51話 陽菜の逆襲 その3
「お兄ちゃん!もう殴らないから離してよ!」
無理やり陽菜ちゃんから引き剥がした莉緒を俺は抱いて押さえ込んでいた。
「だめだ!絶対離したら殴るだろ!」
「もちろん!殴るに決まってるでしょ!」
「やっぱり殴るんじゃねぇか!」
とてもボケられる状況ではないが、莉緒がニッコリと笑って言うため俺も思わずツッコミを入れてしまった。
「……よくも私の顔、散々殴ってくれたわね」
陽菜ちゃんはふらふらになりながらも立ち上がった。莉緒に殴られた顔は所々赤く腫れ上がった状態だ。
あそこで止めなければ本当に取り返しのつかないことになっていたと思うとゾッとする。
「殴られるような顔してるあんたが悪いのよ」
「私の顔のどこを見て言ってるのよ!」
「……?全部だけど?」
なんて理不尽な言い分なんだ。
警察の職質なら一発即連行レベルだぞ。
「学校中の美少女ランキングで三本の指に入る、この私に向かってよくも……」
「あんた三本でしょ?私一位だもん、ざーんねん」
ちょっと待って、何そのランキング。俺二年間生活してきて今初めてその存在を知ったんだけど。
てか、莉緒が一位だったのかよ。すげーな。
「昔からそうやって見下して私の上に立つあんたが憎たらしかった。いつか仕返しがしたかった」
「それで今日、お兄ちゃんを拉致したと?」
「そうよ。あなたがいない今日を狙って先輩に声をかけたのよ。簡単に引っかかってくれたから私的には楽だったわ」
まさか計画的な犯行だったとは。今思えば最初から動きが怪しかったかもしれない。そう考えると俺も不甲斐ないな。
「それで、どこまでやったの?」
「どこまでって?」
「キスはしたんでしょ?セックスはしなかったの?」
「ああ……しようと思ったんだけど、先輩に変なこと言われたから興が冷めたの」
それを聞いた莉緒が振り向いて俺を睨む。
「お兄ちゃん、一体なんて言ったの?」
「莉緒、やめて、怖いから」
「い・い・か・ら。早く答えて……ね?」
「い、いや、俺はただ「今の君と話をしていてもつまらない。出会った頃の君はもっと優しくて綺麗な笑顔を見せてくれた」って言っただけで」
「へぇ、そうなん……だっ!」
「いてぇっ!お、おい、莉緒!」
莉緒は俺の脛を思いっきり蹴った。
あまりの痛みで俺は莉緒の身体を離してしまう。
「お兄ちゃんは後で説教ね。そこで待ってて」
「は、はい……」
莉緒の顔には分かりやすく怒りマークが記されていた。ニッコリ笑ってはいるのが、その笑顔の奥底には俺にしか分からない怒りが伝わってくる。
「今の話を聞く限りだと、あんたがまるで怖気付いてしなかったように聞こえるんだけど。それで合ってる?」
「ええ、あながち間違ってないわ」
「あんたがそんな度胸もない女だったとは思わなかったわ。大好きな男一人も落とせないなんて惨めで滑稽だよ」
「……せいよ」
「なに」
「何もかもあなたのせいよ!」
陽菜ちゃんが今まで聞いたことのない声量で叫ぶ。
その声に驚いた俺と莉緒は思わず身が竦む。
「い、いきなりどうしたのよ」
「どうしたもこうしたもないわよ!この際だからハッキリと言わさせて貰うわ!」
「ええ、いいわよ」
「私はあなたが嫌いよ。心の底から嫌い、そして憎い。中学の時に初めて出来た友達があなただった。最初は楽しかったし、何も不満はなかった。でもあなたは私から全てを奪った。勉強も部活も容姿も何もかも全て。実力で勝てる物なんてひとつもなかった」
陽菜ちゃんは莉緒も知らない過去の自分の気持ちを打ち明けた。
「じゃあ、なんであんたは私とずっと一緒にいたわけ?嫌なら離れれば良かったじゃない」
「離れられるわけないじゃない!あなたが毎日のように笑顔で「おはよう!」って言ってくるのよ!?それを見てどうやって離れろっていうのよ!」
「………」
「あなたは私の気持ちなんてこれっぽっちも知らなったでしょ!?だから平気で私に近づいてきていたんでしょ!?ふざけんなって言いたいのはこっちなのよ!」
「………」
「高校だって本当は違うところにしたかった、でもあなたがどうしても一緒がいいって言うからそうしたのよ。それが今の結果よ!少しはあなたの足りない脳みそでも理解出来たかし……ってなんで泣いてるのよ」
莉緒は大量の涙を流していた。
頬を辿って顎から一滴、また一滴と床へと落ちていく。
「私は……馬鹿だね」
「馬鹿で済むわけないでしょ!人の人生、散々めちゃくちゃにしてきて!」
「陽菜が……そんなこと思っているなんて私全然知らなくて……。そこまで陽菜のこと追い込んでただなんて、本当にごめんなさい……」
「い、今更謝って済むわけないでしょ……」
「それでも私は今、陽菜に謝らなくちゃいけない。ごめんなさい」
莉緒は陽菜ちゃんに向かって深々と頭を下げる。
「な、何よそれ。違う!違う!そうじゃない!私はあなたに謝って欲しくて今話したんじゃない!」
「………」
今度は逆に陽菜ちゃんが莉緒の胸ぐらを掴んだ。
「なんで、そんな悲しい表情をするのよ。今そう思うなら最初から感じて欲しかったわよ!」
陽菜ちゃんは莉緒の頬をビンタをした。
何回も何十回も怒りが収まるか、体力が尽きるまで。
「陽菜ちゃん、満足したかい?」
「……はあはあ、先輩」
「莉緒もビンタされて目が覚めたか?」
「……痛い」
このまま二人で話していては埒が明かないと思い、結局は俺が仲介に入ることにした。
まず、疲れて倒れている陽菜ちゃんに話をかける。
「陽菜ちゃんは本当に莉緒が嫌いなの?」
「嫌いってさっき言ったじゃないですか!」
「それなら、どうしてずっとライバル視してたの?」
「そ、それは……」
「莉緒に憧れてたんじゃないのか?」
「…………!」
どうやら正解だったみたいだ。正直に言うとほとんど当てずっぽうなんだけどね。外れていたらどうなっていたことか。
「陽菜ちゃんは我慢しすぎなんだよ。嫌なら嫌とハッキリ言うことも大事だ。莉緒に憧れるあまりにそれを怠ってしまったのが今回の原因でもあるんじゃないか?」
「でも、もし、それで嫌われたら……」
「それで嫌われたらそいつがその程度のやつだっただけの話だよ。本当の親友っていうのはな。ただ仲良ければいいってわけじゃない。お互いの気持ちを理解し合えていなければ本当の意味で親友とは言えないと俺は思うよ」
「は、はい……」
陽菜ちゃんが納得したところで、次は莉緒だ。
といっても言うことはいつも通りなんだけどね。
「莉緒、お前もお前だ。前から言ってるだろ。人の気持ちを理解出来る人間になれって。今回ので少しは勉強になっただろ?」
「うん、ごめんなさい……」
「言う相手が違うだろ。早くお前ら立てよ」
陽菜ちゃんと莉緒は立ち上がり、お互い目を合わせる。
「「あ、あの……!」」
「「いや、そちらから」」
「「じゃあ、どうぞどうぞ」」
お前ら漫才やってんのか。早く仲直りしろよ。
「陽菜、ごめん」
「莉緒、私もごめんね」
「私達ってまだ友達としてやっていけるのかな……?」
「分かんない……」
戸惑いの表情を見せる二人。俺はここでは口を出さない。
「でも、まだ私は友達でいたいよ。陽菜とやりたいこと沢山あるもん」
「それなら……私だって……」
「じゃあ今までをリセットしてまた一から友達としてスタートしない?これは陽菜が今までの私のことを許してくれて成立することだけど……」
「私は構わないよ。仲良くしたい気持ちは莉緒と同じだから」
「ありがとう、陽菜」
「それはこっちのセリフだよ、莉緒」
こうして莉緒と陽菜ちゃんは無事に仲直りをした。
二人の間にあった深く空いた溝は互いの気持ちを理解し合うことで埋め直すことが出来た。
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