殺人鬼の少年。
僕は死にたい。でも、自殺は嫌だ。なぜかわからないけれど、いつか誰かに殺されたりしてみたい。
僕は門田大樹。21歳の会社員。会社はブラック企業で、毎日過重労働をさせられている。
死にたい理由は会社がブラック企業だから、というわけではない。まあそれも少しあるけど、一番は恋愛だ。
同性愛者の僕は、恋愛ができなかった。僕が死にたいのはこれと、生きる意味を見失ったからだ。
「もしもし。光くん?」
「おう!大樹か、久しぶりだな。って言っても5ヶ月前くらいに一回あってるけどな!」
大谷光。僕の初恋相手。今は「友達として」好きだけど。中学の卒業式に一度僕からキスをしてしまった。
本人はそれを覚えていないみたいだ。
今日は仕事がいつもよりハードだった。だから光に久しぶりに電話をした。
「どうだ?仕事は。相変わらずか?」
「うん。今日はいつもの倍ハードだった。」
「体壊す前にやめちまえば?」
「今考え中…。やめたら次の仕事探すまでお金ないし。親から金借りるわけにもいかないし。」
「俺の家来る?」
初恋相手の家に
「同棲!?」
「違う違う。」
なんだ。どこかでがっかりしている自分がいた。
「俺、彼女できたんだ。それで明日から相手の家同棲することになって。」
複雑だった。もう、恋愛対象として見ていないと思っていた。でも、光に彼女ができたと聞いたらとても腹が立って、嫌な気持ちになってしまった。「お幸せに」の言葉の代わりに「どうか不幸に」という言葉が頭に浮かび上がってきた。でも、その言葉を必死に抑えた。
「…お幸せに…。」
翌日。
「俺の家はもうお前のもの。女連れ込んでもいいし、何してもお前の自由だ。一応、ビールとか色々冷蔵庫にはいってるから、金ない間餓死することはないな!水道代とかは気にするな。」
「…うん。ありがとう。仕事決まったら連絡する。」
「おう!じゃあな!」
光はトラックに乗り込み、遠くに行った。
前住んでいたアパートは、後日退去手続きをしよう。
「お邪魔しま…ってもう僕の家か。…広いな。」
光の家は異常なほど広く、僕一人で住むとなると少し寂しかった。
「よし、とりあえず行くか。」
僕は重い足取りで会社に出勤した。まあ、今日は勤務をするわけじゃないけど。
「門田!!!お前遅いぞ!!お前は一体なにを…」
「課長、退職させてください。」
「な…!?…お前はどっちにしろクビだ!!いますぐ出ていけ!!」
「はい、お世話になりました。」
そんな事言われなくても、こっちから出ていくよ。そう思いながら僕は会社をあとにした。
仕事を探すのも面倒くさいな。そう思いながら僕は、家の近くの公園のベンチに寝っ転がっていた。
全く寝ていなかった僕は、寝てしまった。
「んっ…。」
目が冷めたときには夜になっていた。
「もうこんな時間…。」
そして、雨が降り始めていた。
「やば…このままじゃビショ濡れになっちゃう」
僕はそう言いながら家に帰ろうと立ち上がった。
寝たのに疲労が取れず、立ちくらみが起こった。
帰ってもう一睡しようと公園を出た。
「ふぅ。」
帰り道、雨の中傘もささず黒いパーカを着てフードを被った少年が俯いて歩いていた。
少し怪しいと思ったけど、そんな人なんて世の中に何万人といるだろうとスルーして歩いていた。
すると、少年がこちらに向かって歩いてきた。
手元にはナイフがあった。今が死時だと思い、僕は避けなかった。
「うっ…」
刺されたとき、少年と近距離で目があった。とてもきれいな目。でもその目には光がなく、心を失っているように見えた。こんな綺麗な子に殺されるなら、本望だ。
痛みなど、感じなかった。願いがかなって嬉しい。
そこから、僕の意識はなくなった。
「…えますか…!聞こえますか…!」
ここは…あの世か…?
明るい。蛍光灯か…?
「ここは…?」
「病院です…!」
死ねなかった。
「大樹!」
光が抱きついてきた。
「光…。どうして…?」
「家に忘れ物したからチャイム押して行こうとしたらお前が家の前で腹から血流して倒れてたからよ!大樹!大樹!って言っても反応なくて。」
「刺した場所が一センチでもずれていたら助かりませんでした。一体誰が…。」
顔も匂いも何もかもはっきり覚えている。だけれど、言いたくなかった。言えなかった。またあの子に殺されたかった。
僕は死ねなかったとがっかりしながら、病室のテレビをつけた。
「速報です。六時三十分頃、俳優の崎原奏さんが何者かに刺され病院に搬送されましたが、先程六時五十分頃、死亡しました。搬送された時には意識があったそうで、特徴は黒パーカに黒いズボン身長は百七十センチほどで、年齢は高校生くらい、手にはナイフを持っていたそうで、先週から起こっている殺人事件の犯人と特徴が一致しました。みなさん、外出はできるだけ控えて、怪しい人を見かけたらすぐに通報してください。」
黒パーカに、黒ズボン、高校生くらい、百七十センチくらい…。すべて当てはまっている。僕を殺そうとしたあの子に。
「この子…。」
「大樹…もしかして大樹を刺したのって…そしたらすごいぞ!この殺人事件で生きてる人はいない。運が良かったんだな!今すぐ警察に連絡しよう。」
確かに、亡くなった人たちの遺族は悲しくて、早く捕まってほしいと思ってるだろう。でも、申し訳ないけど僕は…この子に…。
腹の痛みなどどうでもいいと、僕はベッドから起き上がり、
どこへ行くんですかと止める看護師と僕の腕を掴んだ大樹の腕を払って僕は走った。
僕は俳優の崎原奏が刺された付近を必死に探した。
人気のない道を必死で探した。
すると、ナイフを持ってヨロヨロと歩く少年がいた。
フードを被った、黒いパーカの少年が。
この子が僕の命の恩人。
早く、僕を刺してほしい。
「ちょっと君、」
少年の肩を叩いて振り向かせた。
「お兄さん僕が怖くないの?ナイフ持ってるのに。」
「怖くないよ。刺して欲しいから。」
「え…?」
「ちょっと、来て。」
僕は少年を家に連れ込んだ。
「僕を誘き寄せて警察に突き出そうとか、そういうこと思ってるんでしょ。いいよ、どうせ僕は捕まる。ニュースでは先週からとか言ってるけど僕はずっと前から殺してきた。
殺すことが好きになって、誰かを殺さないとやってられなくなった。お兄さん、昨日の夜僕が刺した人だよね。」
「そうだよ。」
「僕が刺して生きてるなんて、恵まれてるんだね。いや、お兄さんからしたら絶望的なことか。」
「そうだよ。」
「僕ね、今、高校三年生なんだ。で、高校二年生の時にね、いじめられてたの。その時にね、屋上からそいつを突き落として、でもう一人いじめてきた奴を刺したの。全員即死だった。たまらなかった。本当に、快感に近くて。僕はそこから殺人鬼になった。」
少年は笑っていた。
「じゃあ、僕のこと、殺してよ。ここ。手術して治ったところ。一センチずれてたら死んでたんだって。じゃあここ。一センチずらして刺してよ。殺して。」
「いいの?」
少年は僕の腹にナイフの先を当てた。でも当てただけで刺しはしなかった。切りもしなかった。
「なんで…?誰かを殺さないとやっていけないんでしょ?」
「僕は…僕はお兄さんが怖い。僕はお兄さんと一緒にいる。
いつか殺すから。いつか殺すから、ここに一晩泊めて。」
「じゃあ僕、君を監禁していい?殺人鬼を監禁する。犯罪者同士。」
「お兄さん、好き。僕を監禁して。僕と二人きりに。いつか殺すから、一緒に死のう、僕も死にたい、それが条件。殺さなくてもいい体になりたい。」
少年はニコニコしてぴょんぴょん飛び跳ねて言った。
「わかった。じゃあ君は今日から僕の同棲、監禁相手だ。」
「ふふ、嬉しい。」
少年は、僕の直属の殺人鬼。
これからいつ殺されるかわからない。
ゾクゾクする。
楽しみ。
これから、どうなっていくのかな。