副隊長との顔合わせ
早朝の冷たい風を受け、早起きのせいでまだ開かないまぶたが勢い良く立ち上がった。むつ市で副隊長隊と待ち合わせをしているため、朝5時に八戸を出発することになった。もちろんそこまでは仙台遠征チームと行動を共にすることになっている。
「朝と言っても真っ暗で、完全に夜みたいだな。」
そう話しながらチーム長が集合場所にやってくる。12月の朝5時は正直まだ夜中と言っても差し支えないだろう。運転係が車を玄関前につけて荷物の搬入を行うのだが、チーム全体が晴明に対して妙に優しい。昨晩のやりとりをみんな聞いていて、同情しているのだろう。
口々に『元気出せよ。』とか『頑張ってね』と声を掛けてくる。忘れては困るのだが、ここでお別れではなくむつ市までは一緒に行くのだ。
元凶を作った怪狸をみると、昨日の威勢とは違い完全に寝ている。ホテルのロビーのソファーに仰向けになってピスピスと寝息をたてているのであった。
(まったく、タヌキって夜行性じゃなかったのか?)
晴明はタヌキに対する勝手なイメージで夜行性と思っているが、怪狸にいたっては晴明と行動をともにしているため夜はもちろん睡眠にあてられている。むしろ日中も寝られる時は寝ている。寝る子は育つと言うのだが、怪異となったタヌキは成長するのか疑問である。
「ほら起きろ!車に乗るぞ!」
晴明が揺すり起こすと目をこすりながらムクリと上半身を起こして、
「…朝ごはんですか…?」
と完全に寝ぼけている。緊張感がなさすぎるのであった。
青森県内を移動するのは実はかなり大変なのだ。実際弘前から仙台に行くよりも、県内移動である弘前から下北半島に行く方が時間がかかる。そのため、副隊長の部隊はきっと夜中に出ているのだろう。
晴明たちは八戸から向かうことを考えればまだ近いといえるが、それでもかなりの時間を要する移動になる。隣ではコンビニで買った朝食を頬張る怪狸が地図アプリを操作しながら穴の予想地点を考えている。そもそも封印をどうするのかと言う課題もある。幸い今のところ穴は千年前のピーク時よりは小さいと予想されている。理由は穴から出てきている生き物である怪異が、並の動物と同じサイズと報告されているからだ。先見隊として出ている部隊からの報告では、大きさは鹿や熊くらいの知性を持たない生物だと言うのだが、そもそも熊とか鹿も一般人には大した脅威であろう。それでも怪狸の話によれば、異能を持ち言葉を使う奴が千年前には出てきていて、アリスが相手をしていたと言うのだ。
(穴が小さいから弱い生き物しか通れないって事なのか?それとも知性がある分無闇に穴を通ってこちら側に来ないと言う事なのか?)
今の所正直何も分からない。本当に千年前の状態になってしまえばアリスはいないしドウジもいない。対処法がない以上どうすることもできないのである。
(せめて記憶の一端でも思い出せれば良いんだけど、今のところ話を聞いても全く心当たりが無いんだよなぁ…。)
天才陰陽師も記憶までは引き継げなかったのだが、力はしっかり引き継いでいる。封印についても何かしらの力を持つはずなのだが、思い出せないのであればその力があっても宝の持ち腐れというやつだ。
千年前と同じ状態になってしまったら、この世界のどこかにいるであろう不死のバンパイアであるアリスを連れてくるしか方法はないんじゃないかと思われる。それでも穴を封印ができるのかは分からないのだ。
「当時から残る何かが封印のカギだと思うんだけど…全然わかんない〜!!!」
怪狸が画面を見ながら頭を抱えて発狂しはじめた。晴明としては、いくら怪狸が当時その場にいたとしても封印については何も知らないわけで、そもそも責任を感じる必要などないと思っている。
しかし怪狸が晴明の制止を振り切り発言したり、情報を少しでも集めようとしているのは白虎隊の任務のために頑張っているのではなく、少しでも晴明の役に立つために頑張ってくれているのだ。
それはドウジのために自分が役に立てなかったことを後悔していて、晴明が同じ失敗をしないようにと考えての行動であった。
待ち合わせはむつ市内の運動公園に10時と言われていて、予定通り少し早めに到着したので散策をする事にした。ここから数キロ先で戦闘が起こっているなど信じられないほど穏やかな空気が漂っているのだが、チーム長含めメンバーからは口々に『背筋が凍る』とか『鳥肌が』など話しているのが聞こえてくる。
(まあ風が無くても12月の雪が降る公園は寒いよな。)
などと呑気に考えていると、チーム長から声を掛けられた。
「晴明はこの力を感じないのかい?」
何の話だろうか?確かに恐山方面からは禍々しい力を感じるが、それ以外は特にどうと言うことはない。強いて言えばもう少し日差しがあれば気持ちがいいと言う程度であろう。
すると隣からツンツンされてふと見ると、怪狸が首を左右にふるふる振っている。
「生き物とは誰しもが自分では対処できないような強大な力に恐怖するものです。晴さまはお力があるのでさほど感じないのでしょうが、力を持つ弱き者には酷でしょう。むしろ力を持たない人の方が気付かないだけ幸せという者です。」
うんうんと自分の話に頷きながらどこか誇らしげなのは何故だろうか?チーム長は申し訳なさそうにしているが、見た目とギャップがありすぎて脳みそがバグるのでやめてもらいたい。
そうこうしているうちに、副隊長隊が続々と到着した。
「待たせたかい?」
副隊長がやってきて声を掛けてくれた。
「初めましてだな。一番隊副隊長をしている日野悟だ。よろしく頼む。」
晴明はあいさつに応じて名前を言おうとしたが、すでに知られているのでやめておいた。代わりに怪狸を紹介すると、日野副隊長は怪狸とも握手を交わして挨拶をしている。とにかく人の良さは伝わってきた。
「隊長からはすでに指示を受けてきてはいるが、内容を共有しておきたい。移動しながら説明するからとりあえず車に移ろう。」
そう言われ、いよいよ仙台遠征チームとは別れることになったのだった。
「蒼井くん、無理はするなよ。とにかく気をつけていってらっしゃい。」
チーム長から心配されながら遠征車と別れを告げて、湖行きの車へと乗り換える。後部座席のドアを開けるとすでに副隊長が座席を向き合うようにセッティングしてくれていてテーブルまで間に用意されていた。
「こっちに乗ってくれ。荷物はここで良いぞ!」
年下に対しても対応が変わらないのは凄いなと素直に感じる。普通はいくら隊長命令でも、小学生の隊士にここまで親切に対応などしないだろう。だが日野副隊長は違った。まるでそれが当たり前のように行動している。
「船を待たせている。出発してくれ!」
宇曽利湖をぐるりと回って向かうので時間が掛かるし、あまりに時間をかけると火山性ガスが出る場所で野営することになってしまう。未知の生き物が目撃されるのも考えると遠慮しておきたい状況なのだ。
「単刀直入に要件を伝えると、隊長から君たちへの任務は結界の調査と言える。可能であれば結界を再展開して欲しいのだが、無理はするな。モンスターとも言える生き物が増えてきていると報告がきている。安全第一で行動して欲しい。」
ここまでは晴明と怪狸が想像した通りである。昨晩の会議でも再封印の有無を聞かれていたからだ。だからこそ怪狸は結界の楔となる物体を地図で見つけようとしていたのだ。
(まあ見つからない上に、そもそもそんなのが今も残っているのか疑問ではあるんだけどね。)
怪狸と晴明は今回の件を幾つかの原因に分けて考えていた。
原因とは次の①〜③である。
①観光客が間違えたか何かで、結界の楔となっていた物体を壊してしまったか、移動した。
②そもそも千年が経ち、経年劣化により結界が弱くなってきた。
③誰かが何かの目的で故意に破壊または、移動した。
の3つである。
正直②であるのが望ましい。その理由は結界が弱くなっただけであれば、その分の力を補うだけで良さそうだからだ。最悪札などを交換すれば良いので数日で復旧できるだろう。困るのが①③である。この場合は間違ったのであれ故意であれ、結界の楔となっていた物自体がなくなっている可能性があるためだ。つまりそもそも何処にあったのかが不明であり、結界の作り方が分からない可能性が高くなる。
つまり状況としては最悪である。
「こちらからも1つ質問してもよろしいですか?」
晴明の言葉にニコリと微笑んで快諾してくれる副隊長に頭を下げながら続ける。
「そもそも何故自分に結界の修復業務が回ってきているのですか?確かに怪狸の話から千年前の凄腕陰陽師が結界を作ったのは分かりますが、そもそも結界師と言われる能力者を連れてくる方が早いと思うのですが?」
結界を構築するのは何も陰陽術で無くとも問題はない。であるなら現在一番解決に早いのは、『結界師』を集める事である。結界師とはその名の通り結界を構築し、維持・管理できる能力者の事である。そこまで珍しい能力ではないため集めようと思えば他の隊にも協力をお願いして1週間程度で集められると思うのだが、今回はそれをしていない。確かに同じ陰陽術を扱う(むしろ転生している本人なのだが、それを知っているのは怪狸だけ)晴明が適任なのかもしれないが、確実性がない以上は保険も必要であろう。
すると少し困った顔をした日野副隊長は、どう説明して良いのかを悩んで一言こう告げたのだ。
「蒼井くんに対する隊長からの信頼が厚いということ…かな。」
その一言で晴明はため息が出るのであった。
(おいおい、またかよ。そろそろ隊長出てきて説明してくれ!)




