この二人、カップルコンテストの直前に別れました
私立聖燐高校。この学校では年に一回、文化祭の日に「カップルコンテスト」というものが催される。
聖憐高校におけるカップルコンテストはミスターコン、ミスコンに並ぶ三大コンテストの一つであり、多くの生徒たちから注目されている。
優勝したカップルには、「ベストカップル」の称号と豪華賞品が贈呈されるとか。
俺・桐沢光也も、優勝を目指して明石澪とカップルコンテストに挑むのだった。
控室代わりの空き教室にて、俺と澪はライバルたちを見回す。
初々しさの残る付き合いたてカップルから、校内でも有名な熟練カップルまで。敵は多く、そして手強い。
そんな中で、果たして俺たちは見事優勝出来るのだろうか?
「優勝出来るかどうかじゃない。優勝するのよ。そうじゃないと、この大会に出る意味がなくなっちゃうじゃない」
そう。俺たちには、何が何でも優勝しなければならない理由がある。その為に、カップルでもないのにわざわざこのコンテストに参加したのだ。
遡ること、1ヶ月前。
その頃の俺たちは、確かに付き合っていた。
「ねぇ、光也。カップルコンテストって、知ってる?」
「あぁ。文化祭の目玉イベントの一つだろ?」
「そう。そこでお願いなんだけど……そのイベント、二人で出てみない?」
澪の提案に、俺は心底驚いた。
俺と澪が付き合っているのは、周知の事実だ。しかし、俺たち自身で交際していることをアピールしたわけじゃない。
寧ろ澪は、そういったことを周囲に知られ、チヤホヤされるのを嫌う方だと思っていた。
そんな澪がカップルコンテストに出たいだなんて、一体どんな心境の変化だろうか?
「カップルコンテストの優勝賞品が、ずっと行きたかったテーマパークの年パスなのよ」
成る程。日本一と言われる某テーマパークの年間パスポートとなれば、恥を忍んでも手に入れたいわけだ。
最近デートもマンネリ化してきたからな。二人でテーマパークに足を運ぶというのも、悪くないかもしれない。
俺たちは早速、カップルコンテストにエントリーした。
そして文化祭の3日前……なんと俺と澪は、別れたのだった。
破局の原因は、つまらない喧嘩だった。しかし喧嘩はあくまで引き金に過ぎなくて。
俺も澪も、互いへの不満がずっと前から溜まっていたのだ。口に出してはいなかったけど、この交際に限界を感じていた。
俺たちに未練はなかった。だけど……別れるにあたって、一つ問題が残されている。
そう、3日後に迫ったカップルコンテストだ。
「一人寂しくテーマパークに行く気なんてないわよ。だから、コンテストに出る必要もなくなったってわけ」
澪の言う通りだ。
なので俺たちは、カップルコンテストのエントリーを取り消そうとしたのだが……その直前で、妹の芽久に呼び止められた。
「私、その年パス欲しい! お兄ちゃん、私の代わりに取ってきて!」
妹よ。お前は別れたばかりの冷え切った俺たちに、カップルコンテストに出ろと言うのか?
そんなの、最早拷問に等しいではないか。
しかし可愛い妹の頼みとなれば、無碍に出来ない。
俺は「どうする?」と、視線で澪に尋ねた。
澪は一つ溜め息を吐くと、
「あなたのことは心底嫌っているけど、芽久ちゃんは別。彼女の為なら、やむを得ないわよ」
そういえば澪のやつ、付き合っている頃から芽久のことが大好きだったな。彼氏たる俺以上に。
そういった事情から、文化祭直前に破局した俺と澪はカップルコンテストに出張することになったのだった。
◇
そしてやってきた、文化祭当日。
文化祭三大イベントの一つであるからか、カップルコンテストには多くの観衆が詰めかけていた。
「凄え人数だな。生徒のほとんどが集まってるんじゃないか、これ?」
「イベントごとが好きなのか、それとも他人の恋愛事情が好きなのか? 流石は高校生よね」
「……いや、お前も高校生だろうがよ」
「そうだけど……今の私は、イベントにも恋愛にも興味ないから。特に後者」
それに関しては、全くの同意見だ。
カップルコンテストでは、ひと組につきおよそ5分の持ち時間が与えられている。
その持ち時間の中で、『互いの好きなところ』、『二人だけの恥ずかしいエピソード』、『イチャイチャアピール』を発表することになる。
「今の俺たちに、互いの好きなところなんて発表出来るのか?」
「イチャイチャアピールだって、かなりの難問よ。……まぁそこは、付き合っていた頃の記憶を掘り返しましょう。心を無にして、ね」
心に無にするか。なんとも妙案だ。
カップルコンテストは滞りなく進行していき、俺たちの順番が回ってきた。
『続いては、エントリーナンバー8番! 桐沢光也、明石澪のカップルです! お願いします!』
進行役に紹介されて、俺たちはステージ上に出る。
「どうも〜。ただいまご紹介に預かりました、桐沢光也と明石澪で〜す。よろしくお願いしま〜す」
「いや、漫才やってるんじゃないんだから」
澪のツッコミに、観客たちはどっと湧く。
「夫婦漫才良いぞー」という野次も、どこからか聞こえてきた。
『登場シーンから見せつけてくれますね。これは期待出来そうなお二人さんです。……それでは早速、お題に参りましょう。最初のお題は、「互いの好きなところ」です』
「互いの好きなところ、ねぇ。やっぱり、顔かな? あと案外胸が大きいところとか」
「所詮顔と体か! もっと良いところが、他にあるでしょうに!」
「……例えば?」
「優しいところとか、デレると可愛いところとか」
「…………」
「ちょっ、何か言いなさいよ! これじゃあ私、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない!」
顔を真っ赤にして叫ぶ澪に、またも笑いが溢れる。
……どうやら観客の心を掴むのには、成功したようだ。
「とまぁ、こんな感じでノリの良いところが好きなんです。一緒にいて、楽しくなる」
「それは……私も同じよ。光也と一緒にいて、つまらない思ったことなんて一度もないわ」
目を逸らし、顔を真っ赤にしながら澪は呟く。……ヤバい。演技だとわかっていても、その表情はかなりグッとくるかも。
『最初からフルスロットルで、ありがとうございます。それでは続いての質問に移りましょう。お題は、「二人だけの恥ずかしいエピソード」です! ……あっ、恥ずかしいエピソードと言っても、夜の事情はなしですよ。高校の文化祭なんで』
わかってるよ、そんなもん。てか、経験があったとしても、こんな公衆の面前で誰が話すか。
「恥ずかしいエピソードか……澪は何だと思う?」
「やっぱりアレじゃないかしら? 初デートの時のやつ」
「あぁ。二人ともデートが楽しみ過ぎて、夜眠れなかったことか」
例えるなら、遠足前夜の小学生みたいな感覚だ。
結局その夜就寝したのは、深夜2時。当然朝起きることは出来ず、目が覚めたらお昼になっていた。
「あの時は「ヤバい! 遅刻だ!」って思ったけど……まさかお前も昼過ぎまで寝ていたとはな」
「お陰で初デートがお預けという、前代未聞の恥ずかしエピソードが誕生したのよね」
二人とも同じ日に寝坊したことに、当時はある種の運命を感じたわけだが。
『初デートで揃って、寝坊。結果デートはまた後日へ。なんとも微笑ましいエピソードですね。……それでは最後に、イチャイチャタイムです。どうぞ存分に、イチャイチャして下さい』
……ついに来たか、イチャイチャタイム。
前の組はハグをしていたわけだから、優勝する為にはそれ以上のインパクトを与える必要がある。となると……
俺と澪は顔を見合わせて、頷き合う。
流石は元カップル。考えていることは、同じだった。
俺は澪の体を抱き寄せる。彼女は、一切抵抗しない。
そして俺は勢いよく、自身の唇を彼女のそれに押し当てた。
観客たちがどよめく。恐らく今までのカップルの中で、俺たちが最も記憶に残っていることだろう。
アピールタイムが終わり、ステージを降りた俺たちは……猛ダッシュで水道に向かい、口を洗うのだった。
◇
カップルコンテストの結果は、僅差で俺たちの優勝となった。
「今年度のベストカップル」に選ばれた俺たちは、観客に応えるようにトロフィーを掲げる。
俺たちは既にカップルじゃないというのにな。
後夜祭に出る気はなかったんだけど、ベストカップルに選ばれた以上そういうわけにもいかない。なんたって、俺たちは今年の文化祭の顔だ。
これも人付き合いの一環だと捉え、俺と澪はカップルを演じ続けた。
ようやく生徒たちから解放され、俺たちは帰路に立つ。
一緒に下校だなんて心底ゴメンだけど、今日に関しては仕方ない。俺たちには、芽久にテーマパークの年パスを渡すというミッションがあるのだから。
「あなたの家に来るのも、これが最後になりそうね」
「……だな」
わかってはいたことだけど、いざ口にされると寂しいものがあった。
俺の彼女としてじゃなく、芽久の友達としてきてくれても良いのに。
俺たちは芽久に年パスを渡す。
要望通りの品に手放しで喜ぶと思っていたのだが……芽久の反応は、実にあっさりしたものだった。
「あっ、その年パス、やっぱりいらない。友達と買いに行ってきたから」
『……は?』
俺たちは思わず固まってしまう。
お前が欲しいと言ったから、俺たちはわざわざカップルコンテストに出たんだぞ?
「だけど折角手に入れたのに手離すっていうのも勿体ない気がするよね。……そうだ! その年パスを使って、二人で遊びに行って来なよ!」
さも今思いついたような口振りだが、俺にはわかる。芽久のやつ、初めからこうするつもりだったのだ。
彼女の狙いは年間パスポートではない。それを利用して、俺と澪を復縁させることなのだ。
澪も同様に、芽久の狙いに気が付いたようで。「やられた……」という顔をしている。
「芽久の気持ちはありがたいが、そういうわけにはいかない。お前も知ってるだろ? 俺と澪は、もう別れたんだよ」
「うん、そうだね。だから、もう一度付き合えば良いじゃん」
「もう一度付き合うって、お前なぁ……」
「あーもう! つべこべ言わない!」
俺のセリフを遮るように、芽久は叫ぶ。いや、駄々をこねる。
「私はお兄ちゃんが好きなの! 澪お姉ちゃんも好きなの! ぶっちゃけ二人が結婚すれば良いと思ってるの!」
ぶっちゃけ過ぎた。
別れたばかりの元カップルに「結婚しろ」という人間が、一体どこにいる?
「ていうかお兄ちゃん、澪お姉ちゃんと別れてどうするつもり? 新しい彼女を作れるとか、夢見てたりしないよね?」
「それは……人生まだまだこれからなんだし、不可能じゃないだろ?」
「いいや、無理だね! お兄ちゃんに新しい彼女なんて絶対に出来ないね! だってお兄ちゃんには、澪お姉ちゃんしかいないんだから!」
俺には澪しかいない。確かにそう思っていた時期もある。
というか、カップルコンテストの最中も「あぁ、やっぱりこいつと一緒にいると楽しいな」と思っていたりして。
「澪お姉ちゃんはどうなの? 本当にお兄ちゃんのこと嫌いになったの?」
「……そうよ」
「はい、嘘ー! 澪お姉ちゃんは嘘をつく時、瞬きが多くなるんです。今のお姉ちゃんは、いつもの倍以上瞬きしていましたー!」
「!」
図星を突かれて焦ったのか、澪は咄嗟に両目を隠す。……そんなことしたら、嘘だと認めているものだろうが。
「二人とも、意地を張るのはやめなよ。自分たちが認めていないだけで、他の人たちは二人がお似合いだって思っているんだよ。そうじゃなかったら、本物のカップルを差し置いてカップルコンテストで優勝出来ないって」
芽久は俺たちがカップルに戻ることを望んでいる。周囲も俺たちがカップルであることを認めてくれている。
となれば、あとは俺たちの気持ち次第だ。
「……どうする? 復縁するか?」
「……芽久ちゃんに頼まれたら、仕方ないわよね」
それから俺たちは月に一度は、テーマパークに足を運んだ。
あくまでテーマパークが楽しかったからであって、澪と一緒だったからではないことを、ここに記しておく。