婚約破棄されたのでキノコになってみた
私、フローレシア・カルティエラは、繊維製品の製造販売で社会的地位を得た家の一人娘。
しかし、ただ家が少しお金を得ただけで、私自身に何ら特別なものがあるわけではない。
容姿も並。幸い五体満足ではあるのだけれど、美女ともてはやされるような容姿を持っているわけではない。世の人たちからは普通と言われるような外見の女だ。
かといって性格が素晴らしいかというとそうでもない。迷惑をかけないよう努めてはいるが、私も人間だから当然完璧ではない。聖人でもないし。なるべく他者に害を与えないように、とは考えてはいるけれど、もちろん欠けている部分もあると思う。
そんな私だから、あっという間に婚約破棄されてしまった。
婚約者は父の知り合いの息子。世話になっている取引先の人の子で次男。何でも、向こうの親が「子どもを婚約させないか」と提案してきたらしい。そんなことで、私は彼と婚約したのだが、好きにはなってもらえなくて。理不尽に婚約破棄を告げられてしまった。
婚約破棄を告げられた日、私は衝動的に家を飛び出した。
すべてが悲しく感じられたのだ。
必要とされていない、と強く感じ、自分の生存している意味を見つけられなくなってしまって。飛び出した勢いのまま近所の崖へ行き、身を投げた。
しかし死ななかった。
正しくは、助けられてしまって死に損なった、かもしれない。
崖の辺りに建てた小さな小屋に住んでいる魔法使いに救助されてしまっていた。気がつくと彼の家のベッドに寝ていた。彼が言うには、崖の近くを通っている時に偶々私が降ってきたらしい。
私は彼に感謝を述べてから経緯を説明。
彼は「しばらくここにいてもいい」と言ってくれた。
家に帰っても希望があるわけではない。帰られたからといって救われるわけではないし、慰められたとしても余計辛くなるだけ。それなら、もういっそ、無関係なところで暮らす方が楽だ。ここでならきっと過剰に気を遣われることもない。
考えた結果、私は魔法使いと暮らすことにした。
それからの毎日は充実していた。魔法使いと二人きりの生活にはすぐには慣れなかったけれど、日が経つにつれ段々慣れて、そのうち楽しめるようになってきた。
特に楽しかったのは、彼の魔法実験に協力すること。
彼は魔法でキノコを作る実験に取り組んでいる最中だったらしく、私はそれに協力。実験体としてこの身を貸した。助けてもらった礼も兼ねて。一時的にキノコになってしまうが、健康被害があるわけではないので、問題はなかった。
「あの時……助けてくださってありがとうございました」
「いいよいいよ、気にしないで」
魔法使いの彼は人々からは離れたところに住んでいるが人間が極度に嫌いというわけではない。人間と関わることが好き、というわけではないが。私にはそこそこ喋ってくれる。
「こちらこそ、協力してもらって助かってるよ。これからもたくさんキノコになってね」
「はい!」
その後耳にした噂によると、私は死んだことになったらしい。
私の両親は「理不尽な婚約破棄で娘を失った」と主張し、元婚約者と戦い、最終的に大量のお金をもぎ取ったそうだ。
多額の支払いを求められたことで元婚約者の実家は資産をほとんど失うこととなったらしい。お金以外の資産も、その多くを売り払わなくてはならないこととなったとか。そんな資金状況だから事業もすんなりは進められなくなり、結局、彼の父親は事業をやめたそうだ。
元婚約者の彼は、婚約破棄うんぬんの後も、以前から親しかった女性と交流していたとか。
私が婚約破棄を突きつけられたのは多分彼女がいたからなのだろう。
正直、最初に断ってくれれば、と思わずにはいられない。だってそうではないか。大切な異性がいるなら、なぜ私との婚約を一度は受け入れたのか。理解不能ではないか。最初から話に乗らなければお互いこんな風にはならずに済んだのだ。
もっとも、私は魔法使いの彼と出会えたから、最終的には大損はしていないのだけれど。
◆終わり◆




