マナーへの理解を深めて?
夏までの2ヶ月間でテーブルマナーやダンスなどさまざまな教育を受けることになり、放課後は毎日友世とともに隊舎内に講師を呼んでの実践形式の講義を受けていた。晴明としては何をするのも友世と一緒なら意外と苦痛では無かったのだが、どうやら友世はテーブルマナーだけは納得がいかないらしい。
「海老くらい手で向いた方が速くない?なんでわざわざナイフとフォークで剥かなくちゃダメなのよ!」
「まぁ確かに。殻はツルツルしてるしいっそ最初から剥いて出てきて欲しいよな。」
食材もいちいち面倒くさいものが出てくるため、その都度ボヤいている。手で食べた方が効率がいいのに、わざわざ面倒な手段を取る事が納得できないのである。2人とも効率の悪いことがあまり好きではない、いわゆる効率厨のため、ボヤキと合槌やツッコミが飛び交いながらの講習となる。
(ブドウを食べるのにナイフで切る意味があるか?)
晴明も何から何までナイフとフォークを駆使して食べる事には疑問しかない。そんな姿を見透かされているのか、はたまたぼやき過ぎているのかは分からないが、講師から釘を刺されてしまう。
「……意味を求められるなら、美しさを求めた結果です。あなた方はいちいち理由がなければできないわけではありませんよね?」
これ以上何か言うと教えてもらえなくなる可能性もあるため黙って黙々とやるしかないのだ。
だが友世は納得のいく説明を求めているのだが、得られない以上は不満が溢れる。美しいからのひと言で納得できるなら誰もボヤかないのだ。
(後で友世をなだめておくかー。)
実を言うと晴明はこう言うマナー講座は嫌いではない。晴明は知らない知識を吸収する事が成長を実感できる1つと考えているため、昔から本の虫に近い生活を送っていた。実践形式の方が覚えやすく分かりやすいと思っている節すらある。対して友世も成績は良い方であり、クラス内でも晴明と友世、楓が周囲からも一目置かれる程度には頭が切れる。だからこそ『理由』を求めてしまうのだ。
「もう!なんで海老はこんな殻つけてんのよ!もっと簡単に剥ければいいのに!」
そりゃ海老も食べられたくないからだろうとツッコミたくなるが、また怒られそうなので辞めておく。ここまでくればもはや何にでも文句が言えそうである。
友世がここまでテーブルマナーに憤慨しているのにはもうひとつ理由がある。それはこんなに形式ばって取る食事は美味しく感じないからだそうだ。晴明は初めて受けた時に友世に直接聞いたので間違いない。ゆっくり食べるのは良いとしても、やれ音を立てるな、優雅に切り分けろなど気にしすぎて味などわからないと言っていた。
(まあこんなに言われ続けながら取る食事は美味しくないわな。)
食事は楽しく美味しくと言うなら、このマナーというのは確かに煩わしいだろう。
夜はファミレスにでも連れてって楽しく食事を取ろうと思うのだった。
テーブルマナーは苦手でも、全身運動のダンスになればこの2人は得意と言える部類に入る。最初こそ恥ずかしそうにしていたが、慣れてしまえばダンスの足捌きなどお手のものというわけである。
「……もう私から教えることはないんじゃないかしら。素晴らしいペアダンスですよ!」
テーブルマナーとの雲泥の差に思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
やや身長差はあるのだが、友世の履いているのは厚底に加え、かなり高いハイヒールとなっている。それでも苦にせず動けるのだからさすがである。
「お二人さん、衣装の採寸の前に一度休憩してお茶でも飲みませんか?」
佐々木さんがお盆にお茶とお茶菓子を持ってやってくる。今日は当日着るドレスとスーツの採寸がある日なのだ。
「佐々木さんはお茶菓子とかこだわりがあるんですか?」
お茶を淹れてくれている佐々木さんのこだわりようはいつみても素晴らしい。お茶一杯のためにティーポットで茶葉を蒸らして丁寧に淹れてくれるのだ。そんな佐々木さんならお茶菓子にもこだわりがあると思ったのである。
「おや?気が付きましたか。今日のお茶菓子は大和地さんのお家で購入してきた物ですよ!私も紅茶や緑茶などさまざまなお茶を嗜むので、その茶葉に合ったものを仕入れているつもりです。」
大和地とは育美のことである。そう言えば陸斗が以前老舗和菓子屋のひとり娘と言っていたのを思い出す。
「育美の家が老舗の和菓子屋だとは聞いていたのですが、今までに和菓子店に行くことはなかったので見たのも初めてです。お菓子をみて気になって聞いたのですが、まさかそれが育美の家の物だとは気が付きませんでしたよ。」
晴明が佐々木さんのお茶へのこだわりの強さに感心していると、佐々木さんが意外なことを話し始めた。
「いやいや、実は私も最初はにわかでね。友世さんがこちらにいらしてからこだわり始まったんですよ。」
晴明の頭にクエスチョンマークが飛んでいく。
「いやいや、友世はお茶とかコーヒーとか飲めないんじゃなかったのか?」
隣で紅茶をすする友世に聞いてみる。だが目の前では確かにお茶を飲んでいるじゃないか。
「えっ!?わたしはコーヒーは苦くて飲めないけど、紅茶は好きだよ?宮城に住んでたときに近くに紅茶の茶葉を売っているお店があってね。通ううちに詳しくなっちゃったんだよね。」
えへへと照れくさそうに頭を掻く姿は可愛らしい。確かにコーヒーと違い、紅茶にはフレーバーがあり、フルーツティーなどもある。甘くなくとも苦味はない。
「初めて私が紅茶を提供したら、茶葉を当てられてしまいましてね。それから友世さんに聞きながら色々な茶葉を試して今に至るんですよ。お茶菓子は私の趣味でね。それまでも色々な老舗を回っていたんですよ。」
なんだかそう話す佐々木さんと友世を見ているとおじいちゃんと孫にも見えてきた。
微笑ましく感じながら、育美の家産のお菓子に舌鼓を打つのであった。
採寸は滞りなく終わって一息ついていると、隣の部屋からバタバタとまだ何やらやっている音が聞こえてくる。
(女性は色々とかかるんだろうなぁー。)
と悠長にお茶の続きをしていると、ドアがカチャリと開き中から採寸係の方々が出てきた。するとおもむろに晴明に近づいてきたかと思うと、手首を掴んでそのまま連れていかれる。
「なっ、なになになになに????」
あまりに急でどうしたのかと慌ててしまう。
「連れてきたわよ!さぁ隣に立ってちょうだい。」
何事かと目をぱちくりさせていたが、隣でまるでお姫様のようなフリル付きのロングスカートの友世が立っているのに気がついた。晴明はその姿に一瞬で見惚れ、意識が飛んでいってしまった。
「はっ、晴明くん!あんまりジロジロ見ないでよ。」
照れている顔も可愛いなぁと思っていると、無理矢理首を正面に向けられてる。
「がはっ!?」
首に鈍い痛みを感じたが、採寸係のおばちゃんは至って真面目に仕事をしている。
「身長差をヒールで隠すから、ドレスのスソの長さを調節したいのよ。そこに真っ直ぐ立ってもらえる?」
晴明は言われるがままただただ突っ立っている仕事を全うするしかないのだ。
(…当日向き合ってダンスなんかできるんだろうか…。)
隣でちょこんと立ってサイズ合わせをされている少女にどんどん惹かれている。この数ヶ月で距離が一気に縮まったと思うのは勘違いなんだろうかと1人で問答してしまうのだが、逆に今回のアメリカ出張が終われば、また距離が開いてしまうのではないかと不安にもなる。恋とはなんとめんどくさい物なんだろうか。楽しみなくせにその分不安になるなど、これほど効率が悪いものは他にはないんじゃないかと思ってしまう晴明なのであった。
採寸も終わり、一通りマナー講習も終わりつつある。いよいよ夏休みになり、アメリカ遠征が近づいてきた。
「最近暑いよなぁー。そう言えば今日は貴船神社で宵宮だぞ?みんなで行かないか?」
ケイジが晴明と陸斗を誘ってくる。晴明の学校では学区内の宵宮に限り、夜8時には家に帰る条件で参加が許されている。この弘前という街は夏になるとほぼ毎日のように宵宮がどこかで開かれているのだが、規模の違いはあれど、だいたい同じような店が軒を連ねているので中くらいの規模が実際はちょうど良いのである。
「そうだなぁ、俺は暇だから良いけど晴明はどうなんだ?」
陸斗に聞かれるが、晴明としては今日に限って何もないのである。むしろ友世がいないのでマナー講習などもお休み、最近隊舎に入り浸りだったので佐々木さんからも訓練すらお休みを言い渡されている。
「オレは何も予定ないから大丈夫だよ。ついでに怪狸達も連れてって良いかな?あいつらも息抜きは必要だと思ってさ。」
いつも編集作業に追われて食事すらデリバリー中心で缶詰になっている相棒を労うのも必要だろうと考えていたのだが、その会話を聞いた亜希が颯爽と現れる。
「もしもし?せっかくなら美少女のエスコートなんていかがでしょう?」
猿のように鼻の下を伸ばし始めた2人に対し、きっと動画のネタにされて撮影込みで仕事になり事が確定したため、怪狸達には少し申し訳なくなる晴明であった。




