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初任務その2

しばらく練り歩いていたときである。外堀でボートを漕ぐカップルをぼんやりと眺めながら羨ましい気持ちに浸っていると、後方から悲鳴が聞こえてきたのだ。

「なんか聞こえなかった?あれは悲鳴だったよね?」

一緒に後方を歩いていた女子高生の高嶺たかみねさんが近づいてきて声を掛けられた。

「…間違いなく。さっき通ったときには特に異常はなかった…はずですよね。列は離れてしまいますが一緒に戻りましょう。」

二人で顔を見合わせて頷き、確認をすると走って逆走し始めた。100メートルほど戻った辺りだろうか、見晴らしの良い広場でその異常な光景が目に入ってきたのである。大きな鳥居の下辺りで一人の男性が炎に巻かれたように全身が赤いオーラに巻かれているのである。それは晴明と高嶺にとって、初めてみる暴走が起こっている現場であった。


暴走者は50代位の男性観光客だろうか。激しい赤色のオーラが170センチほどの身長に対してその倍ほどの高さまで立ち昇っている。

(もの凄い圧を感じる。この距離でも全身から汗が噴き出しそうだ。)

まだ距離にして50メートルほど離れた距離にいるのだが、これ以上近づくのは危険だと本能で理解しているようで足が萎縮してしまい思うように動かせない。

「どうしますか?高嶺さん。自分の持つリングは腕輪型でやや小さいんですが、どこに着ければいいんでしょうか?」

一緒に戻ってきた女子高生の先輩に指示を仰ごうと声を掛けたが、返事がない。

何処にいるのかと辺りを見渡すと、5メートル程後ろで座り込んでいて動けないでいる。

晴明が戻って近寄ると、全身から汗を吹き出し、目尻から涙を流しながらガタガタと震えていた。

「高嶺さん!しっかりしてください!」

晴明の声掛けで我に返った高嶺だが、震えが止まらない。

「…私にはムリ…。あの人に近づいてはダメだって本能が告げてるの。蒼井くんは平気なの?」

平気なわけがない。初めて対面する暴走者がこれほどだとは思わなかった。正直今すぐにでも逃げ出して安全なところに避難したい気分だ。でも周囲から避難する人を助ける位はやらなければ!という使命感はある。せめて本隊が気付いて駆け付けるまでの時間を稼がなくては、と。

「高嶺さんは一度戻って本隊に知らせてください!自分は周囲の逃げ遅れた人を誘導して、リングの装着を試みます!」

心配そうにこちらに顔を向ける高嶺だが、自分には現状何もできない事は明らかである。高嶺は震える足をパンッと叩き、這うようにして必死に来た道を戻って行った。『すぐに助けを呼ぶから待ってて!』と言って。


さて、やる事はやるしかない。

とにかく時間を稼いで、周囲の人を逃さなくてはならない。

実際に周囲に高嶺同様に動けなくなっている人が四人ほど見られた。

(まずはここから動かないと、逃げ出すこともできないだろう。挑発してこちらに誘い込むしかないか。)

相手を傷つけるわけにはいかない。そう考えて足下になった石ころを掴んで地面に叩きつけた。

「どこ見てんだ!ここだ!ここ!!」

暴走者に意識があるわけではないが、注目を集めることには成功したらしい。一瞬しゃがみ込んだと思った瞬間、一気に50メートルもの距離を詰めて目の前まで飛び込んできた。

(速すぎんだろ!)

ものの数秒だったが、間一髪で右に避けてかわすことに成功した。しかし間髪入れずに方向を変えてまた向かってくる。この広い広場では障害物もなく、このスピードでの鬼ごっこでは捕まるのは時間の問題だ。


(クソッ。せめて刀が抜ければまだ抵抗もできるのに。)

あまりの速さに数度の回避だけで息が上がってくる。一瞬の判断ミスが命取りになる緊迫した状態での攻防など、今まで普通に暮らしてきた晴明にはもちろん経験などあるはずもなく、対面しているだけでスタミナがゴリゴリ削られていくのが分かる。暴走者は身体能力が爆発的に上がっていて、脳のリミッターが外れてるなんて言われてるが、その意味がよく分かってきた。このままいけば足が折れても走り続けていそうである。


(早く何処か障害物があるところへ…。)

そのとき、晴明の進行方向に炎のサークルができて火柱が上がったのである。それによりこの暴走者の能力が炎系であることに気がついた。能力は使えない、刀も抜けない状態でフルコンボを決められてはたまったものではない。ギリギリ回避を続けていた緊張の糸がプツリと切れた瞬間であった。


(止まりきれない!ぶつかる!)

すでに地面から足が離れており、回避が間に合わない。火柱に突っ込むその瞬間、迫ってきていた暴走者に胸ぐらを掴まれ、思いっきりぶん投げられて30メートルほどスライディングしていく。


火に突っ込むことは回避できたものの、今まで走って逃げてきたことで呼吸が荒い上に、背中を強打して呼吸ができない。激しく転がったせいで腕や足から血が(にじ)んでいる。

意識が遠退きそうになるのをグッと堪えて身構えた。注意深く周囲を観察すると周辺に縄が張り巡らされてお札が貼ってある。

どうやら神社の社へ放り込まれたらしい。相手はすぐさまこちらに顔を向けて近づいてきた。流石にもう動けない、追いつかれたら次はないと感じる。


(神様仏様お助けください〜!!早く誰かきてあいつを止めてくれ〜。)

いよいよ追い込まれて神社の中で最後の神頼みだ。もう絶体絶命、助かる見込みはないと覚悟してみるが納得などできない。まだ生まれて10年で、悔いがないわけなどあるはずもない。せめて可愛い娘と、さっきのボートのカップルみたいにデートくらいしてからでなければ死んでも死にきれない!そのとき脳裏には教室では挨拶くらいしかできない沖田友世の笑顔が映るのだった。


そんな想いを抱きながら目を閉じかけたとき、自分の足下が眩いほどに光り輝いた。


(なんだこの光は?地面が光ってる?)

よく見るてみると、飛ばされた時にぶつかって落ちたのだろうお札が落ちていた。そのお札が光っているのに気がついたのだ。晴明はお札をおそるおそる摘んで持ち上げてみる。

間違いなく炎を使っていた相手の能力ではない。であるならば、これが初めて発動した自分の能力であるはずだ。

(でも何でお札が光ってるんだ?ってまさかお札を光らせるだけの能力とか言わないよな?)

お札が光っただけで何かが起きたわけではない、しかし、暴走者はそれに気が付き、火球を3つ作ってこちらに向かって投げ込んできた。明らかに何かに焦りがあるようだ。

おいおい、地面から火柱を打ち上げる能力じゃなかったのかよ!などとツッコミを入れたいが、そんな余裕は勿論ない。

もう身体中ぼろぼろで足は動かない。

今できるのはこの(ひかる)お札で、どうにかして火球3つをやり過ごす以外に方法はない。


「何でもいいから防いでくれ!!」

目を閉じて叫んだときだった。摘んだお札から出ていた光が晴明を包み込む。

お札からは何やら字が浮かんでいるが、蛇が這ったような字のために読めない。

光に当たった火球3つが跳ね返り上空へ上がってドドーンと爆音を出して炸裂した。

「グッ、おお!?跳ね返した??」

正直、目をつぶっていたために跳ね返した詳細についてはよく分からないが、事実綺麗に上空へと飛んで行った。

(お札で跳ね返した!?火の玉を跳ね返す力って事??)

自分の力の正体は未だに不明だが、とりあえず助かった。


ふーっと息を吐き手元のお札をよく見るとぼろぼろと朽ちてしまい、光も失っている。

慌てて近くに落ちているもう一枚のお札を掴んで力を込める。力を込める感覚は正直念を送るイメージだ。

特別に何かコツを掴んだ訳ではないのだが、なんとなく先ほどと同じ事が起こる()()のようなものはある。

(これでさっきと同じく(ひかる)お札になってまた防いでくれる。いや、お願いだから光ってください!)

と念じるだけである。


手元にあるお札にも光が現れ、よく見ると先程は読めなかったミミズのような字は『結』と書かれている事に気が付いた。先ほどよりも明らかに読めるため、どうやらコピー品ではないらしい。しっかりと一枚一枚手書きにより作成されている立派なお札のようだ。

(…もしかするとオレの能力って…。)

晴明には一つ思い当たる能力があった。能力と言って良いものかどうかは分からないが、数年前に両親が家で観ていた映画作品に登場する人物が使っていたからである。

その映画では、符術を使い、(くだ)を使役する。カッコよく描かれていた記憶がある。


(とりあえず検証は後にして、この状況を脱するのに集中しよう。周りの離れたお札も使えないかな?)

周囲にはまだまだ縄に付けられたお札がぶら下がっている。境内の木から木へと縄が括られていて、入り口にもお札があるのだ。周囲全てのお札に対して念を送る。できたらラッキー!くらいでやってみたわけだが。

(……おいおいマジかよ…。)

自分でやっておいて言うのも変なのだが、周囲50枚ほどのお札が一斉に光り出したのである。やや薄暗くなり始めた境内が明るく照らされ、まるで宵宮の屋台通りのように。


暴走者はその光に驚きオロオロと周囲を見渡している。完全に形勢逆転である。お札が円を描くように集まっていく。

晴明は札に命令を加える。

「捕らえよ。」

と。

晴明の命に従い、お札は綺麗な星型に並ぶと光の筋が暴走者を取り囲むように伸びていく。

暴走者は完全に光の檻に捕らわれていて、立っていることもままならずにベシャっと地面に押し潰され、ひれ伏した状態で身動きが取れなくなった。


最後まで気を抜かないぞ!と、そのまま暴走者に近づいて、左の手首にリングを付けた。するとさっきまで見えていた赤いオーラのようなものはシュルシュルとリングへと吸い込まれていくように小さくなっていき、完全に消えたのだった。

「これで終わりか?終わりでいいよな?」

誰に確認するでもないが、ひとりごとを呟きながらその場にへたれ込んだ。

不安が安堵へと変わり気が抜けたらしく、いまさらになって足がガクガクと震えてきたのである。

遠くから声が聞こえ、声のする方角に一番隊士であろう人影を確認すると、晴明は仰向けに寝転んだ。


日中の残暑が厳しい秋口の夕方に吹く、涼しい風を受けながら。


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