不穏な観測者
大会2日目の朝である。
晴明は朝食を取るために乗ったエレベーターで日野とたまたま乗り合わせる事となり、会話をしながら食事会場に向かう。
「いよいよ激突するけど、緊張とかやっぱりしないのかい?」
日野は晴明があまりに緊張しないことをどうやら不審に思っているらしい。昨日に引き続いて質問が一貫している。晴明からすればそんなに気になるものかと思うが、逆に緊張するのが当たり前だと言う事は理解しているため、緊張しないコツを知りたいのだろうと思う事にしている。まあそんなコツも無いのだが……。
「昨日と同じですよ。やる事をやるだけです。でもボクも緊張する事だってありますよ?試合とかでは緊張しないだけです!」
友世と一緒にいる時は緊張しっぱなしなことが多いし、初めて暴走者と対面した時も緊張していた。全く緊張しない奴というわけではないのだ。
うーん…と隣で首を捻りながら歩く日野の反応を見ながら歩いて食堂に辿り着くと、入り口にはまさかの友世とあかねがお互いに並んで立っている。晴明は嫌な予感がして日野に助けを求めようとしたが、その異常さに先に気がついた日野はさっさと入場して人混みの中に消えて行った。振り向きざまにこちらを見て、『すまん!』と言いたげに目配せをして消えていくあたりが悪質である。晴明も颯爽と2人に挨拶をしてトレーを取りバイキング料理を選ぶために並んだが、逃がしてもらえるはずもなく、結局3人でギスギスとした雰囲気の中朝食を取る事になったのである。
(今が1番緊張してるっつの!!オレを間に挟むなぁぁ〜!)
そんな晴明の気持ちなど察しようともしない2人組に囲まれる姿は、周囲から同情の目線を浴び、一部からは『爆発しろ!』と批判を浴びる始末である。憧れの少女と妹分に挟まれながら、何故かゴリゴリに精神が削られていく晴明なのであった。
「朝から酷い目にあった…なんで2人はオレのところに来てまでケンカするんだ?」
ため息混じりで会場入りすると、冬休みを迎えたばかりの比翼連理が控え室に顔を出しに来ているところに出くわし、つい楓に愚痴をこぼしてしまうのだった。比翼連理は今回の大会応援サポーターとして起用されたために昨日の夜に沖縄に到着したらしい。まあボーカルの連覇が掛かる大会でもあるため、スポンサーも比翼連理以外考えられないとCMから応援ソングにいたる全てにおいて使ってくれている。
愚痴をいつも聞いてくれる楓ではあるが、友世にも関係する話ということもあり終始苦笑いを浮かべている。晴明としては2人が仲良く一緒にご飯を食べてくれるならむしろ大歓迎なのだが、間に挟まれてギスギスした中での食事など味がしたものでは無い。
「もしかすると友世は晴明くんが取られると思ってるのかもね。」
楓はストレートな表現も考えたが、友世の本心も聞かずに適当な事を言うのもどうかと考えてやや濁して伝える事にする。実際は誰がどう見ても独占欲の表れであり、ヤキモチのような感情だと理解できるのだが、当の本人である友世とイロコイの話をするとはぐらかされるため、確信までは得られていない。だが、この状況下で晴明のことをどうとも思わないとは言えないだろう。いや、楓的には言わせない。だから少し攻めた説明を楓はしたつもりだった。
だが相手はこの男である。蒼井晴明はイロコイの対して前世から無縁な男なのだ。楓の含みなど理解できるはずもない。
(取られるも何も、あかねに何を取られると考えているんだ?黒坂隊長みたいに引き抜き的な話なのか?いやしかしあかねにそんな権限はないはずだし、それなら警戒するのはさくら隊長の方なのでは?しかもオレは一番隊所属なのは希望したからじゃなく居住地の関係が大きい。つまり他の隊に移るとなれば小学生である以上この問題は大きい訳で、たとえあかねに誘われたからとポンポン移動する事はありえないと思うんだけど…。)っと、完全に的外れな考えをしているのである。そして隣では楓が『コイツ、絶対わかってねーな。』という顔で見ているのであった。
いよいよ友世との試合の時間である。会場入りすると地響きのような歓声が聞こえてくる。世間では比翼連理対決なんて言われて注目されているらしい。ちなみに晴明は雇われベーシストでありメンバーではない。ガールズバンドと紹介されるしグループ名からも察することができると思うのだが、どうもそうでもないらしい。やはり知名度の低さが一番の理由だろう。動画サイトでかなりの再生数を叩き出しても、一部の熱狂的ファンが繰り返し視聴してくれたりするので勘違いをしてはいけない。
すでに友世は自分のベンチに座って、今はトレードマークとも言えるポニーテール結っているところである。口にゴム紐を咥えながら髪を束ねる姿にドキッとしてしまうが、今日は対戦相手なのだ。うつつを抜かしていては一瞬で敗れ去ることになるだろう。いままで晴明は友世の試合を見た事はない。それどころか、一度も一緒に稽古もしたことがないのだ。ケイジがボコボコにやられていた記憶があるが、それもやられた後である。つまりは同じ隊舎内であるのに全くの初見という状態である。観ている観客はそんな状態だとは誰も思わないだろう。
「両者前へ。」
準備を整えた晴明は対戦するステージに登り審判が指を差す場所まで歩いていく。友世もステージ逆サイドから歩いてきてお互いが2メートルの距離まで近づく。
「胸を借りるぜチャンピオン!」
「…全力でお相手してあげる。」
お互いに軽いあいさつをする。これ以上はもう何も言わない。
審判がそれを確認すると、右手を挙げた。
「これより白虎隊沖田友世と同じく白虎隊蒼井晴明の試合を開始する。」
大きな歓声と共に試合が始まったのであった。
「どちらが勝つと思う?」
「贔屓目でもなんでもなく、間違いなく沖田ね。下北で戦った晴明のままであれば、勝てる見込みなんて一つもないわ。」
そう話す人物は、恐山で晴明と死闘を繰り広げた少女である。
その少女が沖縄の大会会場にいることに誰も気がついていない。それもそのはず、この少女は恐山のときにも着用していた白虎隊一番隊の正装姿であり、隣にいる人物は白虎隊でも有名人だからである。側から見れば下っ端隊員が上司に何かを報告しているようにしか見えないだろう。
「あなたこそ、そろそろ沖田に勝って名前を売っても良いんじゃないかしら?信頼された方が動きやすくなるんでしょ?」
そう問われた人物は、フッと少し笑いながらこう続ける。
「今回のこの大会において、あの少年がここまで上がってきた事はいままでに一度もない。今回いままでと違う点があるとすれば菊祭りの暴走事件の日、幼少隊の担当班を変更したことくらいだろう。変更理由は変更前に説明した通り【彼女の死】を回避するためだったが…、思わぬ副産物として手に入ったのが彼の急成長だったというわけだ。であるならば、彼にはこのまま予定よりも早く成長を続けてもらって、早く駒になってもらった方がいいと思うんだ。彼の成長次第では、もしかするとあの【新宿戦】も乗り越えられる可能性がある。そこを抑えられれば、天狗が気にしている最悪は防げると思うのだがね。」
それを聞いた少女はふーっとため息をつくと。
「いっそ始めから門を対処する方向に持っていくことはできなかったわけ?今の彼の現状であれば封じ込めることが可能なわけでしょ?」
「いや、残念だがそれはすでに検証済みだよ。必ず門は開く。これは事象の収束だから避けては通れない出来事なんだ。もっと先にある分岐点への布石だからね。」
そういうと、にこりと少女に笑いかける。
「ちなみに恐山のときにキミの素性は気付かれなかったのかい?」
その質問に無表情だった少女の眉がぴくりと反応する。
「あの少年は私を知らないから大丈夫。友世は目の前にいたけど、どうせ私のことはまだ知らないはずだから大丈夫でしょう?」
その一言を聞いて男は満足そうである。
「なんにせよ、猶予はもう一年もない。予想外のことが良い方向に転がってくれることを祈るしかないんだよ。」
「…一体誰に祈りを捧げようというんだか。もし仮に神が存在するのなら、手を貸してくれるよりも運命を切り拓かせようとしているようにしか感じないんですけど?」
その一言を聞いた男はまた笑うのだった。『違い無い』っと。
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