53話 赤髪美女の先輩「八神芽衣」
昼休みのチャイムが鳴り、俺にとって生きるか死ぬかの時間が訪れる。
俺は忍び足で教室から出て行こうとした。
「おい、陵矢。そんなコソコソした動きしてどうしたんだよ。早く飯食おうぜ」
「詩音、静かにしろ!俺は今から逃げなくちゃ行けないんだ」
「逃げる?一体誰からだ?」
「……察してくれ」
「……あー、分かった。頑張れよ」
そう言って詩音は俺を送り出してくれた。
ここから俺の逃亡劇が始まりだ。
「お兄ちゃん!弁当食べて貰うよ!」
「先輩!私の弁当ですよね!早く食べて下さい!」
俺が教室を出てからすぐに莉緒と陽菜ちゃんがやってきた。
しかし、残念ながらそこには俺の姿はない。
「先輩いないじゃないのよ!莉緒がモタモタしてるから逃げられたじゃない!」
「私のせいにしないでよ!陽菜がそんなデカい弁当箱持ってくるのがいけないんでしょ!一体何入ってるのよ!」
「それは食べて貰うまでのお楽しみに決まってるでしょ」
「今はそんなこと言っている場合じゃないでしょ!」
「……お前ら、他人の教室の前で何してんだよ?」
二人の言い争いを見兼ねて詩音が声をかけた。
「あ、詩音先輩。お兄ちゃん知りませんか?」
「さっきまでならいたぞ。チャイム鳴ったらすぐに出て行った」
「先輩がどこに行ったか分かりますか?」
「場所は知らん。右に曲がったのは覚えている」
「ありがとうございます!よし、陽菜、早くお兄ちゃんを探しにいくよ!」
二人は詩音の言う通りに教室を出て右に曲がって行った。
「……手助けはしたからな。後は自分でどうにかしろよ」
本当は左に曲がっていたのだが、詩音が二人に嘘を言ってくれたのだ。こういう時に信頼出来る友を持っておくと何かと助かるし便利である。ありがとう、詩音。
「さて、ここまで逃げ込んだのはいいが、この後どうしよう。昼休みが終わるまでここでバレずに済むのかな」
俺が逃げ込んだのは三階の空き教室。ほとんど使われていないため、あの二人がここに来る確率はゼロに近いだろう。
俺は見つからないことを確信し、ひと息をついてから途中に購買で買っておいたコーヒー牛乳を飲む。
しかし、そんな確信はわずか数分で破られることになる。教室の扉が「ガラガラ」と開いたのだ。まさかと思い、俺は机の陰から扉の方を覗く。
「あとはこの教室だけなんだけどな~」
「そうだね。ここにいなかったら後は職員室かな?」
やはり莉緒と陽菜ちゃんだった。この短時間で全ての教室を回って来たのか。何という執念。そこまでして俺に弁当を食べさせたいのか。
「とりあえず、教卓から見て行こう」
「そうだね」
残念なことに俺が隠れているのが教卓の後ろだ。
「もし、いた時のために逃げられないように挟み撃ちで行こうか」
「それが一番だね」
これはもう逃げられないだろ。俺は教卓の後ろから出る覚悟をする。そして教卓から姿を現したらすぐに目の前の扉から逃げる。もうそれしかない。
「あ、お兄ちゃん見つけた!もう逃げられな――」
二人に顔を見られた瞬間に俺は扉へと走り脱出に成功した。
「ちょっと!先輩!なんで逃げるんですか!?」
「そんなこと言ってないで早く追いかけるよ!」
俺の後を二人は急いで追いかけて来る。ここからが本当の勝負だ。
たかが弁当を食べるか食べないかで俺達は学校中を走り回った。時には先生に捕まりそうにもなったが、無視して走り去り逃亡を続ける。
「……お前ら!そろそろ諦めろよ!」
「嫌だ!お兄ちゃんがどっちが美味しいか決めてくれるまで追い続けるもん!」
「私だってこんなに一生懸命作ったんだから食べて欲しいの!」
「お前の弁当はデカすぎるんだよ!」
「これは私の愛の大きさだよ、先輩♡」
「弁当の大きさで愛情を表現するな!もっと別の物があるだろうが!」
そんなこんなで俺の逃亡劇は終焉を迎えそうだ。俺はルートを間違えて屋上へと逃げ込んでしまった。会話に集中しすぎてしまった俺のミスである。
「さて、お兄ちゃん。もう逃げられないよ。諦めて私達の弁当を食べてね」
「ここまでよく逃げたね、先輩。走ってお腹も空いたでしょ?この弁当食べてお腹いっぱいになってね♡」
二人の威圧的なオーラが俺を飲み込もうとする。この組み合わせは本当に苦手だ。
ラーメンと炒飯の組み合わせなら最高だろう。もしその炒飯がパンケーキに変わったら皆は食えるか。それくらいにこのコンビは最悪なのだ。
「さあさあ、お兄ちゃん。早くこっちにおいでよ♡」
「そうですよ、先輩。早くこっちで一緒に弁当食べましょうよ♡」
もうこの辺りで潮時なのかもしれない。俺は諦めて二人の元へと近づいていく。
その時、屋上の扉が開き誰かが入って来た。
「美少女二人に追いかけられている男子生徒がいるって話が話題になっていたから探してみれば、お前だったのか、陵矢」
「そ、そんな昔の話はいいじゃないですか!」
俺達の前に現れたのは三年生の八神芽衣。赤髪のストレートロングにモデル負けしない顔立ちとスタイル、スラっとした美脚が特徴的だ。
そして俺の中学の先輩でもある。
「芽衣先輩!何しに来たんですか!?」
「そうですよ!私達の邪魔しないで貰えますか!?」
「二人とも芽衣さんを知っているのか?」
「当たり前だよ、お兄ちゃん。この人はこの学校の美少女ランキング二位だよ!」
「え?そうなの……」
俺は思わず目を丸くした。
「別にそんな肩書き必要ないのだけどね。勝手にランキング化されて勝手に二位に入っただけのことだよ」
「私よりランキング上だからって威張らないで下さいよ!」
「別に威張っているつもりはないのだが。そう思うなら私よりも上の順位に立つことだね。三位の陽菜くん」
「んん~~~~~~!本当に腹立つ~~~~~!」
芽衣さんは超が付くほどの天然で思ったことはなんでも口に出してしまうタイプなのだ。そのせいで友達はほとんどいない。逆にこの口調の影響なのか男友達の方が多い。
「それで陵矢。君は何をしていたんだい?」
「二人の弁当を無理やり食べさせられそうになっていたので逃げていました」
「食べてあげればいいじゃないか」
「二人がどっちが美味いか決めろって言うんですよ!?決められるわけないじゃないですか!」
「それなら簡単じゃないか。毎日どっちかに弁当を作って貰えばいい話だろ?」
冷静に考えれば確かにそうだ。これならわざわざ決めている必要もない。しかし、二人が納得するのかどうかが不安だ。
「私はいいですよ。最終的に決めればいい話ですし」
「私も問題ないです。先輩の胃袋とハートを掴むのは私ですし」
両者共に意義無しだった。
「解決したかな?それじゃあ、私はこれで失礼するよ」
「芽衣さん!ありがとうございました!」
俺は芽衣さんに深々と頭を下げる。
「礼には及ばないよ。それよりも今日の課後ちょっといいかい?久々に話があるんだ」
「はい、大丈夫です!」
「それじゃあ、放課後とりあえず陵矢の教室行くから待ってて」
こうして俺達の弁当騒動は芽衣さんの登場によって収拾された。
それにしても今頃になって俺に話とは一体何なんだろう。
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