船上戦と式神雪菜
宇曽利湖の北西に到着し、待機していた船に乗船する。大型船などもちろんないため、5隻の漁船に分乗する事になっている。
「湖内にモンスターがいる可能性もある。上空だけで無く周辺全てに警戒してくれ!」
副隊長から各船に指示が出る。漁船は借り受けて、運転は免許持ちの隊士がするようだ。まあ一般人が危険地帯に一緒についていくなど流石にあり得ないだろう。しかし、船舶免許持ちの隊士を5人も揃えられたことの方が驚きである。
小型の漁船に10人ずつ乗り込んでいる。定員オーバーなのではないだろうか?
(襲われていないのに転覆したらどうすんだか…。)
晴明は不安に思いながらも覚悟を決めて乗り込んだ。
幸い晴明の乗り込んだ漁船には小柄な女性隊士が多く、重量オーバーの心配はなさそうだ。よく見ると必要以上に寒がりな隊士が一名いる。毛糸の帽子を目深に被り、マフラーを鼻まで隠れるほどぐるぐる巻きにして茶色のダッフルコートを着込んでいる。ダッフルコートには皮のベルトが付いていて、刀がしっかりとくっついている。もちろん手袋も装着しているのは言うまでもないだろう。あの手で刀が抜けるのかは疑問である。見た目の身長も晴明より小さい感じがする。
(流石にあれは周りから注意されても仕方ないくらい着込みすぎだろ!まあ湖面上は風もあるし寒いのには同意するけど…。)
ちなみに怪狸は寒さのあまり、借りてきた毛布にぐるぐると包まってガタガタ震えている。…タヌキって冬眠しないんだっけ?
日野を乗せた船を先頭にし、鳥雲の陣を組んで進んでいく。晴明が乗る船は右後方で広い湖側となっている。
(索敵はしっかりしておかないとな。)
上空に人型の索敵護符を飛ばし、周辺1キロは網羅しておく。水中に紙の護符を飛ばすわけにはいかないため、使役している式神から適任を怪狸に選ばせすでに泳がせている。何か不測のことがない限りは現状で船が転覆することはないだろう。
(とりあえずいきなり襲われることはないようにしておかないとな。)
空いた時間は陰陽術について学んでおく。ちなみに今一生懸命読んでいるのは、ドウジが考案したオリジナルの術式集であり、言葉使いが完全に古文なため正直ものすごく読むのに時間がかかっている。晴明も記憶が引き継げなかったことをこれほど恨めしく思うこともない。それだけ解読が困難なわけである。
(アプリ翻訳機能でもあまり役に立たなかったんだよなぁ。もう少し効率が良く読める方法とかないんだろうか…。)
魔法陣のような図が付いているのはせめてもの救いである。大体が五芒星なのだが、六芒星のものもある。
(陰と陽をうまく使うのが陰陽術ということなんだろうけど、月のマークが陰であれば、五芒星と六芒星は陽なんだろうけど…違いはなんなんだろうか…。)
いまだに細かいルールが把握しきれていないため、一つ一つ時間がかかってしまうのだ。
晴明がうんうんと唸りながら書物を読んでいると、怪狸がスッと横に付き耳打ちしてくる。
「晴さま。水中の式から連絡があり、敵を視認したとのことです。敵もこちらに気が付き攻撃をしようとしているようですがどうしますか?」
やはり水中にもいたか、となれば退治するしかない。怪狸を通じて攻撃命令を出そうとして、ふと思いとどまる。急に戦闘が始まると大きな揺れが起きたりして迷惑かもしれない。自分への責任を回避するためにも、ここは『報連相』が必要だろう。
「日野副隊長。水中にもモンスターがいるようなのでこれから排除したいと思います。許可を下さい。またその際は湖面が揺れる可能性があるため、隊全体への周知をお願いします。」
連絡手段用として渡されていた小型通信機で日野へと連絡を入れる。本来は船が到着後に別働隊となる晴明との連絡ツールとして渡されていたものだ。
日野はその情報に驚いた様子だったが、すぐに『了解した!周知徹底のため2分攻撃を待ってほしい。可能かい?』との返事があり、晴明は了承する。ちなみに晴明は自身の乗る船内へ周知させる任まで任されてしまった。
(副隊長は小学生でも一人前として扱ってくれるけど、逆に信頼しすぎじゃないか?)
船頭役を中心に一人一人に揺れるので掴まってほしいと伝えて歩く。最後にあのもこもこ着ている隊士に声を掛けようとしたときである。何やら話し声が聞こえたのだ。
(他の隊士が先回りして教えてくれてるのかな?)
そう思ったのだが、少し考えるとこんな狭い漁船なんて細い通路を一周するくらいしか動く場所などない。つまり誰かが逆に回りながら教えてくれているなら、その逆走隊士とすでにすれ違っているはずだ。では一体誰と話しているのだろうか?そう思ってこそりと覗き込んでみると、小さい妖精のようなものともこもこ隊士が話し込んでいる。
「…式神!?」
ついうっかり声に出してしまった。
するときゅっとこちらを向いて驚いた顔をされた。
「誰ですか?隠れてないで出てきてください」
和服を着た少女の姿をした式神と思われる方が話しかけてくる。晴明としては隠れたつもりもないのだが、覗き込んでいた時点で言い訳は受け付けてもらえないだろう。仕方なく出て行くと、さらに怪訝な顔をされてしまった。
「…よりにもよってあなたですか。蒼井晴明。」
何をそんなに言われなくちゃいけないのかと思うのだが、とりあえず急ぎで現在の状況を説明する。
しかし説明をしている最中に海中から水柱が上がったのだ。それはまるで水中花火でも上がったかのような炸裂音と共に天高くまで登る龍が現れる。その龍は口にサメのような姿をした体長5メートはあるかというほどの大きな魚を咥えている。その光景を目の当たりにして各漁船に乗っていた隊士は酷く怯えているようだ。
「…ごめん。説明が間に合わなかったみたい。揺れるからとにかく捕まってね!」
晴明が着膨れ隊士にそう告げた瞬間、船は波を受けて大きく左右に揺れたのだった。
もはや船上はパニックである。『落ちる〜』『食われる〜』っとあちこちから聞こえてくる。敵対生物は晴明が召喚した式神に咥えられていて、すでに戦闘不能になっている。だが各船の隊士はパニックになり怯えきっている。
晴明がどうするかと首を傾げて考えていると、和服少女な式神が一言話しかけてくる。
「…あの龍の方があなたの式神…ですよね?」
なるほど。つまりこの和服少女は敵がどちらかなんて分かるはずないから恐怖でパニックになっていると教えてくれているのである。現在隊士たちを怯えさせているのは龍の方ということだ。それに気付かされた晴明は、急いで拡声器を借りて各船に向かって説明する。
数分後、揺れが収まる頃にはみんな安心したのかパニックは収まってきた…のだが、龍が晴明に咥えた成果物を見せに来たことでさらに怯える隊士が出たのであった。
晴明が龍を撫でて褒めた後、また水中警備をお願いしておく。捕獲したサメのような魚は、一旦陸地へと運んでもらった。
「ちゃんと躾はしておきなさいよ!みんなびっくりして動けなくなっていたじゃ無い」
呆れたようにジト目でこちらを見てくる小柄な和服少女の一言に、申し訳なく感じながらも、無事を確認してホッとする。通信機には副隊長からの連絡があり、再度状況を報告しておく。
さて、とりあえず脅威は去ったので、改めて目の前にいるちっこい和服少女に向き合った。
「とりあえず…きみは誰!?」
唐突すぎただろうか?だがこの娘も式神で間違いないだろう。
聞かれた2人はどう説明すれば良いかを考えて顔を見合わせている。晴明には怪狸たちがいるため式神を珍しいとは感じていないが、実際は契約の仕方から、どこにいるのかなどさまざまな面で運も必要な珍しい存在なのである。確かに晴明も怪狸を呼び出すまでは式神に憧れのようなものを抱いていたのを思い出す。
(見た目が完全に人型の式神となれば怪狸のような化け狸や、妖狐など上位の存在かも知れない。とすれば、このもこもこもかなりの実力の持ち主なんじゃないのか?)
晴明は二人を見ながらさまざまな推察をしていると、和服姿の式神が観念したように声を出した。
「…私は多分察しがついていると思うけど式神よ。名前はここにいる主人から『雪菜』って付けてもらったのでそう呼んでくれて構わないわ。』
雪菜は、寡黙なもこもこ主人を庇うように話し出す。そうなるとなんだか後ろの人物の方が気になるのだが、この感じは答えてくれないだろう。ここはとりあえず引いて、怪狸が待つ元の場所まで戻ることにする。
「あー…あはは、雪菜ね!覚えておくよ。」
そう言いながらもこもこ隊士の脇をすれ違う時に、晴明は以前どこかで会ったことがあるような気がしたのだった。




