしい。
「…正直に言ってもいいですか?」
晴明は許可をとってから続けてこう話した。
「自分には出世欲がありません。むしろ今の状態に満足しています。評価していただけるのは嬉しいのですが、できれば今のまま一番隊に置いてもらえないでしょうか。」
せっかく評価してくれている相手に対しては失礼にならないだろうか?と一抹の不安は覚えたのだが、転校などは現実的ではない。なにより友世から離れたくなどなかった。
(きっと友世もオレが離れると比翼連理の活動をどうするかで悩んでいたんだろうな。)
そう考えた以上、移動しなくても良いならば拒否させてもらいたい。
すると日江島は豪快に笑い飛ばしたのだ。
「いやいや気にする必要はないよ。もし無事に戻れたらということもあるしね。ただ他にも案があればまた相談させてもらうけどそのときはまた考えてみてほしい。」
そう言われてホッとしてしまう。
強制的な案件ではなかったからだ。
晴明はペコリと頭を下げてその場を後にしたのだった。
「……君の願った通りだったよ。安心したかい?」
晴明が部屋から出てしばらくした後、日江島が声をかける。
すると部屋のカーテンの裏から友世が出てきたのだった。
「なんだか騙している様で申し訳ない気持ちで一杯になりましたが、晴明くんの気持ちが聞けて安心しました。」
友世は晴明がその提案を飲んで離れてしまうことを不安に思っていた。
だがその理由は晴明が考えていた比翼連理を心配してでは無かった。
最近ずっと一緒にいる友人が遠く離れた場所へと行ってしまうかもしれない、そう思ったからである。
しかし友人の出世を喜ぶ気持ちもあったのだ。
日江島はもうひとつ声をかける。
「…若い人たちの事に口を挟み過ぎれば老害と言われてしまうのでいつもは言わない様にしているんだけどね。友世ちゃんが今思った気持ちをもっと素直に考えてみてほしい。きっとそれは晴明くんにとってもいい事だと思うからね。」
その言葉を聞いて、あまりピンときていない様子の友世だったが、『もう少し考えてみます』とだけ返事をしておく。
その様子を見る日江島の顔は一人のおじいちゃんの様であった。
「ではわたしも今日は上がります。」
そう言って帰ろうとした友世を呼び止める。
そして鋭い目つきになると。
「先ほど話した話を忘れないでくれ。日野には気をつけろ。」
と、ひと言だけ付け加えるのだった。




