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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

隠れんぼ

作者: 小城

chapter1

 人と人の間には壁が存在する。「深淵を覗こうとすれば深淵もまたこちらを覗こうとしてくる。」とニーチェは言う。壁の向こう側へ行こうとすれば、壁の向こう側にいる者もまた、こちら側へ来ようとするだろう。

 松葉五月まつばさつき。看護学校に通う女性である。ある日、彼女は駅に向かう途中、道路の脇で、見知らぬおばあさんが、腰を屈めて座っているのを見た。周りの人は気づいていないのか、誰もおばあさんを気にかけようとはしなかった。

「大丈夫ですか?」

松葉五月はおばあさんに近寄っていった。

 電車が走っていった。しかし、その電車に松葉五月は乗っていなかった。おばあさんの介抱をしていて乗り遅れたわけではない。松葉五月という人間をそれから見た者はいない。

 ただ、ある人は道路の途中で、急に現れたおばあさんに驚いたという。そのおばあさんは何もないところから気づいたら隣にいたような気がした。

「(隣にいたのは、おばあさんだっただろうか…?)」

その人の隣にはおばあさんではなく、他の誰かがいたような気がしていたが、やがて、その感覚も消えていった。他の誰かが消えて、代わりにおばあさんが現れたような感覚。

 壁の向こう側には、今も誰かが気づいてくれるのを

待ちながら、松葉五月が隠れている。

「もういいかい。」

「まあだだよ。」

 

chapter2

「ひとりかくれんぼ」というものがある。ぬいぐるみを使ってかくれんぼをすると怪奇現象が起こるという都市伝説である。

理将悟りしょうさとる。大学生。彼は、動画配信の撮影で、ある廃屋を尋ねた。その廃屋は二階建ての平屋。昔、家主の男性が一人で暮らしていたが、行方不明になった。家主の男性は深夜、ひとりかくれんぼをしていて、そのまま行方不明になったという噂があった。家の中にはまだ、そのときに使われたぬいぐるみが残っているという。理将悟は撮影でそのぬいぐるみを見つけようと企画していた。しかし、実際はやらせである。理将悟の友人のKが事前に風呂場にぬいぐるみを置いておき、隠れて、怪奇現象を引き起こし、ぬいぐるみを見つけた理将悟が、「これ、やばいって…!」といいながら、逃走するという段取りだった。

「準備OK?」

理将悟が友人Kにメッセージを送るとKから

「もういいよ。」

という返信があった。理将悟は撮影を開始しながら廃屋に入っていった。

玄関先には長靴や靴が残っている。廊下は草や葉が落ちている。

「風呂場どこかな…?」

小声で廊下を歩いていく。撮影時間は30分から1時間を予定していた。しかし、家の中をウロウロしても、予定していた怪奇現象が起こらないので、理将悟は風呂場へ行くことにした。

「(Kは何やってんだ…?)」

風呂場と思しき戸を開けた。そこには洗面台に水が張られていて、その水の中に人形が浸かっていた。

「あれ…。(ぬいぐるみじゃなかったか…?)」

洗面台の水はやけに古汚れていた。

「ガシャーン」

と音がした。浴室に誰かいるようだった。

「(もしかして、Kのやつ、俺にドッキリを仕掛けているんじゃないか…。)」

そう思いつつも、恐る恐る浴室の扉を開けた。

「あなた…?誰ですか…。」

そこにいたのは、Kではなく中年の男性だった。

「やばい!やばい!やばい!…。」

理将悟はこれはいけないと瞬時に悟った。そして、その場から逃げた。車に乗り、そのまま、廃屋から立ち去った。離れたところで車を止めて、Kにメッセージを送った。

「やばい。すぐ逃げろ。」

送信ボタンを押した瞬間に、既読が着いた。そして、返信があった。

「まあだだよ。」

理将悟はその日、他の友人の所に泊めてもらったという。翌日、すべてがKのドッキリだったのではないかと思い、Kに電話をしてみたが出ることはなかった。他の友人にメッセージを送ってもらっても既読がつくことはなかった。その後、Kの姿を見た者はいない。


chapter3

 小さい頃、友だちの男の子と二人だけで、かくれんぼをしていた記憶がある。二人だけのかくれんぼなんて、何がおもしろかったのだろうかと思うが、その頃は日が暮れるまで、いっしょに遊んでいた記憶がある。

「(あの子、なんていう名前だったかな…。)」

確か、ある日、その男の子は

「明日からはもう一緒に遊べないんだ。」

と言っていなくなっていったように思う。

週末の金曜日、所内しょないつばめは、一人でビールを飲みながらつまみを食べていると、ふと思い出すことがあった。所内つばめは都内に勤める会社員である。アラフォーの独身であった。同僚たちは結婚する者は結婚し、結婚しない者は海外旅行や留学をしていた。

「私はいいよ。」

所内つばめは国内派であった。たまに有給消化で休みを取り国内旅行に行く。

「(うちの会社ブラック企業でもないしな。)」

揺られて行く電車の中でビールを飲みながら思う。特に行きたい所もなかったが、たどり着いた先は山間の温泉宿だった。

「こんにちは。」

フロントで受け付けを済ませて、部屋に荷物を置いた。

「はあ…。」

大きなため息が出た。なんのため息なのかは分からなかった。

 温泉街に出た。辺りには観光客の姿がちらほらと見える。

「うーん。(退屈。)」

会社の同僚にお土産は買っていくつもりだが、買うのにはまだ早い。

『展望台→』

と書いてある看板が見えた。所内つばめはその階段を登って行った。100段くらいの階段を登ると、山の上の展望台に出た。

「いい景色だなあ。」

眼下には山間部の町並みと流れる川々が広がっていた。この町に住む人々は昔からこの土地とともに生きてきたのだろうという感じがした。

「(そんなの幻想なんだろうけどね…。)」

所内つばめはこの山間部の町の出身だった。今では観光地になってはいるが、小さい頃は、それほど観光業で売り出していたわけではなく、本当に小さな静かな町だった。そんな町が嫌で所内つばめも、高校を卒業すると同時に都会へ出た。

「はあぁ…。(なんか疲れちゃったな。)」

展望台を降りていくと、途中で分かれ道がある。その道をなぜか所内つばめはもと来た道とは違う方向の道へと進んでいった。

「(なんか懐かしいな、ここ。)」

道を抜けた先は小さい頃に遊んだ公園に繋がっていた。

「あっ…。ここ見覚えある。」

二人分のブランコ、ライオンの形をした乗り物、みんなで乗ってクルクル回す遊具。どれも皆、昔、遊んだものだった。

「あの子、なんていう名前だったかな…。」

「遊ぼーよ。」

「えっ?」

振り向くと男の子が一人立っていた。

「あなた…。」

「一緒に遊ぼ。」

男の子は手を引っ張って行った。

「かくれんぼしよ。」

「二人で?」

「うん。僕が隠れるね。」

そういうと男の子は走って行った。所内つばめは小さく屈んで目を伏せた。

「いち、に、さん…。(そういえば昔もこうして遊んでたな…。)」

「きゅうじゅはち、きゅうじゅきゅ、ひゃく。」

辺りを探す。遊具の陰、木の上、倉庫の後ろ。

「見つけた。」

男の子は倉庫の後ろに隠れていた。

「じゃあ。次は僕が鬼ね。いち、に…。」

所内つばめは遊具の後ろに隠れた。

「きゅうじゅきゅ、ひゃく。」

遊具の後ろで男の子の様子を見ながら姿を隠す。

「懐かしいなあ…。」

所内つばめの心は、ここ何十年も感じたことがない憧憬に浸されていた。それはいつのまにか無くしてしまっていた感覚だった。

「見つけた。」

いつのまにか、辺りは暗くなっていた。

「じゃあ。もうおしまい。ごめんね。明日からはもう一緒に遊べないんだ。」

そう言って、男の子は公園の入り口から去って行こうとした。

「待って…。」

所内つばめは男の子の手をつかんだ。

「まだ、帰りたくない。」

男の子はニコッと笑った。

「じゃあ。最期にもう一回だけね。また僕が鬼だよ。いち、に、さん…。」

所内つばめは急いで隠れた。それは何からのかくれんぼだったのだろうか。終わり往く憧憬と迫り来る日常。それらから隠れるように所内つばめは辺りを見回して、誰にも見つからないようなところに隠れた。

「もういいかい。」

「まあだだよ。」


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