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勇者の誤算


「だっはー!」


 鼻血が噴出しそうな表情で勇者ブレイブは目の前の敵の脅威に声を荒らげていた。相手はダンジョンのアンデッド。リッチと呼ばれる魔術師の死んだ姿だ。その行使する魔力は極大で、実行する威力はダンジョンの一部を書き換えるほどに恐ろしい。実際に壁に亀裂が出来ているところを見ると、ダンジョンの頑強さから逆算して自分の身で受けようとはブレイブにも思えない。


「はやくフォローしろ!」


 勇者の懇願に、


「無理」「無茶」


 白と黒の魔術師は否定を突き付ける。実際にそれどころではなかった。


「ホーリーサークル」「アルカヘスト」


 魔法陣を描くほど悠長な状況ではなく、立て板に水レベルで紡がれる宣言コールの呪文だけで無限に沸き上がるアンデッドを討滅し続けるだけでも苦労だ。ここで前衛の勇者が崩れればそれだけで戦線が崩壊する。


「死ぬ気で押し留めてぇ」「ていうか死んで」


「本気で言ってないよな!?」


「かなり本気かもぉ」「お兄ちゃんが居ないとやっぱり……」


 二人の魔術師がまず想い起こすのは抜けた盗賊シーフについてだ。


「こらゲイダー! テメェも役に立て!」


「むりよぉ! こんなレベルのモンスターにシーフが勝てるわけないじゃない!」


「ですよねー」「デスヨネー」


 二人の魔術師も納得ずくだ。


「だったらお前何のためにいるんだよ!」


 ブレイブの悲鳴にも一定の理はある。この無尽蔵にアンデッドが襲ってくる状況で一人遊ばせる戦力など状況が許さない。


「だから罠の解除とかフォローとか……」


「どっちも出来てねえじゃねえか!」


 実際にその通りだった。新規の盗賊シーフゲイダーはA級のダンジョンの罠を解除どころか感知も出来なかった。先頭を歩くブレイブは罠の存在だけで死にかけ、路を限定されたところに不用意なモンスタートラップを踏んで現状がある。高レベル故になんとか単騎で対処も出来ているが、リッチの魔術に剣術で対抗するにも限度はある。


「こんな複雑な罠なんて誰にも無理よ!」


「アイツは普通にやってたぞ!」


 アイツ……というのが誰をさすのかは言わずもがな。


「ついでに後衛で魔術発動の時間を稼いでモンスター駆逐しながら毒矢で前衛のフォローまでしながらね」


 手の届く範囲で魔術師に最適の環境を用意し、手の届かない前衛の範囲には弓矢で異常なまでのサポートに徹する。そこまでやって初めてA級ダンジョンは相手になるのだ。


「で。どうするの?」


 此度の勇者パーティ『ルビーレッド』のクエストはダンジョンの宝物の回収。相場だけならリターンの大きい仕事だが、もちろん相応に命は賭ける。


「ダンジョンを脱出するなら早めに言ってね。アストラルポイントもそこそこ減ってるから」


「こんなところで帰れるか! 今までだったら普通に踏破してただろ!」


「今まで……だったらねぇ」


 皮肉気にサクリファイスが繰り言をする。


「とにかく進むなら前衛は全部ブレイブが受け持ってね。こっちもコンセントレーションとかワールドリミッターとか魔術使うにも制限が掛かるからモンスターにかかずらうと威力も精度も落ちるし」


「俺様に死ねってか!」


「さっきそう言ったよね?」


 何を今更とアポカリプスは鼻を鳴らす。


「お兄ちゃんがいると魔術使うのに雑念入らないんだけど」


「クリュちゃん凄かったのねぇ……」


「というわけでゲイダーさん。死ぬ気でモンスターのタゲとって。一分貰えれば一掃するから」


「一分どころか五秒も持たないわよぉ!」


「勇者パーティに相応しい働きを期待するや切である。なんならタゲとったモンスターをブレイブに押し付けて良いから」


「勇者様死なない?」


「これくらいで死ぬなら勇者やってないから」


 そういってアンデッドを隔離するホーリーサークルからゲイダーを蹴り出す。


「可愛い顔して不条理ぃぃぃぃぃ!」


「コッチにも呪文詠唱とかあるのよ」


「ホワイトフレア」「ガイラリオノヴァ」


 聖なる炎と魔なる爆発が盗賊シーフごとアンデッドを焼く。


「勇者様ぁぁぁぁぁ!」


「こっちくんな!」


「殺されるわ!」


「コッチのセリフだ!」


 勇者と盗賊がモンスターのタゲを押し付け合う。


「はい。じゃあ。防御してー」


 そこに呑気な声が響いた。アポカリプスだ。


「プラスフレイヤ」「マイナスブリザード」


 そしてサクリファイスとアポカリプスの相剋呪文が同時に放たれる。慌てて避ける勇者と盗賊を抜けて無尽蔵のアンデッドとリッチの軍団に撃ち込まれ、そのまま対消滅。


「魔力維持」「想像宣言」


 その対消滅したエネルギーに名前を与える。


「「ジェネティックフォース」」


 相克するエネルギーがアンデッドを一掃した。


「ふう」「はあ」


 集中力とアストラルポイントを大量に使って、なんとかモンスタートラップは弑してのけたが、これ以上は無理筋だ。


「最初からソレ使えよ! しぶってんじゃねえぞ!」


 そこに勇者が苦言を浴びせる。


「言っておきますけどね。一応切り札なんですよ? こんなレベルの魔術を二回三回と使ってたら保ちません。ていうか今回はもう脱出します。アストラルポイントかなり減りましたから」


「マナポーション飲め!」


「もう全部使いましたよぉ」


「え? ガチで?」


「ええ。前衛の負担がコッチに来たのでアストラルマラソンが非道いことになりまして。ポカちゃん。脱出魔術使って。これ以上はガチで死ぬ」


 既にサクリファイスは撤退を選んでいた。


「さっさーい」


 アポカリプスも同意できるらしい。既に脱出魔術の術式を組んでいる。


「まて! 撤退なんてまかりならんぞ!」


「じゃあゲイダーと仲良く二人で進んでくださいなぁ。こっちが付き合う義理もありませんのでぇ」


「な! な! な!」


「撤退するというのなら今この時だけ一緒に脱出させてあげても良いですよ。進みたいなら二人でどうぞ」


「撤退する! 撤退するから置いて行くな」


「最初からそう言えば良いんですよぅ」


 そんなわけで散々な結果に終わるのだった。


「何故だ? 何故こうなった?」


「クリュちゃん居ないしねー」「お兄ちゃんの有り難さよ」


「アイツのことは口に出すな!」


 クリュエルグエルの話題になるだけで勇者ブレイブは不機嫌になる。あんな奴がパーティを支えていたなど断じてあってはならない。前衛を一人で支えていた(はず)の自分と罠を解除するだけのアイツで比較するのも不条理だ。


「じゃあ何が悪いと思う?」


「お前だゲイダー! なにが王族推薦の極意盗賊マスターシーフだ! 全然使えないじゃないか! お前は俺様たち勇者パーティに相応しくない!」


「とはいうけどあちし以外でもあのダンジョンは無理よぉ。他のシーフもそう言うね」


「そんな奴が勇者パーティに入ろうとよくも豪語したな!」


「でも盗賊シーフいないんでしょう?」


「いないねぇ」「いないねー」


「やかましい! とにかく新しい盗賊シーフを探すぞ! A級ダンジョンの罠解除できる奴!」


「ついでに魔術師の儀式をフォローしてくれ」「前衛へのフォローも忘れない完璧超人」


「そんな奴いないわよぅ」


 ゲイダーの批評も尤もだ。普通は居ない。クエスト失敗で報告し、今日は金銭が得られなかった。ギルドで酒を呑んで鬱憤を晴らす。


「お。サク姉」


 そこに別のクエストを受けていたクリュエルグエルが顔を出す。


「わお。クリュちゃん」「お兄ちゃん! 元気?」


「元気だぞ。あ、あとサク姉。魔術補助ありがとな。金貨十五枚。ちょっと少ないかもしれないがクエストの報酬から三割ほど出してる」


「別に良いのに」


「そうもいかない。サク姉の魔術がないともうちょっと話がこんがらがってたし。適確な戦力は流石の一言だぞ。さすが勇者パーティの二大魔術師」


「えへー」


 くすぐったくサクリファイスは笑った。こんなところからサクリファイスはクリュエルグエルにベタ惚れだ。


「お兄さーん。宿に戻ろうじゃのー」


「お師匠様~。帰りましょう~」


「ああ。そうだな。じゃ。サク姉。ポカ。怪我すんなよ」


「お兄ちゃん……あの幼女二人は?」


「今パーティ組んでる二人。お世話になってるからな」


「むー」「うー」


「じゃ。そんなわけで」


 そう言って散々な勇者パーティの空気も読まず、クリュエルグエルは帰路についた。


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