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32話 義妹と大阪旅行 その3

「陵矢くん、疲れてるところ済まない。君と少しだけ話がしたくてね」


 リビングに着くと、政時さんが座って待っていた。


「いえ、大丈夫ですよ。それで話って言うのは……」


「ああ、君にお礼が言いたくてね」


「お礼……ですか……?俺何もしてないと思うんですけど……」


「そんなことはないさ。君は莉緒の兄になってくれた、それだけでワシらは十分に感謝している。本当にありがとう」


 政時さんと由美子さんは俺に深々と頭を下げる。


「それは俺の母親に言ってください。母親が再婚するって話をしなければ、なっていないわけですから」


「それでも君が反対したら成立しない話だろ?」


「確かにそれはそうですが……」


 実際のところ、反対する気など一切無かった。母親が俺のために一人で頑張っていたのを全部知っていた。

 そんな母親のお願いを俺が反対すること自体がおかしな話だ。


「陵矢さん、これだけ聞いて欲しいの。莉緒は昔から私達が遊びに行くとね、『私、お兄ちゃんか弟が欲しい』といつも言っていたのよ。残念だけど、お兄ちゃんは無理でも弟が出来る可能性はあった。でも、莉緒が三歳の時に当時の母親が浮気をして出て行ってしまったの……」


 由美子さんは涙ながらに話をしてくれた。

 そして、俺はここで遂に莉緒の母親について話を聞くことに成功する。ずっと気になってはいたのだが、莉緒に聞くわけにもいかなかった。


「莉緒がどう思っていたかは分からないが、ワシらは三歳の娘を置いて出て行った母親のことを憎んだ。徹も急に母親がいなくなった莉緒の面倒を見るのは大変だったと思う。今まで再婚しなかったのも莉緒を想ってのことだと考えている」


――――バタンッ!


「……おじいちゃん!おばあちゃん!」


 莉緒がリビングのドアを開けて入って来た。


「莉緒!いつから聞いていたんだ!?」


 政時さんが声を荒らげて立ち上がる。


「最初からだよ」


「……そうか……それなら大体は分かっているんだな?」


「……うん。でも、私はお母さんのことは気にしていないよ!ここまでお父さんと一緒に生活が出来て楽しかったもん!」


「……本当に……そう思っているの?」


 由美子さんが心配そうな表情で莉緒に問いかける。


「ほんとだよ!確かに最初は寂しかったよ。それでもお父さんが私のために何でもしてくれたから寂しいとかそんなこと言ってられないよ」


 あまり莉緒が真面目に話をしているところを俺は見たことがないので驚きながら話を聞いている。


「莉緒がそう言うならワシらは何も言わんが……」


「心配しないで!今は頼りになるお兄ちゃんがいるから!」


 そう言うと莉緒は俺にギューッと抱きつく。


「……陵矢くん、莉緒は君といると本当に幸せそうだ。莉緒のこと、君に任せても大丈夫かな?」


「……は、はい!俺の出来る限りの力で莉緒を幸せにしてみせます!」


 こんなことを言われて「無理です」とはさすがに言えない。俺はこう答えるしかなかった。なんか婚約の話みたいになっているけど大丈夫かな。

 あくまでも兄妹としての話だよね。


「それじゃあ、話は以上だ。明日に備えてゆっくり休んでくれたまえ」


「はい、それでは失礼します。……莉緒、ベタベタくっ付いてないで早く行くぞ」


「分かったー」


 そして俺と莉緒はソファから立ち上がり部屋へと戻ろうとする。


「……いや、離れろよ!」


「なんで!このまま部屋行けるじゃん!」


「恥ずかしいだろ!」


「いつもくっ付いているんだから、今更恥ずかしがることもないでしょ」


「二人に見られるのは嫌なんだよ!」


 俺が二人の方を見るとニッコリ笑って、


「私達は大丈夫よ。若いんだからそれくらい当然だもの。ねぇ、おじいちゃん?」


「そうだな、ワシらにもそんな時があったな。懐かしい……」


 いやいや、誰もそんなこと聞いてないって。


「……では、おやすみなさい」


「おじいちゃん、おばあちゃん、おやすみ〜」


「「おやすみ」」


 結局、莉緒が離れることなく俺達はそのままリビングから出て行った。


「……あぁ……疲れた」


 俺は布団に倒れ込む。

 もう日付が変わりそうなところまで時計の針は進んでいた。


「お疲れ様。ここまで来たのに面倒くさい話させちゃってごめんね」


 莉緒がどんよりした表情で俺に謝る。


「大丈夫だ、お前の母親のこと知れたし。俺が今後どうしていけばいいのか、方向性が決まった」


「別に難しく考えなくていいよ。いつも通りのお兄ちゃんで私は十分だよ」


「そうか?」


「うん、大丈夫から。だからさ、お兄ちゃんはもっと私に……」


「私に……?」


 顔を赤くして莉緒が恥ずかしそうにしている。


「……わたしに……私に!エッチなこといっぱいしていいから!」


「……」


 俺は言葉が出なかった。何か褒め言葉を言ってくれると信じていたのにお見事に裏切られてしまう。ああ、非常に残念だ。


「お兄ちゃん!エッチなことしていいから!」


「二回も言うな!聞こえてるよ!」


「聞こえてるなら返事するか、エッチなことするか、どっちかにしてよ!」


「その選択なら確実に前者を選ぶよ!」


 こいつはどんな究極の選択をさせるんだ。

 後者に関してはお前がして欲しいだけだろ。


「ほら……お兄ちゃん。来て……?」


 両手を広げて莉緒が俺を抱くポーズをとる。


「行くわけないだろ。早く寝るぞ」


 俺は莉緒のところには行かずに布団を掛ける。


「もーう、お兄ちゃんのケチ」


――――ゴソゴソッ……。


 布団に何かが潜り込んできた感じがしたため、俺は布団の中を覗いてみる。


「……あ、見つかっちゃった♡」


「……早く出て行ってくれ……」


「やだ、一緒に寝るの」


 頬を膨らませて、莉緒は出て行くことを拒否する。


「……何もしないならいいぞ……」


「何もしません!でも、抱きつくのはいいでしょ……?」


「……それくらいなら、まあ……」


「やったぁ!じゃあ遠慮なく」


 俺の胸元にしっかりと抱きついた莉緒は満足の表情を見せる。

 正直、ここまでがっちりとやられると寝苦しい。


「……ねぇ、お兄ちゃん……最後にもう一つお願いしてもいい……?」


「……なんだ?」


「……キス……して……?」


 この状況でのお願いなら間違いなくキスだと思っていたのだが、本当にそうだったため少し驚きを隠せない。しかし、俺には特に断る理由もないので、


「……分かった」


 俺は莉緒の方を向き、唇に軽くキスをした。


「……ありがとう、お兄ちゃん♡」


「はいはい。それじゃ、おやすみ……」


「うん、おやすみ……」


 幸せそうに眠りにつく莉緒を見て、俺は絶対に悲しませるようなことはしないと心に誓うのであった。


      *      *


 翌朝、俺達は朝ご飯を済ませて家を出る準備を済ませた。 


「二人とも、来たくなったらいつでも来なさい。待っているからな」


「うん!それじゃあ、また来るから!おじいちゃんまたね!」


「色々と話聞けてよかったです。ありがとうございました」


「陵矢くん。もう一度言うが、莉緒のことは任せたぞ」


「はい!」


 俺達は車に乗り込み、由美子さんの運転で駅へと向かった。


「私もここまでね。あとは二人で楽しんで帰りなさいね。くれぐれも犯罪にだけは気を付けなさい」


「おばあちゃんもありがとね!また会いに来るからね……!」


 莉緒は最後に由美子さんに抱きついて涙を流した。


「莉緒、泣かないの。頼りになるお兄ちゃんがいるからもう大丈夫なんでしょ?」


「……う、うん!」


「陵矢さん、私からもお願いです。莉緒のこと、よろしく頼みますね」


「お二人の期待を裏切らないように頑張ります」


 ここまで言われてしまったら俺も相当気合入れる必要がありそうだな。

 

「じゃあ、二人とも元気でね。また来る時は夏休み辺りにしなさい」


 そう言い残して由美子さんは行ってしまった。


「……いい祖父母を持ったな」


「でしょ?自慢のおじいちゃんとおばあちゃんですから!」


 莉緒は腕を組んで「エッヘン」と言わんばかりのドヤ顔で鼻息を荒くする。


「――さて、ここからどうするよ?」


「んー、少し観光してから帰りたいかな」


「了解。その辺ブラブラしてみるか」


 こうして俺達は大阪を観光して四時の新幹線で東京へと戻った。

 お好み焼き、たこ焼き、豚まんと大阪の名物は食べれるだけ食べて、お土産も買えて満足である。

 だが、今度はもっとゆっくりと観光をしたいなと思う旅行であった――。

 

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