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勇者とドラゴンと足りない物


 魔界から無尽蔵に魔物が沸いて出る。それらに対処するのも勇者の役目だ。だが肝心の勇者は疲労を覚えていた。元よりペース配分に意識が割かれていなかった。目の前の有象無象を切り滅ぼすという観念のみで対処していたのだ。いつもならそれでいいはずだった。ちょっと前まではそのことに意識を向けることさえしなかった。そのことがブレイブには腹立たしい。まるで『アイツ』がいないことが足かせになっているような。


「いいや。いいや! そんなはずはない!」


 漆黒の剣で魔物を切り滅ぼす。ドラゴンの相手も初めてでは無い。だがその存在の圧力は今まで感じたこともなかった。ドラゴンの上位種……グレイトドラゴンと呼ばれる種族であることを彼は認識していない。そもそもそんなモンスターの評価は全て『アイツ』に任せきりだったから。だからドラゴンというだけで、ブレイブは剣の錆に変えるものとしか思っていなかった。


 そのドラゴンがブレスを吐く。


「かぁ!」


 剣速で風を生み、ポイズンブレスを切り裂いた。溢れた毒性は周囲に拡散して魔物を苦しめる。だがそんな敵の自滅作用より、ドラゴンの威力が段違いに脅威でもあった。


「なっ?」


 振る剣がドラゴンの鱗を切り裂けないのだ。全力で振っている自覚はある。だが、それ以上に竜の鱗は硬かった。こんな時助言が飛べばまだしも対処は容易だろう。だがその助言をいつもくれている『アイツ』はもう居ない。彼の方から追放したのだ。


「おい! サクリファイス! アポカリプス! 援護を!」


 不用意に命令が飛ぶ。実際に魔術の支援無しにこのドラゴンは倒せない。剣が通じない以上魔術に頼るしかない。そんな折り、サクリファイスの展開する結界内に別の人間が居た。二人の見知らぬ幼女を連れている『アイツ』だ。サクリファイスやアポカリプスも彼の立場に異を差し挟む様子はなく、普通に隣立っている。


「お前! テメェ! どの面下げて!」


「どうも」


「何故此処に居る!?」


「仕事」


 殊更『アイツ』は弁明をする気も無いらしい。戦闘中というのにブレイブの認識は負荷感情に沸騰しそうになる。


「とりあえず」


 本当にとりあえずなのだろう。それ以上の感情を『アイツ』は見せない。


「退け。そのドラゴンは手に余る」


「知った風な口をきくな!」


 特に考えが在ったわけではなく、単なる反発だけでブレイブは突出した。魔物の群れはドラゴンを恐れて近付かないが、そもそもそのドラゴンが難題だ。さっき誰の魔術か隕石が降ってきて魔物の群れを吹き飛ばしたが、あんな魔術が二度三度と撃てるはずがない。そこは正しくソロバンを弾いていた。


 ――あんな奴が俺様より役に立つはずがない。


 どこから溢れる感情かも分からず、ただ急き立てられるように憤慨する。


「サクリファイス! アポカリプス! 援護しろ!」


「やれと言われればやりますけどぉ」


「絶対は保障しないよ? お兄ちゃんは普通に撤退提唱してるし」


 その言葉そのものが不快だった。まるで勇者である自分より『アイツ』の言葉が正しいようなニュアンスが。


「アンチドート」


 毒ブレス対策だろう。抗毒魔術を白魔術師のサクリファイスがかける。


「ウィンドスライダー」


 対する黒魔術師は剣より鋭い風を生む。


「GYI――――――――ッ!」


 手立てとしては成功だ。黒魔術は一定の効果を上げた。


「ほう」


 サークル内で誰かの感心が聞こえる。


「ブレイブ。一端引かない? 王国兵だって出動してるんだし」


「ここで決着を付ける! 異論は認めん!」


 何が自分をそこまで駆り立てているのか。そこから不明だ。


「お前! 役に立たないんだから消えろ!」


「とは言っても仕事だしなぁ」


 ことさら勇者の意見を聞く気も無いらしい。そもそもパーティメンバーではないのだから命令を聞く義務もないが、そんなことすら一々彼の精神をささくれさせる。


「お前みたいな役立たずが戦場にいても迷惑なんだよ!」


「だろうな」


 本当は打算もある。『アイツ』の持つワンオフスキルなら状況の打開は可能だ。


 レベルダウナー。


 いくらグレイトドラゴンとは言え生命である以上、その強さはレベルに比例する。つまりレベル1までデバフできれば赤子の手を捻るより簡単だろう。無論そうするとドラゴンを倒した際の経験値やドロップアイテムまでレベル相応になってしまうのが問題だが、まず以て倒せなければ意味がないのだ。


「ああああぁぁぁっ!」


 サクリファイスやアポカリプスの魔術を並列しながら、ブレイブはドラゴンに襲いかかる。とにかく腹が立つ。『アイツ』がいないことがここまで劣悪な環境だと認めることが。


 そもそもサクリファイスやアポカリプスが彼に情動を向けることが気にくわなかった。あの二大魔術師を有しているのは自分だ。賞賛と憧憬を得られるのは勇者である自分だけなのだ。戦闘でも役に立たず、罠を解除するだけの寄生職。そんな奴が二人から情を向けられるという不条理。そんな物を認めるわけにはいかない。


 斬撃スキルを起動する。高レベルで覚えられる剣技だ。


 さっきの斬撃より尚鋭く、それは竜鱗を切り裂く。


 毒のブレスが代わりに吐かれた。


「サクリファイス!」


「分かってるけど!」


 無茶を言うな……とは口にしなかった。


 実際に前衛でドラゴンを相手にしているブレイブのフォローにだけ回るわけにはいかないのだ。とはいえさすがに勇者を死なせるわけにもいかないので抗毒魔術を掛ける。ほぼ同時にアポカリプスの質量魔術が飛ぶ。ことエネルギー関連の魔術はドラゴンスケイルの耐性が強い。


「ふむ。では吾輩が参ろうかの」


 サークル内にいる謎の幼女がポツリと零した。


 可愛らしい見た目に反し、その虹色の瞳はドラゴンを見て炯々とギラついている。そもそもにおいて『アイツ』と一緒に居る時点でブレイブにとっては否定の対象だ。


 ――そんな奴より勇者である俺様を讃えろ。


「フォローは要るか?」


「要らんじゃろ。そもそもここで露見させるにはお兄さんのスキルは重要度が高すぎる」


 なんのことかは分かる。レベルダウナーのデバフ効果について。それさえ在ればブレイブでもグレイトドラゴンに勝てる。だが意地でもそうは言えない。なのに謎の幼女はそのことを意にも介さず却下した。正気を疑うブレイブだが、彼女の認識が何を基準にしているのかも読み取れない。


「勇者よ。フォローは要るかや?」


「黙って見てろ!」


 叩きつけるように言葉を紡いでいた。


 元々勇者パーティに振られた仕事だ。『アイツ』のパーティが此処に居るのも気に食わず。ついで処理されると立つ瀬がない。


「きさんでは死ぬぞ?」


「俺様は勇者だぞ! こんなドラゴンの一頭や二頭!」


「勇者ね……」


「何か文句あるか!」


「まずもってきさんが何と戦っているのかも分からんのじゃ」


「ドラゴンだ!」


「どう見るお兄さん?」


「んー。意地で死なせるわけにもいかんし」


 そんな『アイツ』の零した言葉にさらに態度を硬化させる。


「お師匠様~。あのドラゴンヤバいですよ~」


「知ってる」


「どうするんですか~?」


「どうしようか……」


 どうにかする方法はある。ただブレイブのプライドを刺激しない方法が思い付かないわけで。こと勇者と言うだけで発言力はかなりのものだ。今ここでドラゴンを倒すことと、その後に待ち受ける面倒事を天秤にかけて、どちらがより難儀かは議論の余地がある。


「大丈夫か?」


「黙ってろ!」


 けんもほろろも良いところ。完全にこっちの意見には耳を貸さないらしい。


「しょうがない。行け」


「アイサー」


 ヒュンと風が鳴いた。


 その音が何を示したのか。


 認識するより早く、ドラゴンが仰け反った。アゴを強かに蹴られたのだと空中を跳躍して頭部の高度まで身を移した幼女の接近技術を認識できなかったのはブレイブとグレイトドラゴンが相応だ。唯一見切っているのはレベル的にも人知を超えた『アイツ』だけだったろう。


「うわ~。分かってたけど不条理~」


 アポカリプスほどではないがソレなりに優秀な黒魔術師の幼女が唖然としていた。


天歩テンポ


 さらに空中を踏みしめる。回転した幼女がドラゴンの首を骨ごと蹴り折った。


「GYI――――――――ッ!」


 その威力の過大さが、さっきまでの魔術の援護より強烈だと認めることがどうしても勇者には不可能だった。


「テメェ! 手を出すなっつってんだろ!」


「苦情は後で聞く。ここで死なれても寝覚めが悪い」


「お師匠様~。寝覚めが悪い程度なの~?」


 たしかに言葉の表現としては不適切ではあった。


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