表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

それぞれの休日



 厳戒態勢解除の翌日、王城からの計らいで皆に休みが与えられた。

王政だった頃は誰かが王様を守らなければならないため、皆が揃って休むなんてあり得ない事だったが、今は民主制。王様がいなければ守る対象もいないのだ。

 したがって、今王城はもぬけの殻なのだろう。


 そんな日でも関係なく、リリエッタは朝から前日の宴会の片付けに追われていた。

 王城の計らいで、すこし豪華な夕食をと運ばれてきた材料の中には酒もあり、昨夜は宴会になったのだ。自分が居てはハメを外せないだろうとリリエッタとトトは早いうちにお暇をしたが、恐らく夜遅くまで続いたのだろう。それでも誰1人談話室で潰れることなく、全員が自室に戻っているのは流石規律に厳しい王城の勤務者である。


テーブルの上を片付け食器を洗い、必要かは分からないが軽く朝食の準備もし…とせわしなく働くリリエッタを、彼女からは見えないところで観察する男がひとり。


(なんで休みの日に俺がわざわざ……)


大きなため息をつくのはシルバだ。

彼は昨日魔導師団長と直属の上司である隊長に呼び出されていた。そこで特別任務を言い渡され、断ることもできずに今に至る。

この任務のために昨日の宴会も途中で抜けたのだから、文句の一つも言いたくなるのは仕方のないことだろう。


そうこうしている間にも、何も知らないリリエッタは台所の家事を終え、床に散乱している衣類をかごに詰めていく。

どうやら洗濯場へ向かうらしい。幸い洗濯場は共有スペースの窓からも見えるため、リリエッタが出て行ったのを確認するとシルバは窓辺の壁に背中を預ける。


寮の裏手にある洗濯場にはリリエッタ以外誰もいない。いつもなら他の寮母も数人いていい時間のはずだが、王城勤めが休日なだけあってみんないつもとリズムが違うらし。


(そういえばあの猫もどきがいないな)


リリエッタの周りを見回すとちょうどいいタイミングで茂みがガサガサと動く。猫もどきことトトが出てきたのかと思ったが、ひょこっと顔を出した生き物は黒くはないし、どう見ても猫ではない。


(……あれは、アライグマか?)


警戒心が強いはずの野生動物がリエッタに向かってゆっくり歩いて行く。その姿はまるで獲物ににじり寄るかのようで、それに気が付かず洗濯物に没頭する彼女にシルバは声をかけるべきか思案する。


仮に、あのまま襲われかまれるか引っかかれるかしたところで大した怪我にはならないだろう。それより任務遂行のためこのまま観察するべきだ。

そう思う一方、野生動物の保有している菌が傷口から体内に入ったら、あんなに小さくてか弱そうな女ならもしかして死ぬのか?とも考える。任務を優先するあまり見殺しにしたとなっては流石に目覚めが悪い。


さらににじり寄るアライグマを前にこれ以上悩む暇はなく、ここは声をかけておくのが正解だろうと判断し、窓を開けようとしたシルバだったが、思わぬ光景にピタリとその手を止めた。

にじり寄っていたアライグマはリリエッタの後ろをスゥッと通り過ぎ、なんとリリエッタの横で桶に手を入れて洗濯物をすすぎだしたのだ。


信じられない光景に呆然としていればさらに信じられないことに、リリエッタはアライグマに向かい何か口を動かしたあと、自分が泡立てた衣類をアライグマに手渡した。それを小さな手で受け取り桶に入れてまたすすぎ洗をするアライグマ。


(……なんだこれは。アライグマに洗濯を覚えさせたのか?そんなことできのか?)


 信じられない光景はそれからしばらく続いたが、アライグマは突然ピンッと立ち上がったかと思うとリリエッタの方を向いた後どこかに走って行ってしまった。


その数秒後、桶にたくさんの洗濯物を入れた女性が一人洗濯場にやってきた。恐らくどこかの寮母だろうが、アライグマはこの女性から逃げたのだとすぐに思い至る。

警戒心はしっかりあるのだと分かり、益々シルバは理解に苦しむ。


そのあとはその女性と話しながら、手元は疎かにする事なくリエッタは洗濯を続けた。



 洗濯中は特に変わった動きはなさそうだと判断したシルバがコーヒーを準備していると、レイとサガスが2階の自室から降りてきた。


「おはようさん。今日は早くから用事があったんじゃないのか?」


腹をボリボリと掻きながらあくびをするサガスに、シルバはまさか今現在任務中だとも言えず、さっき終わって帰ってきたと嘘をついてその場をやり過ごす事にした。


「あれリリエッタちゃんはいないの?」

(こいつの病気は相変わらずだな)


朝のあいさつもそこそこにリリエッタを探すレイに、シルバは冷めた視線を向ける。シルバが言う病気とは女好きのことで、そんな視線には慣れているレイは意に介さずリリエッタを探している。


(仕事の時はマトモな良い衛兵なんだがな。プライベートがどうにもゴミカスすぎる)



ついでだからと2人にもコーヒーを準備し他愛もない話をしてくつろいでいると、リリエッタが洗濯を終えて戻ってきた。

時刻はもうすぐ昼時に差し掛かろうとしている。


「あ、おはようございます!すぐに昼食の準備しますね!」


 洗濯カゴを所定の位置に戻し、パタパタとキッチンに向かうと慣れた手つきでエプロンを身にまとう。


(……休む時間もないな)


 朝から働き詰めのリリエッタを眺めながら、手伝おうとは思わないがこれくらいなら手を貸してやろう。とシルバはリリエッタに絡みにキッチンに向かおうとるするレイの足止めをする事にした。



 昼食ができるころ、匂いに釣られるようにライとルカが2階から降りてきた。

 全員がテーブルに揃ったところでルカとリリエッタが料理をテーブルに運ぶ。今日の昼食はラップロールだ。水で溶いた小麦粉を薄く焼いた生地に野菜や肉など好きな物を巻いて食べる。昨日業者が食材を届けたばかりとあって、巻く具材は豊富だった。

「いただきます」と揃って言うと、みな一斉に生地に手を伸ばし食べ始めた。


「ほういえばトトがいねぇなぁ」


 口いっぱいにラップロールを頬張って辺りを見回すサガス。「「汚いなぁ」」と向かいに座るレイとライに注意される。


「トトは今日挨拶回りに行くと言ってました」

「挨拶回り?」

「この近くに住む亜種達に挨拶と、亜種の存在を勝手に人間に話してしまったからそのお詫びに回るとか何とか」

「律儀なやつだなぁ」


 サガスがそう言うのも無理はない。いつもは飄々として上下関係なんて無縁そうなトトがそう言った時は、リリエッタですら驚いたものだ。

しかしそれだけデリケートな事なのだと言うのも今更ながら理解した。


「俺はねぇ、今日は城下町の子とデート」

「まじ?俺も俺も!向こうで会ったりしてなぁ」


 聞いてもいないのにそう話すのは双子のレイとライ。厳戒態勢解除が決まった昨日の今日で、いつの間に約束を取り付けたのか。


「ルカは?なにやんの?俺らと城下町くる?」

「ちょ、デートだよね!?行かないよ!今日は港町まで行こうと思ってたんだけど寝過ごしたからなぁ……」


 港町には馬車で半日程かかる。今から行っても何もせず帰る事になりそうだ。


「おぉ、それなら俺が連れて行ってやろう。ずっと忙しくて相棒の相手ができなかったからな。今日は遠出しようと思ってたんだ。港町、グリフォンなら半刻で着くぞ」

「ほんと?じゃお願いしようかな」


 乗合馬車はスピードが遅いとは言え、あの距離を半刻で飛ぶとはグリフォンのスピードは相当早いらしい。流石、兵士の移動手段として王城で飼育されているだけのことはある。


「シルバは?暇だったら俺らと一緒に…―」

「俺は今日部屋にこもる」


 ライの誘い文句を最後まで聞かず、一刀両断するシルバ。

 先程からのレイとライの言葉に、リリエッタは首を捻る。一体ルカやシルバを城下に連れて行って何をしようというのか。デートではないのだろうか。

 考えても分かるはずもなく、自分から2人に話を振る気にもなれず、謎は謎のままにしておこうと彼女は思考をやめた。


「こもると言えば、ゼノン君は何をしてるんだろうね?ご飯もなくなりそうだけどいいのかな?」

「大丈夫です。ゼノンさんの食事はあっちに取り分けて…―」


 リリエッタがキッチン台の方を振り返ると、置いてあるはずのゼノン用に取り分けたご飯が消えていた。

 あれ?と立ち上がって確認するがやっぱりどこにも見当たらない。


「ゼノンのやつ、何も言わないで持っていったな」

「ほんと根っからの引きこもりだね」


 この様子では、ゼノンは今日も一日部屋に居るのだろう。



「で、アンタは?」


 シルバは話を戻してリリエッタに振る。

 任務の為とは知らない周りは、シルバがリリエッタの動向を気にしていることに違和感しかなく、「お前が聞くのか」と突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。

 リリエッタも最初は戸惑いつつ、聞かれたからにはと午後からの仕事の予定をつらつらと並び立てる。


「今日はこの後水回りの掃除をして、物置の整理をしてから夕飯の買い出しに…―」

「それ全部キャンセルだ。今日は俺たちも休日なんだから、アンタも休日にすればいい。こんなチャンス滅多にないだろ」


「「シルバが優しい……」」


 正しいことを言っているはずなのに、周りは唖然とシルバを見る。確かに普段のシルバならリリエッタが何をしようと放っておくだろう。

 任務のためとは言えらしく無いことをした。とシルバ自身反省する。しかし、朝から働づめのリリエッタを見てつい口出ししたくなったのも事実。言ってしまったことは仕方ないと切り替える。


「シルバの言うとおりだよ。たまにはやりたいことやりなよ。今日は僕たち夕飯も食べて帰ってくるから気にしないで」


 ルカが後押しすれば、他のみんなもウンウンと頷く。それを見て、ようやくリリエッタも休日をとる気になったのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ