初任務その1
いつの間にやら暑さも和らぎ、木の上の虫の音から草の中から聴こえる虫の音に変わる頃、休日を利用して幼少隊のパトロールという名の訓練が行われることになった。場所は弘前城の菊祭り会場を中心とした場内全てである。
もちろん実戦など想定するものではなく、子どもたちの頑張りを地域住民に知ってもらう催である。
「休みなのに出張るとか勘弁してもらいたいよな。」
遊びたい盛りの小学生なら誰でも思うであろう。愚痴が出る気持ちもわかる。
今日はパトロールに際しての注意などを説明してもらうために集められている。
説明を受ける子どもたちの反応はまちまちではあるが、模擬刀とは言え帯刀して正装というコスプレにテンションが上がるメンバーの方が多い気がする。
(白虎隊の正装よりも新撰組の正装の方が実は好きなんだよなあ)
晴明はぼんやり衣装を眺めながら話を聞いていると、ケイジが後ろから肩をポンポン叩きながら、まるで心の中を見透かしたように話しかけてきた。
「知ってっか?隊長と副隊長だけは特別な羽織があるんだぜ!」
聞いてもいないのにケイジは得意そうに説明してくれる。
薄紫を基調とした隊番入りの羽織らしいというウワサだけで、実際は誰も隊長の羽織を見た事がないらしい。
(いまだに隊長が誰か分からないんだよな。佐々木さんでもなかったし。一番隊は副隊長が仕切っているから、実はまだ隊長が決まっていないってウワサされるのも頷けるよなぁ。)
佐々木さんは事務官の長である事がわかったため、隊長説はもろくも崩れ去ったのである。全く人前に出てこない隊長様なのは理解した。トップ隊士でもその姿を見ることができないのだ。しかし、実在はしている。隊長が不在ならば副隊長を隊長へと昇格させれば良いだけなのだから。
(副隊長が25歳で若いからってことはないだろうなあ…。四番隊長は女子高生って話だし。)
宮城・福島・山形を四番隊が治めている。本来白虎隊の本拠地なら福島だろ!っという野暮なツッコミは避けてもらいたい。実際は政府がある東京が白虎隊の本拠地になっている。ちなみに新撰組の本隊舎があるのも京都では無く大阪なのだ。
「しかし危険はない時間帯なんだろうけど、酔っ払いとかに絡まれるのは嫌だなあ」
陸斗が珍しく深いため息を吐いている。旅行で来た人の中には日中から飲んでできあがっている人がいるのだ。実際は我ら幼少隊の他に、ちゃんと本隊がパトロールしてくれているのだが、幼少隊第一隊としても不測の事態があった場合には動かなければならないのだ。ウワサでは今年の春に、陸斗が桜祭りのパトロール中に酔っ払いに絡まれてしまい、なかなか離してもらえず隊列に置いていかれたらしい。そりゃ若干のトラウマ案件である。
「もし暴走している、または暴走しそうだと判断した人がいた場合はリングを強制的に着けさせましょう。」
もしものときの注意事項を教えられている。そもそも『リング』とは、覚醒者ならば常時着けている、力を抑制する能力を要した代物である。suppress extrasensory perception(S・ESP)と言われる物で、研究の段階ではあるものの一定の効力が認められたためにアクセサリー型に変えて着用しているのだ。晴明や陸斗はネックレス型、ケイジは腕輪型で現在も着けている。覚醒者認定を受けた者は必ず日常生活全てで身につけることになる。もちろん暴走予防のためだ。
酔っ払いは自制が働かないため、覚醒者の認識がない人ほど暴走する危険を伴うこととなり、特に注意が必要なのである。
「模擬刀の柄は自前に変えても良いですが、リング着用義務があるため決して抜くことが無いようにしてください。」
実はこの柄にこそ、帯刀の意味があるのである。覚醒者は常時この柄を持ち歩き、流れ出る力をこの柄に貯める事ができる。能力を研究する機関がリングに次いでの大発明とされる一つなのがこれだ。刀を杖代わりに能力を行使する補助器のような役割をこなしてくれる。力が弱い覚醒者でも貯めればそこそこの力にはなるため重宝されている。発明したのは日本の研究機関なのだが、現在は世界中で使われていてリングと合わせて日本の二大発明と称されている。
もちろん本隊の隊士と違い、常にリング着用が義務付けられている幼少隊メンバーは帯刀は許されても抜刀は許可されていない。
(まあ貯めたところで能力がわからないなら使いようも無いのだが…。)
いまだに自身の能力がわからない晴明にとっては貯め続ける貯金箱であり、開け方(使い方)すらわからないのだ。
晴明はここに来てから約二ヶ月間、自分の能力が何なのかを模索していた。地元の大学の研究室で検査をしたり、発見されている能力を手当たり次第に試してみたがうまくいかない。
(何かキッカケでもあれば分かるのかも知れないけど、正直見当もつかないんだよなあ)
白色の覚醒者が少な過ぎる事も原因である。せめて我らが隊長様が出てきて手解きをしてくれれば良いのに!っと愚痴の一つでもこぼしたくなるのであった。
菊祭りのパトロール当日である。
今日の担当は小学生1年生、4年生、中学1年生、高校1年生の幼少隊第一隊〜第三隊が当番となる。総勢18名は多いのか少ないのか正直分からない。
(クラスからケイジ、陸斗、楓、亜希、育美が出てるって事は、この学年はめちゃくちゃ優秀なのでは?)
実際、晴明を含めた6名が揃っている上に、第一隊メンバーが3人もいる。ちなみに今日の第一隊参加者は5名しかいない。そもそも第一隊自体が10名しかいないのだから晴明の学年は豊作なのだろう。
(まあその中には力を使えないポンコツが混じってますがね。)
晴明がちょっと卑屈っぽくなってしまうには仕方がないだろう。周囲も努力が実らない事に苛立ちを覚え始めている気持ちを察し、別メニューで訓練を進めてくれているのだが、その配慮が逆に晴明のプレッシャーへと繋がっているのである。
「まあ滅多に事件も起こらないし気楽に行こうぜ!」
ケイジが素晴らしいフラグを立てたのにツッコミたい気持ちもあったが、それぞれ配置についてしまったため逃してしまった。晴明は列の最後尾について行進を待つ。
それぞれの隊員が等間隔で5メートル程空けながら歩き始めた。
周囲には子どもが白虎隊士の格好で練り歩く姿にカメラを向けたりしながら見学している人だかりができ始めていた。
(…もしかして最後尾が一番観客が多いのでは…?)
何故順番決めでみんなが先頭に行きたがったのか理解したが、時既に遅しというわけである。てっきり先頭で目立ちたいだけかと思って譲ったのだが、むしろ逆だったわけだ。
(まあ小学1年生の可愛い姿や高校生のカッコイイ姿を見たい人が多いようだし、需要は少ないでしょ。)
相変わらず小学4年生にしては達観した考えを持つ晴明なのであった。