50話 陽菜の逆襲 その2
陽菜ちゃんからの電話の内容を聞いた莉緒は焦っていた。そして同時に怒り狂っていた。
莉緒にとって、たった一人の親友。この子なら心を許して何でも分かり合えると思っていただけにショックが大きかったのだ。
「あ、あの、莉緒ちゃん……?電話の内容は知らないけど、お兄さん大丈夫?」
「大丈夫じゃない……!」
莉緒は怒りは言わなくて分かるくらいに顔に表れていた。見たことのないその莉緒の表情に周りの生徒も驚きを隠せなかった。
「り、莉緒さん、ここはもういいから。 お兄さんのところに行った方がいいよ……」
「もちろん、そのつもりよ。あのクソ女をとっ捕まえてなくちゃいけないからね」
莉緒は教室の戸を勢い良く閉めて出て行った。
「あんな怒った莉緒さん、初めて見た……」
「ああ、俺もだ。怒らせないようにしないとな……」
莉緒は学校を出て、陽菜ちゃんの家へと向かう。家の場所は遊びに行ったことがあるから問題ない。
しかし、学校からかなりの距離がある。歩いて一時間半、自転車でも三十分はかかる。自転車という選択肢がない以上、走るしかない。
「あのクソ女、待ってなさいよ」
愛する兄を助けるために。そして、もう親友とは呼ぶことはないであろう陽菜のもとへと莉緒は走り出した。
* *
一方、その頃の俺は拘束を解かれることなく陽菜ちゃんに遊ばれていた。
「ふふふっ……莉緒がこっちに来ますよ。先輩♡」
「…………」
「いつまで黙っているつもりですか?莉緒がここに来るまで少なくとも一時間以上はかかりますよ?」
「…………」
その時、俺の頬にバシッと痺れるような感覚が走る。
どうやら俺は陽菜ちゃんにビンタをされたみたいだ。
「いい加減に口を開いたらどうなんですか!?それともなんですか!私とはもう話したくないってことですか……!?」
陽菜ちゃんの目から涙がこぼれる。
「……別にそんなことはねぇよ」
「じゃあ、何なんですか!答えてくださいよ!」
「今の君と話していてもつまらない。出会った頃の君はもっと優しくて綺麗な笑顔を見せてくれたじゃないか」
「……つまり……今の……私は……可愛くないと……?」
「そうだ、今の自分の顔を鏡で見てみたらどうなんだ?」
俺がそう言うと、陽菜ちゃんは鏡の前に立った。
「これが今の私ですか」
「見てどう思う?」
「……可愛く……ありません」
陽菜ちゃんの顔は狂気じみた怖い表情と泣いて真っ赤になった目のせいで、いつもの明るく可愛いあの面影はどこにもなかった。
「俺の言った意味、理解して貰えたか?」
「……はい……分かりました」
陽菜ちゃんは俺に近づくと手足に縛られていた縄を解く。
「い、良いのか?」
「……はい」
縄は解いて貰えたのだが、同じ姿勢でずっといたため身体が思うように動かない。
「……早く帰って下さい」
陽菜ちゃんはワイシャツに袖を通しながら俺に言う。
「早く帰れって言われても、身体が思うように――」
「ドタン――――!」
一階で大きな物音がすると二階の部屋へと向かってくる足音が聞こえてくる。
「意外と早かったわね」
「え……?」
そして、足音が止むと部屋のドアが開いた。
そこには莉緒の姿があった。
「この糞アバズレビッチ女。さっさと私のお兄ちゃんを返してもらおうかしら」
「言われなくてもそのつもりよ。はい、どうぞ」
「ちょ、待って!」
陽菜ちゃんは俺を抱き抱えると莉緒の方に向かって投げた。
だから扱いが雑なんだって。
「お兄ちゃん!大丈夫!?変なことされなかった?」
「いっぱいしてあげたよ。私の胸も揉ませたし、ファーストキスもあげちゃった♡」
「あんた、そんなことして許されると思ってるの?」
「別に先輩は莉緒だけのものじゃないでしょ?私がどうしようと私の勝手よ」
「よくもまあ、そんなことが言えるわね」
莉緒は陽菜ちゃんの胸ぐらを掴み睨んだ。
「返してあげるんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃない!あんた頭狂ってるんじゃないの!?」
「そうね、頭は狂ってるわね」
その言葉に遂に莉緒の堪忍袋の緒が切れた。
莉緒は陽菜ちゃんの顔面目掛けて渾身の右ストレートを打ち込んだ。
「いつっっっ……ちょっと!いきなり何すんのよ!」
「あんたがへらへらしているから気合い入れてあげたんじゃない!」
「どこがへらへらしているのよ!勘違いも甚だしいわよ!」
「私が勘違いであんたをぶん殴るわけないでしょ!そんな腑抜けた顔して何言ってるのよ!」
莉緒も俺と同様に陽菜ちゃんの顔を指摘した。
俺よりも長い時間一緒にいるんだ。親友の変わりようを見れば怒りが爆発するのも当然である。
「それはさっきも先輩に言われた!あんたに言われると余計にムカつくのよ!」
陽菜ちゃんは莉緒に襲いかかろうとしたが、避けられて逆に押し倒されてしまう。
「あんたが私に勝とうだなんて百万年早いのよ!」
莉緒は馬乗りになり、怒りそのままに陽菜ちゃんの顔を殴り続ける。
「お、おい!莉緒!やめろ!やりすぎだ!」
俺はどうにか身体を動かして、殴り続ける莉緒を止めようとした。
「お兄ちゃん離して!こんなやつボコボコするしかないのよ!」
「それ以上はダメだ!取り返しのつかないことになる!」
「じゃあ、どうすればいいのよ……!お兄ちゃんのこと拉致されて、あんなことまでされて私はもう限界なのよ……!」
「少しくらい話を聞いてあげたっていいだろ!」
「こんなやつの話なんか聞きたくない!もう絶交よ!二度と顔だって見たくない!」
怒りと悲しみで莉緒の精神はかなり不安定な状態になっていた。一体どうすれば、この壊れかけた二人の仲を繕ってあげることが出来るのだろう。
しかし、俺がいくら繕ってあげたところで、果たしてそれは仲直り出来たと言えるのだろうか。精々、俺がやっていいのは莉緒を陽菜ちゃんの上から退かすところまでだ。
そこから先は二人で話をして解決することが一番だと俺は考える。二人の絆を俺は信じたい。
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