56話 我慢の限界 その2
莉緒のキス攻撃を俺はどうにか耐え切ったが、身体はズタボロ状態だ。一方の莉緒は満足したようで満面の笑みを浮かべてソファに座っていた。
「うふふっ……お兄ちゃんったら、たった三十分キスしただけで疲れ切っちゃって弱っちいね。そんな体力じゃ子作りの時に腰振ったまま気絶しちゃうぞ♡」
「三十分も連続でキスする奴がどこの世界にいるよ。それに俺はそんなヤワじゃねぇよ」
あえて口には出さなかったが、莉緒はこんなに下ネタ言うやつではなかったはずだ。もう少し清楚なイメージがあったと思ったんだが、これもヤンデレ化の影響なのだろうか。
「お兄ちゃんの目の前にいるじゃん。これでいつでも三十分間キスし放題だよ、やったね!」
「「やったね!」じゃねぇ!キスを飲み放題と同レベルに扱うな!キスは時と場所、そして雰囲気が一番大事なんだ!ただキスするだけなんてつまらねぇだろ!」
「そんなこと気にしてたらキスなんていつ出来るか分かんないじゃん!したい時にするキスが一番最高なんだよ!ちなみに私はまだまだ足りないよ♡」
莉緒は唇をペロリと舐める仕草を見せる。
ガチでこいつ、やばい領域に到達しやがった。
「お前の今日のキスはムードも糞もねぇだろうが!一方的に舌入れられた俺の身にもなってみろ!」
「え?嬉しかったんでしょ?大好きな彼女に舌入れられて喜ばない男はいないでしょ」
莉緒は真顔で答えた。前は間違ってもこんな自分勝手なことは言わなかったはずだ。
今ここにいるのは莉緒であって莉緒ではない。全く違う別の誰かと話をしている感じがして俺はとても心が寂しくなった。
「……そうだな」
俺はそれだけを言って立ち上がり、リビングから出ようとした。
「ちょっと、どこ行くのよ!お兄ちゃん!まだ私は満足していないわよ!」
「今のお前と話していても楽しくない。部屋に戻る。じゃあな」
「……えっ……ちょ」
莉緒は立ち上がったままで、出て行く俺を止めようとはしなかった。
微かだが、俯いた莉緒の顔から涙らしき雫が一滴だけ床に落ちるのが見えたが俺は構わず部屋へと向かった。
「……自分から逃げただけじゃねぇか。ばか野郎」
ベッドに横になり、俺は自分の行動に後悔していた。だが今はこれで良いんだ。莉緒との距離をおいて少し様子を見るしかない。それしか思いつかなかったのだ。
そして、俺はポケットからスマホを取り出してメッセージを送信した。
『莉緒と喧嘩した。仲直りするにはどうすればいい?教えてくれ、兄の先輩』
もちろん、送信相手は詩音だ。妹を二人持つ兄としてここは的確なアドバイスを伝授して欲しいところだ。送って数秒で返信されてきた。
『兄の先輩だがそれは無理だ。俺達、殴り合いや蹴り合いはするが喧嘩はしたことない。自分でどうにかしてくれ。瑠奈と瑠香の気持ちを理解してやれるお前なら大丈夫だ……多分』
頼りの綱もこれでは何の意味もない。てか、殴り合いと蹴り合いって喧嘩の部類じゃないのか。相変わらずよく分からない兄妹だ、まあ俺達も他人の事言える立場ではないけどな。
しかし、俺一人でこの状況を打破しなければいけないなんて困ったことになった。このままの状態で莉緒と話をしていても何も変わらないだろうし、そうだからといって何もしないというのもだめだ。俺は平凡な脳をフル回転させて考える。
そして数分間、目を瞑って考えて俺が出した答えは――。
「……とりあえず、風呂入るか」
残念だが答えは出なかったので、一旦気持ちを落ち着かせるために入ることにしたのだ。
しかし、風呂場に行くにはリビングを通らなくてはならない。もちろんだがリビングには莉緒がいる。そこをどうやってやり過ごすかが問題点である。
俺は莉緒が声を掛けてきたら反応するだけで自分からは声を掛けないことにした。あとは莉緒のことを極力見なければ大丈夫だろう。
そして、全ての準備を終えた俺は部屋を出た。
「……あ、お兄ちゃん、その……」
ある程度の予測は出来ていたが莉緒は声をかけてきた。
「……………」
俺は立ち止まり、ここはあえて口を開かずに莉緒の反応を伺うことにした。
「……今から一緒にお風呂入らない?」
「…………」
俺が部屋に閉じこもっていた約二十分で莉緒も少しは落ち着いたかなと思ったが、そんなことは一切無かった。
「……ねぇ!何か言ってから行ってよ!ちょっと待ってよ!お兄ちゃん!」
もちろん、待つことなどしない。振り向くことはせずにそのまま浴室へと向かった。
無事に浴室にたどり着き、俺は身体をささっと洗って湯船に浸かる。
「ふう……やっぱり風呂はいいな」
俺は風呂が好きだ。まあ、この一人になれる空間というのが好きなのかもしれない。それでもトイレや寝室とかとはまた別だな。トイレはすぐに終わるし、寝室に関しては莉緒と一緒だからそもそも一人になれない。
そんな俺は足を伸ばし、肩まで身体沈めてお湯で温める。実はこれが俺のベストな姿勢で、そこに持ち込んだスマホで好きな曲を流せば完璧だ。
「なんで無視するのよ!」
「うわっ!び、びっくりした」
俺は思わず声を出してしまった。ゆっくりと扉の方に視線を移すと、そこには既に全裸になった莉緒の姿があった。やっぱりそうきたかと俺は心の中で呟く。
「私も入る」
「じゃあ、俺は出る」
俺が湯船から出ようとすると、莉緒は無理やり俺の身体を押さえつけた。
「な、なにしやがる!」
「別に入ってたっていいじゃん!なんで出ようとするのさ!」
「身体温まったから出るんだろうが!これ以上入ってたらのぼせるわ!」
「まだ入って十分も経ってないじゃん!お兄ちゃんいつも一時間近く入ってるじゃん!」
「別に嘘は言ってねぇだろ!温まったから出るって言っただけだろ!」
どうしてこいつはここまで食い下がるんだ。意味が分からん。少しは間を置いてから俺に近づけばいいと思うんだが。
「絶対に私が出るまでお兄ちゃんも出さないからね」
「そうか……それは俺をしっかりと押さえつけてからにするんだな!」
俺は渾身の力で立ち上がろうとする。
「こ、こっちだって、半端な覚悟で押さえつけられると思ってない!」
「え?」
莉緒は俺の肩に置いていた手を背中まで回して湯船の中に飛び込んできた。
「これでもう逃げられないよ、お兄ちゃん♡」
形勢逆転というやつだろうか。現在の状況を報告しよう。莉緒は俺の身体に抱き着いて全く離れようとしない、莉緒と俺の顔の距離はわずか数センチ。
そしてお互いの色々と大事な部分が当たっている。胸に至っては無理やり押し付けている感じがするので勘弁して欲しい。
「あの……離れてくれない?」
「だめ!やだ!むり!きょひ!きょぜつ!ふしょう!」
似たような意味の言葉だけで話すんじゃねぇよ。どれか一つだけで十分伝わるわ。てか、なんで全部カタコトで言うんだよ。
「胸だけでも押し付けるの止めてくれない?」
「おっぱい大好きマンのくせに?」
久々に聞いたな、そのあだ名。
「おっぱい大好きマンは否定しないが、今はそういう気分じゃない」
「じゃあ、そういう気分にさせてあげる♡」
莉緒は更に胸を強く押し付ける。莉緒の胸がこういう形で触れるのは俺としては最高なんだが、今は別だ。
どれだけその魅力的なマシュマロを押しつけても意味はない。
「いくらやっても今のお前じゃ無理だ。出直して来い」
「そういうわけにはいかない!絶対に……私は……お兄ちゃんを……」
「莉緒……」
俺は莉緒の頭をそっと撫でる。
「お兄ちゃん……?」
「莉緒、無理してるだろ」
俺がそういうと莉緒の動きがピタッと止まる。
「む、無理なんてしてない……!」
「それなら、どうして泣いているんだ」
「な、泣いてないもん!これは鼻水だもん!」
嘘つけ、目からどうやって鼻水出るんだよ。もっとまともな嘘つけよ。
「あのな、お前がそこまで自分を追い込む必要はないんだぞ?」
「でも、そうしないとお兄ちゃんを誰かに取られちゃう……」
「そんなことないから。お願いだから莉緒は莉緒のままでいてくれ。変に変わろうとしないでくれよ。俺は前みたいに普通の笑顔でお兄ちゃんって呼んでくれる莉緒が好きなんだ。今回は全部俺が悪かったな、本当にごめん」
「……わかった」
莉緒はそう言うと俺から離れた。
「ありがとな。お前は俺の自慢の妹で彼女だから、何も心配しないでくれ」
「……うん」
「じゃあ、髪と身体洗ってやるから早く出ろ。ついでに髪も乾かしてやる。後は今日は一緒に寝てやるから。それで許してくれるか?」
「……十分」
こうしてヤンデレ化した莉緒を俺はどうにか制圧することに成功した。
やっぱり妹で彼女というのは中々扱い方が難しい。
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