首都襲撃
怪狸は管として優秀な一匹の白い狐に対して、憧れとともに嫉妬していたのだ。
「晴様の前世であるドウジ様に使えていた時に会った、妖狐が優秀過ぎて今でも嫉妬しているのですよ。その妖狐はドウジ様のお父上の管を務めていて、ドウジ様は、多分、対抗心から私を管にされたのだと思います。」
ドウジの管となる前の怪狸は、変幻が得意で人を化かしたりした。それは修行の一環としてやっていたものだ。むしろ『やっていた』ではなく『やらされていた』が正しい。そこにはタヌキ妖怪とキツネ妖怪による因縁があるのだが、タヌキがキツネよりも優れているのは変幻だけと言われており、変幻に関しては負けるわけにはいかなかったのである。
しかし変幻が重宝されるかと言えば否であった。そのため当時の陰陽師達の間では、キツネ妖怪を管として使役するのが常識とされていたのだ。そんな中、父親が白キツネなら自分はタヌキを管とすると言って怪狸を右腕としたドウジを、周囲は怪訝な表情で見ていたのである。それも重なり、怪狸にはキツネ妖怪に負けたくないという気持ちが人一倍ある。そして自分を選んだことで主人が負を被ることがないように……、周囲から馬鹿にされないようにと気配りをかかさずに使えてきているのである。
怪狸の話を聞いたネコ娘と座敷わらしは、お互いに顔を見合わせてから口々に怪狸の優秀さを訴え始めた。怪狸は初め、そのあまりの剣幕に圧倒されてわたわたとしていたが、自分を想ってくれている2人を両腕でギュッと引き寄せて泣きながら感謝を伝えるのであった。車内にはわんわんと泣く3人の声だけが響いていた。
晴明達のアメリカ滞在最終日となり、交流訓練も午前中で終了になる。結果としては今回交流した5人全員がとりあえずの能力を示すことができた。意外だったのがマイクが東洋系の術式に適合した点である。これまでの生活の中で陰陽術はもちろん、護符なども見たことがないらしい。育った環境下では能力がそちらに傾く要因がないのだ。
それ以外のメンバーはエクソシストとしての術式や能力を示していた。
アビゲールとビビの2人は黒いローブを羽織り、もはや魔法使い気分である。ホウキで空を飛べないのには残念がっていたが、杖を作る話で盛り上がっている。
友世に預けたミシェルはにこにこ顔で完全に懐いており、『ししょー』と友世を呼んでいる。
《本当に良くやってくれた。まさかこんな簡単に皆が能力を扱えるようになるなんて思わなかったよ。やはり呼んで良かった。》
お昼のお別れパーティーでそう声を掛けられて満更でもない気分になってしまう。今までは白覚醒とわかると残念な感じになっていたが、きっとこれからは白覚醒者がハズレ枠として扱われることも無くなることだろう。むしろ様々な術式ができるようになれば大当たり枠に変わってくるかもしれない。
今回の遠征でほぼ晴明の考えが合っていたことが実証されたと言っても過言ではない。ただミシェルの件もある。同じ白覚醒者であったのにも関わらず、術式が使えなかったのがなぜなのかがわからない。『白覚醒者=呪術系能力者』であるならば、使えないことはないはずなのである。
(何か見落としていることがあるのかもしれないな……。そこが分かれば今後困ることもないんだけど。ま、そのときはまた友世に頼ればいいか!)
一仕事終えた達成感からか思考を巡らせることを放棄して飲み物を口にする。大好きなコーヒーなのだが、アメリカにはあまりアイスコーヒーは普及していないらしく熱々なのが辛い。外の気温は夏真っ盛りの35°らしい。……熱中症になるぞ?
わいわいと盛り上がっていると、会場の一部がバタバタと騒々しくなってきたことに気がついた。気にはなるものの、遠いと翻訳機能が使えないので会話の内容が分からないのだ。分からないのがやや悔しく思ったのだが、それよりも気になることがある。三浦がスッと友世に何か耳打ちをしていたのだった。
そもそも三浦はアメリカに来た日からほとんど別行動で朝食夕食のときにしか顔を合わせていなかった。引率者としては如何なものかと思ってはいたが、日中に三浦の仕事は特にないため気にしてすらいなかったのである。だが、あまりに不自然な会場の雰囲気の中でアメリカの協会員が慌てるように動き回る姿のとは対照的に、三浦の動きには無駄がなくまるで幽霊でも見ているかのような身のこなしであった。
(三浦さんの能力は何なんだ?)
晴明は最近人の能力を分析することが続いたこともあり、三浦に対しても興味が湧いてきた。もちろん本人に直接聞くことはしない。日野副隊長との一件が脳裏によぎり、開けてはならないパンドラの箱のように考えているからである。
(よくよく考えれば日中いなかったことが不自然だし、それに対して友世は何も言わなかった。ってことを考えると、三浦さんは諜報員として活動していた!?)
思い込みは良くないが、晴明の中で三浦の身のこなしや滞在中の行動、友世の対応の全てを考えるとしっくりくるのである。もちろん確信はないため決め付けに近いのだが、これが意外とあっているわけである。ただ晴明は諜報活動相手がアメリカの中にあると考えているが、実際は日本の中を諜報活動として嗅ぎ回っていたわけである。
晴明が状況を推理していると友世から声を掛けられた。
「…慌てずに聞いてくれる?会場の雰囲気からも気付いているみたいだけど、今世界中のいたるところで、恐山で確認したゲートから出てきた生き物に襲われているようなの。しかもその全てが人口密集地に開いているの。ここアメリカはワシントンD.C.に、そして……日本は東京に。」
状況は最悪だが、現状は瞬時に理解できた。エスパー協会の人たちの慌てようはゲート出現がアメリカにも起こったからだったわけである。だが日本は大丈夫なのだろうか。恐山は山の中にあったために被害は少なかったが、それでもあらわれた怪異はゲートの大きさを悠に超えたものまでいたのである。そんなものが人口密集地で起こればパニックどころの騒ぎではない。
「とにかく、私たちは早く出国してこのまま東京に向かいます。まだ本部からの指示はないけど、羽田は今の所無事みたいだから。」
指示がない以上、時間を早めて予定通りに行動するしかない。きっと日本では白虎隊と新撰組が協力して非難や討伐を行なってくれていることであろう。そう信じてなるべく早く帰国することが重要である。
「現状から考えれば直ぐに空きの飛行機を探す感じか?」
予定では夜8時の羽田行きの便で帰る予定だったのだが、状況は一刻を争うだろう。今は無事な羽田も、明日にはどうなっているか分からない。
「夕方5時の便を抑えました。パーティーも現状このような状態ですし、荷物をまとめて空港に向かいましょう。お二人は荷物を車に入れて乗車しておいてください。私はひと言主催に挨拶をして参ります。」
三浦の迅速な行動により、すでに最短を確保してくれたようである。あとは飛行機が飛ぶのを祈るしかない。
飛行場に着いてから愕然としてしまった。危惧した通り、各主要都市行きは飛ぶ予定もないらしい。三浦が日本行きを検討した結果、日本到着まで最短で1週間以上かかってしまう。船ならさらに日数が増えるので考えてすらいない。
「とりあえず、乗り継いでいくしか方法がないので時間はかかるかもしれませんが日本に向かいましょう。」
三浦がため息混じりでチケットを買いに行こうとしたときである。
《まってください!恩人に迷惑を掛けたまま勝手に帰れだなんて言えません。こちらがご用意したものに乗ってお帰りください。》
そう話しかけてくれたのはエスパー協会員の男性で、初めのパーティーで挨拶をしていた人であった。
聞けば旧大統領機を買い取って使っているらしく、うまくいけば羽田まで、ダメでも日本のどこかの空港に降ろしてくれるというのだ。願ってもない申し出ではあるが、パイロットは大丈夫なのだろうか?危険な東京の空港に着陸するのだ。引き受けてくれるものなのだろうか?
《ご心配なく!職員に元軍で航空機のパイロットをしていた者がいます。彼ならば安全に、責任を持って皆さんを日本へお連れ致しますよ。》
そこまで言われて断る理由は無い。
案内されるがまま、用意されていた機体に乗り込むことにした。
(…もしかして、ここにこの機体があるのはこの人が使っているからなのでは?)
都合よく用意された機体、凄腕のパイロット付きでこの人のオススメともなれば考えられるのは一つである。つまり初めのパーティーで紹介してくれた男性がアメリカエスパー協会のCEOということなのだ。
(オレはどえらい人の前でマイクに額を打ちつけちゃったんだなぁ…。ってか打ち合わせ出れなかったんだから紹介くらいして欲しかった!)
苦い思い出と共に飛行機は日本に向けて飛び立っていくのであった。




