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晴明の激怒

会場に入ると大歓声が聞こえてくる。

入場しただけで歓声が上がるほど晴明の注目度が上がってきているという事だろう。

対する平山はまだ会場には姿を見せていない。先ほど試合が終わったばかりなので休憩でもしていると思われる。

自分のベンチに荷物をおろして大きく伸びをすると、そのままストレッチを始める。

実はここまでの試合は全てものの1分程度で終わらせてきたため汗すらかかず、準備運動にもなっていない。

(ここまであまりに早く試合が決まってたからなぁ。本戦と思って身構えてたけど、結果肩透かしを食らった感じがする。でもやっと本気で戦える!…はず。)

晴明は友世に、勝つと宣言してしまった。そして本戦初となる強敵を前に珍しくウズウズしているのである。早く試合をしたくてたまらないのだ。

だが晴明が入場してからしばらくしても平山がなかなか姿を見せないため、審判団が会場にアナウンスを流すなどの処置を取りはじめた。開始時刻に間に合わなければ不戦敗となってしまうだけに、会場からはどよめきが聞こえ始める。いくら試合後すぐの試合だったとしても、間30分はあるのだ。

(腹でも壊したのかな?)

誰しもが晴明の不戦敗を確信し始めたときである。慌てる様子もなく会場に姿を見せたのだ。あまりに平然としているため、時間を間違えたのかと思うほどであった。もちろん審判団から注意を受けるが、片手を挙げて『オーケーオーケー』と気にするそぶりもない。そしてすぐに整列の合図がされる。

目の前に並び、審判がお互いの刀をチェックしているときに平山が話しかけてきた。

「あと数分でキミの不戦勝になるところだったのに残念だったねえ。もしかして期待させちゃったかなぁ?」

どうやら平山は晴明に対して揺さぶりをかけてきているようである。自身の方が格上であり、年齢もひと回りほど下の未成年男子に対して姑息な手段であると誰しもが思う。だが、対する相手は晴明なのだ。

「間に合わなくて不戦敗になったら後味悪いですもんね!間に合って良かったです。」

しっかりと笑顔で返したのだ。平山は初めはキョトンとしていたのだが、徐々にわなわなと怒りが湧いてきたようである。その様子をみて晴明は『なんで怒ってるんだろ?』と思うのであった。


「新撰組平山隼人対、白虎隊蒼井晴明の試合を始める。礼、始め!」

開始の合図がされた瞬間、平山が上段に構えながら突っ込んでくる。その様子はさながらダンプカーのようであり、刀で打たれなくとも、体に当たって飛ばされる可能性もある。実は平山はここまでの試合全てで開始と同時に突撃し、体格を活かして相手の間合いの外から一撃の元に斬り伏せてきたのである。リーチの長さが圧倒的に違う晴明では、対処のしようがないように思われた。

晴明に対して平山の刀が振り下ろされたときである。晴明はその刀を上段で受け止める姿勢をとったのだ。どう考えてもパワーと勢いがついたその一撃を受けることはできないと思った客席からは悲鳴が聞こえたのだ。

ズダーン!!と床を叩きつける大きな音が鳴り、誰しもがまたもや一撃で終わってしまったと思ったのだが、晴明はしっかりと立っている。受けた刀で平山の振り下ろした刀の軌道を変えたのである。そしてそのまま刀を返し平山の左肩を斬りつけた。

「ッ、クソ!」

本来ならこれで終わりなのだが、本戦では相手が戦闘不能になるかギブアップするまでは終わらないのだ。もちろん平山がギブアップをするはずがない。晴明としてはこのまま終わってほしかった。

「いやいや、油断したよ。さすがここまで上がってきただけはあるね。でも試合はここからだよ!」

そういうと平山は再度刀を振りかぶり、上段からの振り下ろしを狙っている。

(力を抜いて打ち込んでるからダメージが無いだろうけど、完全な一本なのに往生際が悪いなぁ。)

晴明はなるべくケガをさせないようにと配慮して戦っている。格下相手なら十分この戦い方でも負ける事はない。つまり晴明は今の一連のやり取りで、すでに平山が格下と認識したのである。結局気合を入れてきてもこんなものかと残念な気持ちが優先してしまい、やる気が削がれた状態なのだ。しかし勝つためには試合の続きをしなければならない。そう思うと少し面倒な気持ちになる。


だが一度やられたら平山はさすがに自分から突っ込んではこない。まるでチョウチンアンコウが口を開けて待っているかのようにじっとしている。会場全体が緊張に包まれ、しんっと静まり返っている。

この状態でしばらくジリジリと間合いを詰めながら動かなくなる事もしばしばあるため、客席からはふーっと息を吐く音が聞こえてくる。しかし晴明の対応は違ったのだ。

なんと刀を構えもせずにスタスタと歩き始めると、平山の3メートルほどまで詰めてきた。平山はあまりの出来事にかざす刀が若干ブレたが、それでもじっと晴明が間合いに入るのを待っていた。

(こいつはバカだ!自分から来てくれるとは。あと一歩、あと一歩早く来い!)

平山は晴明がそのまま間合いに入ってくると思い、刀を持つ手に力を込める。しかし残り一歩のところでピタリと歩みを止めたのだ。そしてしっかりと構え直してから正対する。

晴明はたった一撃で平山の間合いを見切り、ワザとそのギリギリまで踏み込み、『お前の間合いは見切っているぞ!』というパフォーマンスをやって見せたのだ。これには観客はドッと沸き、平山はブチギレて自ら一歩踏み込んで攻めてきた。


もちろんこれは晴明の作戦である。平山が攻めてくる方がやりやすいのだが、目の前でジッと構えて動かなくなってしまった。正直すでに間合いを見切った事もあり、どんどん打ち合いをしたい。ならば平山から打ち込んできてもらおう!そう考えて沸点が低い平山を、あえて挑発するためにパフォーマンスをおこなったというわけである。もちろん前出の通り効果は抜群だった。

平山が踏み込んだ瞬間に懐に飛び込んで脇腹に打ち込む。先ほどは一撃受けても敗北宣言を出なかったため、残された勝つための手段は『戦闘不能』と審判に判断してもらうことである。ならばと晴明は刀のきびすを返すとさらに平山を打ちつける。待ったも言わせぬ連撃を受ける平山だが、苦し紛れにブンブンと刀を振り回して抵抗してくる。しかしそんな大振りを晴明が受けるはずもなく、容赦のない叩き込みが続けられるのだった。

晴明の刀を浴びる平山を見て審判がさすがに止めに入る。このタイミングでの審判介入はTKOテクニカルノックアウトを意味する。つまりは晴明の勝利が確定したのだ。客席からは体格差のすごい相手を打ち負かした晴明に賞賛の拍手が起こった。のだが…。

「ちょっと待て!俺はまだやれるぞ!なんで止めた?誰がギブアップなんて言ったんだよ!!」

負けを宣告された平山が審判に喰ってかかる事態となり、会場が騒然とする。あまりの剣幕に審判が狼狽えているが、晴明の連撃をあのまま受け続ければどうなるかなど誰がみても明らかであり、言い訳の余地はないように思われる。

そのためか客席のざわめきが徐々にブーイングへと変わり、審判の擁護の声が溢れてきたのだ。普通であればそこで負けを認めるものだが、平山という男は諦めが悪いらしい。

頭に血が上りどんどんヒートアップしていく。それを目の前で見ている晴明はいたたまれなくなってきた。

(早く終わってくれないかなぁ…。正直予選なら2連勝どころじゃない圧勝だったわけで、言い訳する意味が分からないんだよな。)

揉め始めて五分ほど経っただろうか。晴明はぼーっとやり取りを見ていた。

「あんなクソガキに負けるわけないだろう?弱々しい力でペチペチ叩いてくるから避けなかっただけだよ!」

まだやってるわ。っと晴明がため息をついたときであった。

急に平山が晴明の方にドスドスと歩いてきたかと思うと、小声で話しかけてきたのだ。

「なあ少年。お前だって俺に勝てるなんて思ってないだろ?お前からも言ってやれよ、あのクソ審判に。」

認められないと思ったのかわざわざ晴明を説得に来たらしい。あれだけボコスカ殴られておいてよくまあそこまで自分を擁護できるもんだと呆れてしまったのだが、次の一言で状況が一変することになったのだ。

「俺は友世ちゃんと次の試合で交わりたいのよ。お前じゃ相手にならないだろ?俺に譲れよ。今回は足辺りをケガさせて俺が抱いて運ぼうと思ってるわけよ。あんな可愛い子抱いて運べる機会なんて他にないだろ?」

とんでもないクズっぷりに若干聞こえていた審判団や救護班は気持ち悪がり、引いている者やイラ立ちを見せる者もいた。だが、この一言に1番ブチギレたのは晴明であった。晴明への接触を止めようと間に割って入ってきた審判に対して晴明は宣告したのだ。

「試合を続行させてください。この筋肉ダルマは自分の実力を頭で理解できていないようなので、オレがバカでも分かるように身体に直接教え込んでやりますよ。」

いつもクールな晴明のこのセリフで、どれだけ頭に来ているかが分かる。そして晴明のこのセリフを聞いた平山はさらにブチギレたのは言うまでもない。

「…クソガキ、歩いて帰れると思うなよ?」

お互いに試合会場の真ん中へと歩いていくのを審判は止めようとするが、すでにお互いが了承しているため、すぐに試合が再開することとなった。

会場は完全に晴明への声援一色となり、平山に対しては酷いブーイングが起こっている。そんな治安最悪な舞台に立つ小学生の姿はこの日の一番のニュースとなり、この再開した後のたった30秒間の動画が、投稿サイトで瞬く間に再生数が伸びていき、蒼井晴明の名前は一躍有名になったのであった。


動画最後は平山がうつ伏せで倒れ、救護が駆け寄るところで終わるのだが、興奮した客席から平山に対して様々なものが投げ込まれることになったところも写されているのであった。

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