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あの女

作者: 神崎真紅

終わりの見えない凍てつく寒気が上空にいすわっている2月のある朝。


今日は仔犬を引き取って来る予定になっている。秋田犬の、仔犬だけど。


あの女はいつまでこの家にいるつもりなのだろうか?本来なら口も聞きたくない存在である事は、娘も同じ気持ちなのだけれど。


何がイヤかって?そうね色々だわ。まぁ細かくあげて言ったらキリがないから、代表的な事だけにしようかしら。


だらしない、汚い、しつこい、空気読めない、私の伴侶に色目を使う、やっぱりこれがヒドい耐えられない。


もう存在を全否定したい。それが一番手っ取り早いもの。


『居候三杯目にはそっと出し』


今はあまり使う機会すらないことわざだけれど、居候してる身分ならわきまえろ、って事なのよね。

なのにあの女は自分の家宜しく好き放題やってて、食べた食器すら下げたことがない。食べたまんまだらしなくコタツで寝てるわ。


若いって凄いのね人目もはばからずに平気で醜態晒してるのだから。


ま、うちにある物全部片っ端から食べてるけれど、なぜかカップラーメンからなくなるのよね。次がレトルトカレーかな?女なら自分の食事くらい作ったらどうなのって思うのだけれど、間違ってるのかしら?


そりゃあアナタはいい歳こいてまともにカレーすら作れない素晴らしい女ですものね。ウケるんですけど。



伝わらないものなのかなこの私の憤りが。嗚呼、そうねだいたい馬鹿だもの他人の心が読める筈などないのだわ。とにかく一分一秒でも早くここから消えてくれない?私は本当に限界なの。



空からは私の心の代弁者みたいな粉雪がさらさらと降り散りそして消えてゆく。

あの女もこの雪みたいに消えてしまえばいいのにな、って本当は私が性格悪いみたいに聞こえるじゃないの。



そこに座ってテレビを観ているのは私の伴侶であって、あの女には何の関係もないのにナゼ?その汚い手で触れるの? 止めてくれないかな?汚れるから。そこにいる男はアナタの様な汚い女は大嫌いなのよ。どんなに色目使って誘惑しようとしても無駄ムダバカじゃないの?


そう、全てが、汚い。そして滑稽。バカにされてるのすら気付かない愚か者。


ここで少し毒吐いてあともう数日我慢すれば二度と会わずに生きていたいのです。分かってくれますか?本当に合わない人っているものなのね。


そんな現実から一時でも逃れる方法は、言葉を書く事、それはつまり私の全て。



昨夜は寒いねとか言いながらも娘とふたりであの女について語り合い、眠剤なくて眠れない私は一睡もせずに朝を迎えた。


先ずなによりも重大なのは、私の伴侶であって娘のパパである主人がはっきりとした意思表示をしない事だろう。お陰様で娘は元々絹豆腐のようなメンタルにバールがめり込んでしまってぐしゃぐしゃになったと私にカミングアウトしてくれた。


その件に関してパパである主人にLINEで意志を確認してみたが『娘の事は一番に考えているよ。俺の命よりも大切だからね 』と、返ってきたから私の頭のとある部分から、ブチッ、と音がした。


だったら娘がどんな思いであの女との同居生活を送っているのか分からないのかしら?ふざけないでよ。自分はいいパパだとでも思っているの?だったらどうして娘はパパに何も話さずに私にだけ話すのかしらね。


説明して差し上げますわパパに話しても聞いてくれないし何も変わらないからだって言ってたわよ。

あの日、蕎麦屋で私があの女の文句言った時に口走った言葉が悪かったわね。口は災いの元とはよく言ったものよ。冗談でも言ったらダメな言葉ってあるでしょう。だったら俺があの女と一緒に出ていくからそれでいいだろう、そう言ったのよね娘の前で。


その時はとっさに止めちゃったけど後から考えたら段々とはらわた煮えくり返って来て、だったら一緒に出てってくれても構わないです。そんな男がパパじゃあ娘が可哀想だわ。だって、そう思うでしょう?それとも私が間違ってるのかしら?


娘は筋弛緩剤を大量摂取しようとまで考えたって言ってたのよ。死ぬのよ筋弛緩剤のODは。私も安直に3錠飲んで動けなくなった事があったから。次の私の精神科の予約日に、娘も担当医に掛かるって言ったのよ。



本当にいい加減にしてください。あの女だけ追い出せないならどうぞご一緒に私の前から消えてください。


今も茶の間からあの女の独特な笑い声が、耳障りな不響和音のように聞こえてきて吐き気がする。


とにかく同じ空間に居たくないのよ一瞬でも。なのに私の部屋のドアも勝手に開けるし、更には侵入して来る。ヤメテココは唯一私だけの空間なの。ココマデ汚染を拡げないで。もうどうでもいいからメルトダウンして青い光になって消えてください。


いつまで我慢すれば終わりは来るの?それとも終わりなんていつまで待っても来ないのかしら?私に死ねと言ってるようなものよそれ。


病院の予約忘れて眠剤ないから眠れないのよ私。だからどんどん嫌なことばっかり考えて考えて、行き着く先は最悪の結末ばかりです。


今年に入ってから何もいい事ない気がしてウンザリしていた2月の冷ややかな雨が降るある日の事。


あの女のお陰ですっかりボロ雑巾のように病んでしまった娘の誕生日に、娘がハマりにハマっているタカラトミーのあのアニメのアーケードゲームをやりたいと言うのでゲームセンターに行った、4人で。あれ、人数おかしいな?

そうつまり、あの女も一緒に行ったわけなのだけれど。相変わらず娘のパパである私の伴侶は娘に対する配慮が足りないよと、イヤミを言った。声に出さずに。



半ば諦め半分にスロットマシンで遊んでいた私の所に、伴侶がそっと耳打ちして来た。「となりのカラオケボックスに行こう」ナルホド私があの女がオマケに付いて来てるから機嫌を損ねてるとでも判断したのかしら。

「娘とあの女ちゃんに気付かれないように来て」私の伴侶はあの女をちゃん付けで呼んでいる。腹立たしい事この上なし、本当いい加減にやめてください。


それでも惚れた弱味という欠点が私には装備されているので、伴侶の言う通りにそっとゲーセンを抜け出して、カラオケボックスの前で待っていた愛する伴侶の元へ走った。

そのままふたりでひとつの部屋へ入って、さて何を歌おうかとデンモクで曲を探していた私に、伴侶は思いもしなかった話しをカミングアウトしてきた。



「俺、この間気を失って倒れただろ?その後脳外科で診察したけどさ、脳の中に何かあるって言われたんだ……」脳の中にあるのは私?それともあの女?なんてツッコミ入れる余裕がある筈もなく、その言葉を聞いた瞬間に私の涙腺は崩壊の一途を辿っていた。


「そんな大切な事、どうして黙ってたの?」聞かなくても分かってる。私が泣いて心配するから。

でもねそれがもし反対の立場だったらどう?私が嫌がっても病院に連れていくでしょ?だったらどうして教えてくれなかったの?時々アタマ痛そうにしてたのは気付いてたのよ隠してたのかも知れないけれど。


でもこの間気絶した時豪快な倒れ方してたから、後頭部にタンコブ出来てたしそのせいかと思ってたの。間抜けな話しよね。したたかに後頭部強打したんだったら、外傷性くも膜下出血も有り得る事だったんだわ。気付かなかったのは私の落ち度でしかないのよ。ごめんなさい。


「大学病院に再検査に行かなきゃならないんだ」

もちろん行ってください。家族のために、そして私のためにもよ。半泣きの状態で懇願した。私が泣いて心配するのが嫌ならちゃんと検査してください。お願いします。


なんかもう悠長にカラオケやってる余裕ないんだけど。そう思っていたら娘から着信が入った。どうやらゲームは終了してこっちに来るらしい、ムロン、あの女ももれなく付いてくる。嗚呼、イヤだ。


この日のあの女の様子は奇怪なものだった。やたらにテンションが高く、奇声を発しながら不響和音な笑い声を高らかに上げる。そしてうっとうしいほど動く、喋る。くねくねと身体を海月クラゲのように動かしていた。ますます怪しさが倍増する。誘っているの?でもそれはムリだわその男はアナタみたいなバカ女は大嫌いなのよ。本当に、バカで、カス。


とりあえず伴侶の病気の話しなんて、あの女には聞かれたくないので私も何か歌おうかな、せっかくカラオケボックスにいるんだし、と曲を探して研ナオコの『かもめはかもめ』を歌ったら、なんだか歌詞が今の自分を歌ってる気がして泣けてきた。


娘は米津玄師のlemonを歌っていたけど、迷惑千万なあの女がさも私は歌が上手いのよと言いたげに、娘が歌ってるとなり耳元で音程狂った歌を可愛子ぶりっ子宜しくデカい声で歌ってる。

人の迷惑をここまで考えない人物って、過去を遡っても該当者はあの女含めて三人かな、私の記憶が間違ってなければ、だけれど。

それにしてもめでたい脳ミソを持ってるね、あ、そうね薬物乱用で脳ミソ溶けちゃってるんだったっけ。それじゃあヒトの言葉を解さないのも当たり前なのかな。


カラオケで散々ストレス解消したはずなのに、娘はあの女の迷惑な行動のお陰で余計にストレスが溜まってしまったようだ。

いい加減私は明日も仕事があるし、そろそろお風呂に入って寝なきゃならないのだけれど、あの女の聞きたくもない話しがダラダラと続いている。でもさっきから同じ話しを繰り返してるの壊れたCDみたいによ。

しかも金魚のフンじゃあるまいし、なんで私のあとを追いかけてまで話してるのかしら?全く興味ないんですけどアナタの話しなんて。

今度は私の伴侶のあとをくっ付いてまたベラベラと脈絡のない纏まらない話しをしていた。かなりムカつく光景なんですけど。

嗚呼、もういいや。放っておいて私は寝ます。居候がいつまでもいるからうちの家計大変なのよ。




朝起きて最初に目にした光景を、私は生涯忘れる事が出来ないだろう、あの女への憎しみと共に。

ナゼ?私の伴侶の部屋にあの女が一緒にいるの?冗談じゃ済まされないですが?

悔しさと悲しさで目の前が滲んで見えなくて、そのまま泣きながら家を飛び出した。そしてLINEで伴侶に送ったもう帰らない、と。

慌てたように伴侶から電話が来た。なにもしてない誤解だと。

そうじゃないでしょう?私の言いたい事は。あの女と顔を合わせたら私は多分、殺人者になる。だからあの女を追い出すか、私が出て行くか、もう二者択一しかないのだと言っているのにまだ、煮え切らないなまくら返事しか出せないのなら、何も話す事なんてないのよ。



そんなLINEでのやり取りをあの女は全部見ていて、私に電話を掛けてきて、よりにもよって私にケンカを売ってきたのよ。モチロン買いました、最安値で。


バカにつける薬はない。本当にそうなんだわ遭遇しました本物のバカ、っていう生き物に。珍しいから動物園にでも展示したらいいのに。きっとたくさんの人が見に来てくれるんじゃないかしら?ほら、あれがバカだよって、ね。


とにかく私とあの女は怒鳴り合いのケンカ、という最悪のシナリオに発展しました。さて、結末はどうなりますか?モチロンこの家に居候していられる筈はないですね。


ここまでやってようやくあの女という不純物を排除する事に成功したわけです。多分私の伴侶にはこの結末は見えていたのだと思っています。私がいずれ追い出すであろうと。そうすれば自分は悪者にはならずに済む訳ですからね。


私の伴侶はそういう男です。

そして平気でウソをつく、そう、あの女と私の伴侶は未だに連絡を取り合っているのです。


じゃあそろそろ私も反撃に出ることにしましょうかね。このまま黙って過ごすはずがないでしょう?

どうやって奈落に突き落とそうか、考えるのもまた一興、なので。

私を騙していた伴侶に少しは痛みを感じてもらおうかな。いつまでも気付かない妻の仮面はかぶっていられないものね。


私を甘く見たら大変な事になるって叩き込んであげる。地獄で後悔しなさい。






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