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契約と名前

「ギ……」


温かいものに包まれているのを感じながら、俺はゆっくりと意識を取り戻し始めた。

俺は一体どうなったんだ……?

疑問に思いながらも、意識が覚醒し始めたからか、視界もはっきりとし始める。

まず目に映ったのは先ほどいた木々が生い茂る森の中ではなく、タンスやクローゼットやベッドがある少しボロボロな部屋だ。

これを見るからに、俺は誰かに拾われたのだろうか?

不思議に思いながら、体を動かそうとすると、体に違和感を感じる。

思えば、怪我してたんだっけか?

それを思い出した俺は自身の体へと視線を向けると、体に少し形が崩れているが、包帯を巻いてくれているのが目に入る。

慣れないながらも、一生懸命巻いてくれたのかもしれない。

痛みがないのを見る限り、結構な時間眠っていたのか?


俺を助けてくれた人に感謝したいところだが、一つだけ疑問がある。

人間としてならともかく、魔物である俺を助けるなんて一体誰が……?


そう考えていると、扉が音を立てる。

そちらへと視線を向けると、そこから入ってきたのは水が入っているであろうバケツを重そうに持ちながらも、入ってくる黒髪を肩で短く切り揃えている少女。

手入れがされてないのか、髪は少しボサボサで、痛んでいる様にも見える。


「……あ、目が覚めたんだね!」


少女はバケツを置いて、パタパタと言った方がよさそうな小走りでこちらに近づいてきた。

見た感じ、14くらいの少女だろう彼女は笑顔で覗き込んでくる。


「森の中でボロボロで倒れていたのは驚いたけど、何とかなってよかったよ。これもベルさんのおかげだね」

「ギギ……」


助けてくれてありがとう、と言おうとして、声を止める。

思えば、今の俺は人ではないために、言葉を話すことができない。

言葉を紡いだとしても、今の俺では鳴き声で終わってしまう。

だけど……それでも、元人として、お礼を言わなければならないだろう。


「ギギギ、ギギギギギギ(助けてくれて、ありがとう)」

「……もしかして、ありがとうって言ったのかな? それなら、どういたしまして」


通じた。

いや、この状況から俺が言いたいことが予想できたからこその返答だろう。

それでも、この子に話が通じた様で、嬉しく思えてきてしまう。

立ち上がろうとした瞬間、少女は俺の体にそっと触れる。


「まだ起き上がっちゃダメだよ? ベルさんに診てもらったとは言っても、酷い怪我だったんだから。安静にしなきゃ」


て、天使や……!


可愛らしく微笑みかけてきた少女にそう思ってしまった。

髪が少しボサボサになっているためにわからないが、しっかりとすれば、美少女に違いないぞ、この子。


少女は俺が立ち上がるのをやめたのを確認したからか、先ほど置いたバケツを取って戻ってきて、座り込む。

バケツの縁に引っ掛けてあった白いタオルをその水につけて、よく絞ってから、こちらへと向き直る。


「じっとしててね」


包帯を外した彼女は濡らしたタオルで、体を拭いてくれる。

水のひんやりとした冷たさを感じながら、優しく撫でる様に拭いてくれる感覚に気持ちよさを感じていた。

アレかな、人から撫でられた犬とか、こういう感覚だったのかな?


「もう傷が塞がってる。やっぱり、虫系統の魔物だからかな。回復力が高いね」

「ギギ?」


言われて見てみれば、確かに傷らしきものは見当たらない。

血が噴き出していたハズの傷口は既に塞がっているのが見えた。

どれくらい経ったかはわからないが、彼女の言う通りだとするなら、虫系の魔物である俺はどうやら回復力が高い様だ。

また一つ、能力がわかって嬉しい限りだ。

そう考えている内に少女は体を拭き終えて、笑みを浮かべる。


「そこまで回復してるなら、もう包帯は大丈夫かな。グラスホッパーさん、飛び回ったりできるかな?」


グラスホッパー、ねぇ。

まさか、魔物名までわかってしまうとは思わなかった。


とりあえず、聞かれたからには問題ないと言うことを見せないと。

俺は立ち上がってみせ、痛みが引いた体で元気に少女の周りを飛び跳ねてみせる。

その姿を確認したからか、嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「元気になってよかった。最初見つけた時は助かるか不安で……。助けられなかったらどうしようかと思ってたんだ」


魔物である俺に対してそんなことを思ってくれるなんて……!

なんて良い子なんだ。


そんなことを思っていると、少女は俺を見て、何か悩むように俯いたり、飛び跳ねる俺を見たりを繰り返す。

そして、意を決したのか、真剣な表情で俺を見てくる。


「あ、あのね! ホッパーさん、止まってボクの話を聞いてほしいんだけど!」

「ギ?」


話? 一体何だろうか?

少女の声に反応して飛び跳ねるのをやめて、少女と向きあい、目を合わせる。


「あのね、その……ホッパーさん、貴方が良ければなんだけど……ボクのパートナーになってほしいんだけど!」

「……ギ?」


どういうことだってばよ? って、思わず言いたくなる様ないきなりな発言。

パートナーになってほしいって、一体全体どういうこと?

これからの生涯を支え合うパートナー……いや、これはないな。

人間の時ならともかく、今俺魔物だし。

いや、そもそも人間だとしても、年齢的にアウトになるんだけどさ。

となると、考えられるものは……ファンタジーとかでたまに見る魔物使いだったり?


俺が理解できていないと言うことがわかったのか、少女は慌てて口を開く。


「あ、こんなこと急に言われてもわからないよね。あのね、ボクの家系は『魔物使い』の家系なんだ。兄さんたちも、父さんや母さん、お爺ちゃんやお婆ちゃんも『魔物使い』でね……魔物や魔族を仲間にしてるんだけど」


魔族か。

この世界ではどういう立ち位置でいたりするのだろうか?

小説とか、ゲームとか、作品によっては世界の敵だったり、世界に存在する種族の一つだったりと色々だけど。


それにしても、この子……自分の家族が魔物や魔族を使役していることを言おうとした時、言いにくそうにしていたな。

いや、仲間と言っている感じからして、使役しているとは言いたくないって感じかな?

なんだか、訳アリっぽい家族みたいだが、そこは後にしよう。

少女の顔が少しずつ暗くなっていくのを見て、俺は少女の周りを飛び跳ねる。

これで励ましになるかどうかはわからないが、俺が元気だと言うことを見せて、少しでも元気になってもらわないと。


周りを飛び跳ねる俺を見て、少女は少しずつ笑顔を取り戻す。

それを確認してから、少女の前で止まる。


「もしかして、ボクを元気づけてくれたの?」

「ギ! ギ!」

「ありがとう、ホッパーさん」


うんうんと頷く様に顔、というより体を縦に振る。

バッタだから、首と呼べるような部分がないから、顔だけを縦に振るっていうのは無理なんだよな~。


「えっと、話の続きだよね。それで、ボクね、未だに一匹も魔物を契約できていなくて。貴方に出会うまでも何度か挑戦したんだよ? 貴方を見つけた森でね。だけど、どれも失敗で、逆に食べられかけたりもしたんだ」


そんな目に遭ってるのに、テイムするために森に入るなんて、なかなか度胸があると言うか、なんというか。

根性があるんだろうな、っていうのはわかるな。


「それで父さんや兄さんたちから……ううん、これは関係ないかな」


何か言おうとした様だが、少女は言うのをやめてしまう。

うん、これ家族と何かあるっていうことで間違いなさそうだぞ。

後にしようとか思ったけど、訳アリなの間違いなしだぞ、これ。

まぁ、少女が関係ないと言っているのだから、今は気にしないでおこう。

今は、だけど。


「ここまで言った通り、ボクのパートナーになってほしいっていうのは、ボクの初めての仲間になってほしいんだ! ううん、友達に!」

「ギ……」


友達に、だと?

こういうのもアレだが、俺は元が人間だから、そういわれたらなると言うだろう。

だって、この子いい子だし。


だが、魔物に対してはどうだろうか?

この世界の魔物がどれほどの存在かは知らないが、犬や猫の様な感じとは違うのは確かなハズだ。

例えるならば熊や虎の様なものだろう。

そんな魔物たちに対し、私と友達になってください、とか言った日には……うん、やばいな。

向こう側からすれば、丸腰で無防備な餌が来たのと変わりないだろう。

間違いなく、ご馳走が歩いてやってきた様なものだ。

自殺行為だと言われても、納得が行ってしまう。


もし、ここでこの子の提案を断ったら……うん、未来が見えてきた気がするぞ。

まぁ、そもそも断る理由もないので、そんなことにはならないハズだ、多分。

彼女は命の恩人でもあるし、提案を飲めば、少なくともあの危険な自然界にいるよりかは安全な生活が保障されるだろう。

まぁ、少なくとも……だけど。

なんか訳アリな家族だから何かありそうだし、『魔物使い』だから、探索に一緒に出る時もあるだろうから、その時は俺が戦わないといけないだろうしね。

……う~ん、断る理由はないと考えたけど、その時は彼女を守れるのか不安になってきたけど、どうしようかな。


ある程度の安全と何かが起こりそうな場所か、自然界の厳しさか、考え込み始めると、彼女が不安そうに俺を見つめてくる。


「やっぱり……ダメ、かな?」

「ギ……!」


悲しそうな声に反応し、何か言おうとした時、彼女の両目が不安から来るものなのか、少し涙目になっていた。

……良心が痛むって、こういう感じなのかな。

そんなことを思いながら、不安げな彼女の手に俺は前足をそっと置く。

俺の行動にハッとしてか、涙が溜め込まれていたであろう、彼女は目を大きく見開いて、こちらを見てくる。


「もしかして、友達に……なってくれるの?」

「ギギ」


うん、と俺は再び体を縦に振ることで肯定してみせる。

それが嬉しかったのか、溜め込まれていた涙は嬉しさとなって溢れ出し、思いっきり抱き着いてくる。


「ありがとう、ホッパーさん! ボク、貴方のこと大事にするから! だから、ボクと契約してくれる?」

「ギギギ! (もちろん!)」


うん、これでいいんだよな。

彼女は命の恩人なんだから、これくらいの恩返しはして当たり前だよな。

そう思いながら、彼女は涙を流しながら、俺を抱えたまま向き合う形をとる。


「それじゃ、名前を与えないとね。首輪……はいらないよね。ボクの自由だし。友達なら必要ないよね」


やっぱり、ペットみたいなもんだからつけなきゃいけないのだろうか、本来は。

でも、そうなると魔族に対してもつけていることになるけど……ん?

不思議に思っている間に、彼女は名前が思いついたのか、少し考える素振りから閃いたと言う様な顔をした後、笑顔で俺を見てくる。


「貴方に名前をつけるね。元気に飛び跳ねるのが印象的だったから、貴方の名前は今日から『ピョン』! ピョンちゃんだよ!」

「ギギ……!? (マジ……!?)」


ちょっと待ってください、これからのマスター様?

生涯使うであろう名前をそんな理由でつけるの!?

いや、人間とは違うだろうからいいんだろうけど、もうちょっとマシな名前を!


「あ、ボクの名前も教えておかないと。ベルさんはそれで真の契約が結べるとか言ってたし。ピョンちゃん、ボクの名前はアリシア。『アリシア・クリムッド』だよ」


その時、俺と少女———アリシアの足元に魔法陣が展開され、彼女とのラインというべきだろうか?

契約したと言う様な繋がりを感じ取った。

それをアリシアも感じ取ったのだろう、花が咲いたかの様な可愛らしい満面の笑みを浮かべる。


「今日からよろしくね、ピョンちゃん!」


今日から俺は飛梶 翔太改め、アリシアに仕える? いや、友達のバッタの魔物、名はピョンとなった。

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