はじまりの執行
一昔前の死刑は、ただ人が死ぬだけの量刑の一種だったという。
今では考えられない程、非合理的な行為だと私は思う。
しかも、関与するのは事件に関係性のない執行官。
いっその事、被害者遺族に思うようにさせれば良かったのに...とさえ思う。
21世紀に入り、日本では250人に刑が執行されてきたが220人はただ死んだだけ。
30年前のこの日、世紀のマッドサイエンティスト「ジョン・ヒース」によって死刑制度に意義が付与されてから私の職業が出来たと思えば科学や国の進歩は...まあ早かったのかもしれない。
この職業について3年が過ぎたが未だ後輩も出来ず、先輩もいない。
その事に不満を感じているか?と言えば、充足感で満ち足りている。
これは私にしか出来ない事であり、死刑に意義を持たせられるのは自分の他にいない。
さて、今日は久しぶりの実戦だ。
平均して年間10回しかない機会に胸が高鳴る。
「西岡執行官、時間です。特別処置室へお越しください。」
大柄な男に突然声を掛けられる。
「市橋君、いつも言っているがノックをしてから入ってくれるか?」
興奮を抑えてぶっきらぼうに答え、ともに部屋を出る。
白色の長い廊下と市橋先導で進む。
大柄な男と不健康そうな細身の男のコツコツという足音だけが響く。
2分ほど歩くと、若い男がドアの前に立っているのが見えた。
「何か変わった事は?」
「異常ありません!」
市橋の問いにハキハキと答える。
「山本君、今日は定時までに終わらせるからよろしくね」
西岡は声を掛けると市橋と部屋に入った。
部屋に入ると一人の中年男性がガラス越しに拘束されているのが見える。
年は55と聞いているが、30代後半と言われても不思議ではないと思う程若々しい。
一般的な日本人顔だが、目先はキリっとしていて昔は人気だったに違いない。
しかし、今では堅い角張った椅子に首と手足が9本の黒いバンドでしっかりと固定されている。
その姿を見て、西岡は鼻が痒くなったら辛いだろうと思った。
市橋はガラスの前にあるマイクに向かって話しかけた。
「只今より、確認と刑の執行に関する説明を行う。神田秀太郎、2005年7月25日生まれ、東京都出身。間違いないか?」
「はい」
中年の男は息を吐く様に答えた。
「次、本刑は2055年に起こった墨田区強盗殺人事件の量刑として行われる。量刑は記憶保存刑、つまり死刑に該当する。記憶保存刑の説明は別の執行官が説明を行う。」
マイクの場所に西岡が近づき説明を行う。
「西岡です。えーっと、神田さんは記憶保存刑というのはご存知ですか?」
市橋はいつも通り頭を抱えている。名前を名乗るなと言われるがどの道死にゆくものに復讐など出来まい。好きな様にやらせてもらう。
「何となく、新聞やテレビで知っています。」
「そうですよね。記憶保存刑というのは2057年から開始された制度で、死刑囚の記憶を抜き取る技術を用いて事件解決や再発防止に務めようと始まったものです。何故、この刑が死刑と呼ばれるかはご存知でしすか?」
「記憶保存刑を執行すると、人は必ず死ぬからですよね」
男は呟くようにと答えた。
「正解です!記憶保存を行うには、脳内に大量の電力を長時間流す必要があります。その結果、生きていられる人はいない訳です。」
そこまで話すと市橋にマイクを奪われた。
「神田死刑囚。あなたには刑に関する質問と最後言葉を残す権利が残されています。何かありますか?」
少し間が空いて、男は目を上にやりながら答えた。
「記憶保存刑で残る記憶はどこからどこまでですか?」
再び西岡がマイクを持つ。
「あなたが生まれてから刑が執行される全てです。」
「そうですか...」
そう答えると、男は目を下にやった。
「神田さん、安心してください。執行時には麻酔をかけますから」
西岡は定番のセリフを残した。
「神田死刑囚。何か他に言いたいことは?」
市橋も再度の定番のセリフを残すと男は呟くように
「それなら自分の死刑にも意味があるという事ですね...」
と答えた。
西岡は麻酔班を呼び、神田に注射させて述べた。
「神田さん、また会いましょう。」
男にとってそれが最後に聞こえた言葉だった。