新生レベル999
「転移完了~」
で、西の国境沿い。広がる平野の、其処に居るのはモンスターの群れ。空に穴が空いた異様な事態に俺は今更ながら郷愁を覚えていた。勇者パーティの頃は幾度か目にしたものだ。空間がひび割れて、そこからモンスターが溢れ出してくる異景。そこはすでに魔界の浸蝕を受けた亞空間だ。こっちの人界とは既に言えないレベル。魔物が跋扈し、魔素が濃密になり、魔法が自然法則を塗り替える。そこには人の営みが見て取れず、あらゆる人はモンスターにとっての殺害対象とされる無力な生け贄も同然。吠えるトロールや、呪殺するリッチが襲い来る悪夢は、きっとそれだけで人を絶望に叩き落とす。
「勇者連中は……」
指で丸を作り、そこから遠くを覗く。既に戦っていた。元々魔界にも文化は在るので、魔族とは話が通じるのだが、魔物はその限りでは無い。そんなモンスターマーチの中を突っ込んでいるブレイブの姿が見えた。相変わらず力の温存など考えてもいないハイペースだ。そう言うところが変わらないのは懐かしいが、ここだと普通に死にかねない。
「どうするじゃか、お兄さん。吾輩はいくらでもよいぞ?」
「じゃあまずはサク姉とポカと合流するか」
あっちも大概苦労しているようだ。白魔術師のサク姉が結界を構築し、黒魔術師のポカが攻撃で魔物を吹き散らしている。とはいえアストラルポイントにも限界はある。
「え? 限界あるじゃか?」
「レベル999については話してない」
ツッコんでしまう。実際に彼女の今のアストラルポイントは宮廷魔術師を総動員するよりよほど安定して魔力を供給できる。
そんなわけでサク姉の結界に近付く。
「よ」
「クリュちゃん」
「お兄ちゃん」
「儲かりまっか?」
「ぼちぼちかなぁ」
だいたいそんなところだろうな。
「何しに来たの?」
「ギルドマスターに頼まれた。ヘルゲートに対処しろと」
「お兄ちゃんが居れば百人力!」
「クリュちゃん戻ってくるの?」
「いや。アルデバランとアンジェールリカの試運転」
サラリと述べる。俺は毒ナイフを握って、粗雑に襲い来るモンスターを毒殺していた。
「カレングストフレア」
アンジェールリカの魔術爆発がモンスターの群れを叩く。
「お。レベル上がったな」
「お師匠様の背中を追いかけています!」
もちろん居るのは俺たちだけじゃない。国境の王国兵もこの戦に参加している。殆どノリは戦争なのだがそれは言わぬが花という物で。
「「「「「――――――――」」」」」
「「「「「――――――――」」」」」
「「「「「――――――――」」」」」
「「「「「――――――――」」」」」
「「「「「――――――――」」」」」
人間による魔界の駆逐が其処には在った。
で、問題のアルデバランは、
「ふうむ」
悩ましげに襲ってきたオーガを見やり、丸太より太い筋肉の腕で薙ぎ払われようとして、それをあっさり受けて止める。
「――――――――ッ?」
さすがに謎幼女が渾身の一撃を止めるとは予想外だったのだろう。だがアルデバランの筋力値はすでに人外の領域に到達している。
「ドン」
呟いて正拳突きを放つと、オーガが弾き飛ばされ、空気の壁にぶつかって焼失した。大気による摩擦熱で燃え尽きたのだ。
「え?」
「は?」
サク姉とポカもポカンだ。気持ちは分かるがコイツにツッコむのは既に俺には諦観の領域。レベルを確認するようにアルデバランは拳を握り、七色の瞳を燗と燃やす。拳が走る。蹴りが閃く。ほぼ素手で魔界直産の魔物を屠るコイツが何なのかはどっちかってーと哲学の領域に属する。
「何者?」
「パーティメンバー。特攻隊長だな」
そんなことを言っていると、
「――――――――」
ドラゴンボイスが響いた。
お、ドラゴンまでコッチに来ていたのか。
「ブレイブ大丈夫かね?」
「死んでいいけどね」
「うん。いいねぇ」
案外あっさりしてるなサク姉とポカ。
「で、吾輩はどうしろと?」
トロールを足払いして高い身長を転ばせる。そしてその落ちてきた頭部にサッカーボールキックを見舞って殺す。
「適当に暴れて良いぞ。どうせ勇者の仕事は横から干渉できないし」
サク姉とポカの魔術も飛ぶ。なんとか異界の一歩手前で維持されているのも彼女らの功績も大きいだろう。アンジェールリカの魔術もそこそこ通用している。
「SYA――――――――!」
襲い来る魔物に、俺は毒ナイフだけで処理する。俊敏値は完全に人外なので、それこそ同じ速度を持ってこないと俺を捉えることも出来ないだろう。瞬く間にこっちの受け持つフィールドの敵は減っていった。そうするとサク姉とポカがブレイブの尻ぬぐいも出来るようになり。
「コメットストライク!」
隕石が降ってドラゴンに突き刺さる。やっぱり攻撃魔術だけなら随一だなポカ。
「ああ。そう言うので良いのじゃのぅ」
で、何かを納得しているバトルマスター……アルデバランは呪文を唱える。
「フォーリンメテオ」
「は!?」
隕石が雨のように降ってきた。
「ちょちょちょ!」
ズガン! ドカン! チュドン!
国境沿いの平野に無数のクレーターが出来、瞬く間に敵が削られていく。
「こんなところじゃの」
殆ど決着も同然。とはいえ魔界の門はまだ開いているのだが。
「誰だ! さっきの魔術!」
黙秘で。
「はっはぁ! 勇者の前には魔界の門恐るるにたりず! いくらでも掛かってこい」
それフラグって言うんだぞ。
口にするとこっちも不安になるので静観したが、正にソレはフラグだった。
「GUA――――――――ッ!」
ドラゴンの咆吼が再度響きわたる。
「グレイトドラゴン……」
ドラゴンの上位種。しかもアレはブレスが毒だ。多分ソイツ一匹で歩兵一個大隊が滅びるレベル。脅威度S級の個体だ。
「さあ行くぞ! 俺様にとってドラゴンなにするものぞ!」
死ぬ気かな?
迂遠的な自殺の線も考えたが、アイツに限ってソレは無いだろう。
「仮にアルデバランならどうする?」
「拳一発で仕留められるんじゃの」
デスヨネー。
「お兄ちゃん。こっち何者?」
「パーティメンバー。色々と人間止めてる感じ」
「失敬な」
「そんなアルデバランが好きだ」
「いやん。お兄さんのエッチ」
「エッチなことしたの!?」
「してない」
そこは名誉として言わせて貰う。
ところで勇者って大丈夫なんでしょうか?
「ガァァァ!」
毒のブレスを受けつつ斬りかかる。
フォローすべきか。サポート要員としては性質が疼く。俺は既に勇者パーティではないのに。でも実際息継ぎを無視して特攻するクセは何とかして貰いたい物だ。俺が勇者パーティだった頃はこっちでペースの面倒も見ていたが、今にして思うとよく死んでいないよなブレイブ。
「真っ正面から切り伏せる」
以外に戦い方を知らないのだ。
「どうしたものか」
「気が逸るじゃか?」
「まぁな」
「お師匠様を追い出した無能勇者にかかずらうことはありません~」
「まぁな」
「クリュちゃん優しいね」
「お兄ちゃんだから」
サク姉とポカも何処かほっこりしていた。
…………何故よ?