58話 芽衣さんとのデート(前置き)
デート当日、俺は朝早くに目が覚めた。枕元のスマホを見ると時刻はまだ六時前で外も真っ暗である。十二月中旬、寒くて布団から出たくない俺は二度寝をすることを決めた。
正直に言うと俺は緊張している。今日のデートで芽衣さんには付き合えないと伝えなくてはいけない。どんな結果になるのか想像するだけで心臓が潰れそうだ。
「デート、行きたくねぇな……」
俺はボソッと呟く。
「行きたくないなら行かなければいいじゃん。私とイチャイチャしよ?」
「そうだな、出来ることならそうしたい……って、え……?」
声が聞こえる方へ俺が振り返ると、そこには眠そうな顔をした莉緒がいた。
「ふぁぁ……おはよう、お兄ちゃん」
「お前、いつから俺のベッドにいたんだ?」
「たぶん、トイレに行った後だから三時くらいかな?」
どうやら莉緒はまた寝ぼけて俺のベッドに入り込んだみたいだな。
「そうか、じゃあ早く自分のベッドに戻ってくれ」
「寒いから嫌、ここ温かい、莉緒離れない」
「ロボットみたいな口調で話すの止めろ。少し一人になりたいんだ、頼む」
俺は少し煩わしい感じで莉緒に言う。
「デートに行くだけなのに何をそんなに気張ってるの?そんなにあの二位とのデートが楽しみなの?私泣いちゃうよ?」
「楽しみとかそういうことじゃない。芽衣さんに伝えなくちゃいけないことがあるから緊張しているだけだ」
「伝えること……?もしかして……告白するつもり……!?」
この莉緒の反応に対して俺が間違えた発言をすれば再びヤンデレ化する確率は99.8%はある。ここは素直に言うしかないと俺は決断した。
「逆だ。付き合えないって言ってくるんだよ」
「……ほんと?」
莉緒は疑いの目で俺を見てくる。
「ほんとだ、お前いるのに告白するわけないだろ」
「でもデートには行くんだね」
「それは最後の思い出作りというか……それくらいはしてあげないと芽衣さんに申し訳ない感じがするし……」
俺は気まずさを感じながらも思っていることを伝える。
「そういうことなら良いんじゃない?行ってきなよ」
「良いのか?」
「今回だけでしょ?それならいいよ?次行ったら〇すかもだけど♡」
笑顔で物騒なことを言う莉緒に俺は鳥肌が立つ。
「う、うん。次は行かないと思う」
「……思う?」
「あっ……行きません!絶対に!」
「だよね。普通ならそう言うはずだよね?」
「はい、そうです。すいませんでした」
ここ最近で俺は莉緒に対して敬語を使うことが増えた。
だって、怒ると怖いんだもん。
* *
時刻は九時前、俺は靴を履き準備はバッチリだ。
芽衣先輩からの指定で十時に池袋集合。十五分前には着く計算である。
「それじゃ、行ってくるわ」
「うん、気を付けて」
「たぶん、七時くらいには帰ってくると思う」
「じゃあ七時過ぎたらカギ閉めちゃっていいのね?」
俺は門限を破る小学生なのか。
「カギ閉めても俺もカギ持ってるし意味ないだろ?」
「二重ロックするに決まってるじゃん。お母さんは約束守らない子は嫌いよ」
やっぱりそういう設定だったのかよ。ガチでやられたら俺凍死するんだけど。
「約束は守るから二重ロックだけは勘弁して」
「分かった。三十分ベロチュー耐久で許してあげる」
「そっちの方がもっと嫌だわ!」
「いやなら早く帰って来て」
「はいはい、分かりましたよ。じゃあな」
くだらないやり取りのおがげで緊張が少し和らぎ、気持ちが楽になった。莉緒が意図的にしてくれたのかは分からないがこればかりは莉緒に感謝だ。
電車で池袋に着いた俺は改札前で芽衣さんを待つ。予定通りの十五分前に着いたので俺は身だしなみを気にしながら気持ちを落ち着かせる。
早めに着いたことに越したことはないが、五分前とかでも良かったかな。逆に待ち時間が長くて緊張感が倍増してきた気がする。
そんなことを考えていると、
「りょーや~!」
俺を名前を呼ぶ声が聞こえた。スマホを見ていた俺が顔を上げて、真正面を見ると一際目立つ赤髪の女性が駆け足で近づいてくる。勿論だが芽衣さんだ。
「芽衣さん、おはようございます」
「おはよう、陵矢。また随分と早いじゃないか」
「芽衣さんこそ、まだ十分前ですよ?」
「そ、そうか?電車の時間を少し間違えたかな。あははっ!」
芽衣さんは茶化すように言うが、表情を見る限り楽しみにしていたに違いない。顔から笑みが零れまくっているのを俺は見逃さなかった。
こんなにデートを楽しみにしていた人に俺は「付き合えない」と最後に言わなければならないのかと考えると気が重い。
「今見て思ったんですけど芽衣さんって服のセンス変わりました?昔はそんなに女性っぽい服着ていなかったですよね?」
「そうだね。ちょっとはこういう服も良いかなと思って買ってみたんだが……似合っているか?」
「もちろん!似合ってますよ!」
「そ、そうか!それは良かった!」
芽衣さんは中学の頃はオシャレを気にするような人ではなかった。パーカーにショートパンツが基本でそれ以外はほとんど着ているところを見たことがない。
そんな芽衣さんがかっこいい女性になって俺の前に現れた。ロングコートにチェック柄ワイドパンツとヒールブーツを身にまとい、クールさがより引き立っている。近くを通っていく人が揃って芽衣さんのことをチラ見して行くくらいだ。
「あ、十時も過ぎましたし、そろそろ行きますか」
「そうだな、今日はよろしく頼むよ」
「はい!」
こうして俺と芽衣さんの最初で最後のデートがスタートした。
今は余計なことを考えずに芽衣さんを楽しませることだけに集中しよう。
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