貴族の懐
「失礼」
「何者だ?」
豪奢な屋敷。そこには門構えがあって門番が立っていた。こっちをあからさまに警戒している。たしかに怪しいのは事実だが。
「冒険者ギルドから派遣されました。今回の依頼人に会おうと思いまして」
クエストを出した貴族の屋敷だ。
そこで話がある。
庭がよく手入れされていた。お金の掛かった屋敷であることは一目でわかる。そこから門番が貴族に許可を貰って、俺たちは招かれる。
「私、貴族の屋敷って慣れません~」
「吾輩はどうじゃろな」
アンジェールリカは緊張。アルデバランはホケッとしていた。応接室に通されて茶を振る舞われる。俺はそれに口を付けつつ、マップを見やる。
「ところでアレは……」
「サクリファイス。勇者パーティの白魔術師だ」
「わお~」
「魔術なら吾輩も使えるぞ?」
だろうよ。
「ここで使うなよ」
「場合によるのじゃ」
それもご尤も。
おおまかな大筋は考えているが、そこからの反応はちょっと何と言って良いか。とは申せども他にやりようがなく。ついで大丈夫だろうという楽観論もある。
お茶は美味しかった。手摘みの茶だろう。あまり詳しくはないが、いつも飲んでいる物よりクオリティが高いのは確言できる。
「さて、じゃあ後はシクヨロ」
「え~?」
俺は席を立った。
「ちょちょちょ~。お師匠様横暴~」
「適当に貴族の話し相手になってやれ」
「エリクシールも見つけていませんよ~?」
「場所に心当たりがないかを聞いてくれ」
「あったらギルドにクエスト発注してないんじゃ~……」
ご尤も。
「じゃ」
俺はインビジブルのスキルを使った。透明になるスキルだ。敵避けや不意打ちに使われるスキルで、まぁぶっちゃけかなり高位のスキル。
「ほう」
「ふわ~」
アルデバランとアンジェールリカも驚いていた。
「基本的に敵とは戦わない職業なんで」
「にしても便利すぎるような~」
否定はしない。
で、俺は応接室を出た。広い貴族の屋敷を探索する。ときおり使用人とすれ違うが、向こうはコッチを認識していない。ぶっちゃけ俺のインビジブルは鋭敏なセンサーを持つ一部のモンスターすらも誤魔化してしまう。透明と言うより「認識から外れる」が実のところ正しい。認識しているのに意識できないとでも言うのか。もちろんこのまま首をかき切ったら完全犯罪が成立するのだが、あまりそういうことはしない方向で。
「貴族の懐は探るためにあるか」
歩きつつ、そんな格言。これならお金を拝借してもバレないよな? しないけど。
「で、ここか」
厳重に魔術封印を施された宝物庫の扉があった。およそ地下への扉だ。ダウジングはそちらを指している。さっそく封印を解いていく。マジックアイテムを駆使して解錠するようにロックを外していった。もともとこの技術はダンジョンで散見される類のセキュリティだ。であれば解除は盗賊の独壇場。というか俺の技術でなら欠伸しながらやれるレベル。音も無く封印を解いて、扉を開く。大きな音も無かった。スッとまるで最初から鍵が掛かっていなかったようにあっさりと宝物庫の扉が開く。
「さて、アルデバランとアンジェールリカは御当主を引き留めてくれているかね?」
適材適所。
こういうときはシーフの方が都合は良い。で、宝物庫を探索してエリクシールを見つける。やっぱりあったか。マッピングとサク姉の指定魔術でおよそのカラクリは読めていたが、なんにせよエリクシール奪還依頼をした貴族様がそのエリクシールを保持している。となればこれは信用問題に該当し…………。
「どうしたものか」
応接室に戻る。
「まだ見つからんのか?」
「探してはいるんじゃがの」
「あう~。そんな簡単に見つかるなら苦労しませんよ~」
「いいから見つけろ! アレは私のモノぞ!」
威圧的に貴族が見つけろ見つけろとけたたましい。俺はソファに座って茶を飲むと、インビジブルを解いた。ほか三人の意識がこっちに向く。
「どうも」
「お兄さん」
「お師匠様」
「お前は……」
クリュエルグエル。
意匠を凝らしたガラス瓶を俺は応接室のテーブルに置く。茶器が置かれているソレだ。
「はい。ご注文の品」
「――――――――」
エリクシールを回収して貴族様に返す。ソレが今回のクエストだ。
「どこで手に入れた?」
貴族様は青ざめていた。
「それを貴方が仰いますか」
ぶっちゃけこっちが裏の事情を認識しているのは悟るところ。
「ちなみに貴方のデマのせいでスラム街は活発化して死者も出ていますよ。責任問題になったら……まぁ俺には関係ないがな。王族としても冒険者ギルドとしても此処は譲れないだろうし非道いことにはなろうな」
「な、なんのことだ?」
「なんのことでしょうねえ?」
ニコニコ。
もちろんこのエリクシールは宝物庫からちょっぱった奴だ。
要するにエリクシールを安く仕入れるためにわざと下っ端に盗ませて回収。その責任を商人に押し付け、ついでギルドを使って架空のエリクシールを探索させる。あるいは二つ目のエリクシールが手に入れば御の字……か。
「ぐ」
「で、どうします? こっちを買収する気なら相応払う物を払って貰わないと」
「幾らでその口をふさげる?」
「無理だな。ここで悪事に荷担するとこっちの信用問題になる。そんな危険は侵せんよ。しっかりこの事情はギルドに報告させて貰う」
「では帰すわけにはいかんな」
「あら」
「やるか?」
燗とアルデバランの瞳が燃える。
「ちなみに言っておきますけど此処で戦うなら屋敷全損しますよ?」
「では貴様らが口を閉じれば良い」
「んー。気持ちは汲めますけどね」
コッチとしても荷担するわけにも行かず。
「じゃあアンジェールリカ。火を点けて」
「いいので~?」
「とにかく逃げないことには殺される」
「待て!」
むしろ貴族様が焦っていた。
俺はエリクシールの瓶を状況証拠として懐に入れ、応接室を出ようとする。
「ファイヤートーチ」
ボッとアンジェールリカの魔力が火に変わる。レベル相応の可愛らしい火だ。
「どうしましょう」
「焼いてくれるな!」
貴族様は完全に青ざめている。
「では出頭してくれますね?」
すでにエリクシール盗難の話は王都に広がっている。風説の流布にも該当しかける事態だ。
「わかった。そのエリクシールはくれてやる。ついでにクエスト達成分の報酬もやろう。だからクエスト失敗とギルドには報告してこの件は水に流してくれ。そっちの方が得る物は大きいはずだ」
「既に物騒な連中が集まり始めていますが?」
俺の索敵スキルが違和感を告げていた。
「くはぁ」
「あわわ~」
アルデバランは嬉しそうで、アンジェールリカは慌てている。
「此奴らを抹消しろ!」
戦力が整うと、号令を発する貴族様。
中略。
「ふむ。こんなところか」
俺は叩きのめされた傭兵私兵を眺めて茶を飲んでいた。ティーカップを持つ手とは逆の手には麻痺毒をエンチャントしたナイフ。それで一掃した。もちろんアルデバランの戦力も大きい。
「お兄さん強いじゃないか」
「人間相手ならまぁこれくらいはな。モンスターになるとまた話が違うんだが」
「さすがお師匠様です~」
「アンジェールリカも頑張ったね」
偉い偉いと頭を撫でる。じゃ、報酬を貰いに行きますか。