初戦闘
何故にバッタ……?
いや、ランダムとは言っていたが、まさかバッタになるなんて誰が予想していただろうか?
先ほど思わず叫んでしまったが、よく聞けば声じゃなくて、ギギギ! という鳴き声に聞こえた気がしたんだけど。
ちょっと……脳内変換せずに声を出してみよう。
「ギギギ……」
気のせいじゃなかったよ!
本当に喋れないよ。
いや、まぁ、魔物になってしまったんだから当たり前かもしれないけどさ。
とはいえ、バッタか……。
見た感じ、トノサマバッタに近いかな?
さて、虫型の魔物になってしまったわけだが、このバッタ、どれほど強いんだ?
いくらモチーフがバッタだとしても、魔物だ。
それなりに強い可能性だってある。
なんて言ったって、バッタだからな。
脚力はかなりのものだと俺は睨んでいるぜ。
「ギギギ、ギギ(とは言っても、どういう魔物なのかわからない限りはな)」
とりあえず、跳ねてみるか?
そう考えた俺は、その場で円を描く様に軽く跳ねまわってみる。
ふむ、バッタなだけに跳ねまわるのには問題なし。
しかも、足の感覚からして、上に跳び上がるのも軽々といけそうだ。
人間からバッタになったから、動くのには苦戦するかな? と思ったが、予想よりも動ける。
問題はないな。
後は、ジャンプすればどれほどの高さが出るかはわからないので、確かめてみる必要はある。
周りの木々はぱっと見、五メートルくらいはあるだろう。
それを目印にして、どれほど跳んだかを測定すればいいだろう。
魔物だから、これくらいは余裕だったりしてね。
早速、跳んでみようと思ったときだ。
近くの草むらがガサガサ! と揺れたのに気付き、跳ぶのを中断して、素早くそちらへと視線を向ける。
まさか……早速別の魔物とエンカウント?
どんな身体能力をしているか確かめ切る前に?
変に強いのじゃなければいいが……。
そうやって、警戒していると、草むらの中から姿を現したのは丸い水の魔物———恐らくスライムが姿を現した。
「ギギギ(スライム?)」
言葉になってない声を上げながらも、ちょうどいいと考える。
スライムは基本、こういうファンタジー世界では序盤の魔物として出てくるものだ。
最初に戦う敵として、申し分ないかもしれない。
それにこう言っちゃなんだが、最弱の魔物としても有名だしな。
さてと、できることと言えば、魔法……は無理かな。
使い方がわからないんだから、使えるハズがない。
となると、物理攻撃となるのだが、これまた体当たりか……やるのは難しいかもしれないが、後ろ脚で蹴る、後ろ蹴りくらいだろう。
とはいえ、相手はスライムだ。
体当たりだけでも十分に違いない。
「!」
スライムも俺の存在を認知した様で、俺を捕食しようとしているのだろう、こちらへ向かってくる。
これは好都合だ。
この体、どれほどの力なのか、試させてもらうぜ!
「ギギギ! (くらえ!)」
勢いよく前にジャンプすることで、スピードのある体当たりを放つ。
そうして、スライムとの間合いを一瞬でつめ、体当たりを叩き込んで、吹き飛ばす―――ことはなく、スライムの持つ弾力ある体によって弾き返され、俺は地面を転がる。
……アレ?
お、おかしいなぁ。
今、確かにスライムに体当たりを叩き込んだハズなんだけど……弾き返された?
というより、この世界のスライム、弾力が凄かったけど……え?
まさかとは思うけど……まさかだよね?
俺は嫌な予感を感じつつも、もう一度後ろ脚に力を入れて、前へと飛び出し、再び体当たりを仕掛ける。
再びスライムとの間合いは一瞬で縮まり、そのまま激突。
だが、スライムが吹き飛ばされるわけではなく、俺の体の方が少しスライムの体に沈んでから、弾き返される。
それも先ほどよりも強い反動で。
そりゃ、最初の体当たりよりも威力があるんだから、弾き返される力も強くなるのは当たり前だけど……えぇ。
「ギエッ!? (ぐえっ!?)」
そんなことを考えている間に弾き飛ばされた体は木に激突する。
しかも、今体からメキメキ! とか、嫌な音が聞こえたんだけど。
嫌な音が聞こえたっていうか、凄く痛い……。
え? 魔物なのに耐久力も低くない?
人間の体より少し丈夫程度じゃない?
いや、それよりも一つわかったことがある。
俺……スライムより弱いかもしれん。
スライム自体が打撃系に強い可能性があるかもしれないけど……いや、あるから俺の攻撃は弾き返されるわけで。
俺の攻撃手段は体当たり、後ろ蹴りのみ―――もれなく二つとも打撃系だ。
となると、やることはただ一つ。
「ギギッ! (逃げる!)」
勝てない相手にずっと挑むほど、俺はバカじゃない。
とりあえず、今考えることは生き残ること。
スライムに勝てない時点で、生き抜くのは絶望的とは言えるだろう。
だからと言って、自暴自棄になるつもりもない。
神々の都合によって、勝手に殺されて、異世界に送られて、即死亡なんてゴメンだ。
スライムのあの時の動きを考える限り、速度では俺の方が上だ。
なら、今すぐにでも、この場を離脱する。
俺はすぐさま、スライムに背を見せて、跳ぼうとした時だ。
「グルル……!」
逃げようとした方向から姿を現したのは一匹の黒い犬。
いや、犬と言っても、可愛げのあるようなものじゃない。
犬の様な姿をした黒い何か、だ。
どんな魔物かは知らないが、この黒犬は明らかにやばい。
まず、俺より上なのは間違いない。
どうしたものか、と後ろへと下がろうとした時だ。
「ガァ!」
黒犬がこちら目掛けて口を大きく開けて飛びついてきた。
すぐさま俺は横へとジャンプすることで回避。
そのまま黒犬は俺を追いかけようとしていたスライムへと噛みつく。
噛みつかれたスライム自身は知性がないからか、抵抗する素振りは見せず、黒犬が顔を上へと向けると、スライムを一飲みしてしまう。
幾ら物理に強い耐性を持つスライムでも、捕食されれば関係ないっていうことか……。
アレ? そうなるとスライムより俺の方が少し大きかったんだから、食えばよかったのでは?
いや、でも、不思議と食おうと言う気は起きなかったんだが……魔物を食うと言うことに抵抗感があるからか?
そりゃ、元々は魔物がいない世界に暮らしていたのだから、当たり前の話だけど……それだけじゃない様な気もする。
そんな思考をしている時に、聞こえてきた地面を踏む音。
それによって、意識は現実へと引き戻され、すぐさま黒犬へと視線を向ける。
涎をダラダラと流しながら、俺を見てきている。
スライムを食ったからと言って、俺が食われないと言う保証はなかったね。
それにスライムって、体が水で出来てそうだから、食ったとしても、水を呑んだと変わらないんだろうな。
なんて、悠長に考えている場合じゃない。
あのスピードを見る限り、逃げ切るのは不可能。
となると、やることはただ一つ。
生きるか死ぬか、自然の掟……弱肉強食。
なら、やるしかない。
すぐさま足に力を入れ、いつでも跳ね回ることができる準備を整える。
その瞬間、黒犬が走り出す。
俺とアイツとの距離はたった二、三メートル。
その程度の間合いなど、黒犬は一瞬で詰めてくる。
間合いを詰めた黒犬は前足を振り下ろし、俺を押し潰そうとしてくる。
俺はすぐに横に跳ぶことによって回避し、木の方へと勢いよく突っ込んでいく。
攻撃を避けられた黒犬本人はかわされるとは思っていなかったからか、少し驚いた様な感じで目を見開いている。
何故、この程度で驚かれるのかはわからないが、俺はすぐさま体勢を整えて、足を木の方へと向ける。
木へと足がつくと同時に跳び、黒犬の横腹に体当たりを叩き込む。
体当たりを叩き込まれた黒犬は少し怯んだ様子を見せる。
よし、このまま連続で体当たりを叩き込んで……!
「ガァ!」
そこまで考えていた瞬間、顔面に衝撃が走り、吹き飛ばされる。
一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、チラッと視界に見えたもの。
それは黒い毛で覆われた足。
まさか、横に振り向く勢いを利用して、裏拳を叩き込むような形で殴り飛ばされた?
そこまで理解してから、勢いよく木の幹に強く激突する。
口から血———赤ではなく緑色の血———を吐き出し、地面に転がり落ちる。
「グルル……!」
黒犬は唸り声を上げながら、こちらへと近づいてくる。
すぐに立ち上がって、行動に移さないと……!
すぐさま立ち上がろうとするが、足に力が入らず、立ち上がることができない。
たった一撃でコレかよ……!
あの黒犬の強さがどれほどかは知らないが、それでもたった一撃でこうなるなんて……!
俺自身の体の弱さに嘆きながらも、後ろ脚で地面を蹴ろうとする。
だが、地面を擦るだけで、ジャンプするほどの力が入らない。
いや、上へと跳ぼうとすることができないと言った方がいいかもしれない。
だが、地面を蹴ろうとする勢いは変わっておらず、それによって何度も土を蹴り飛ばしている。
……いや、待てよ?
俺はとあることを考え付くと、這いずる様に体を何とか動かし、黒犬に背を見せて、逃げる様に動き出す。
黒犬と言えば、俺が背を見せたことによって、いつでも飛びつける体制を整えているのが伺える。
背を見せたことで隙だらけだと判断したのだろう。
「グルル! グアッ!」
黒犬が口を大きく開け、飛びついてくる。
俺を食おうとして、距離を詰めてきた黒犬目掛けて、地面を思いっきり後ろ脚で蹴った。
瞬間、蹴り上げられた土は黒犬の口の中へと入り込み、俺に到達する前に口は閉じられる。
「グッ……!?」
土を口に含んでしまったことで、咳き込むかの様に吐き出し、少し苦しそうにしている。
更に蹴り上げた土が少し目に入ったのか、目は閉じられ、涙が浮かんでいる。
このまま……連続で土を蹴り上げる!
再び地面を蹴ると言う行動を再開し、一度ではなく、何度も蹴り上げ、黒犬へと次々とかけていく。
目が見えない状態で、飛来する大量の土。
黒犬は体を揺らして避けようとするも避けられず、ニオイも土のせいでわからず、目を開こうとすれば、また土が入る。
それが鬱陶しく感じてきたのか、こちらに背を向けて、土が飛んできている方向とは逆へ、という感じで走り出し、この場から去っていく。
「……ギィ」
ふぅ、と一息つくと、撃退できたことに安堵する。
こんな方法でいいのだろうか、とは思うが、向こうは自分より格上の相手。
ならば、使える手は何でも使わなければ生き残れない。
とはいえ、安心したからか、頭の痛みが激しくなってきたし、体も勢いよくぶつけた時の痛みが出てき始めた。
それに意識も少しボーっとしてきたぞ。
一休みしたいところだが、あの黒犬が戻ってこないとは限らない。
それなら、この場から逃げて、安全な場所を探したいところだ。
何とか、体を引きずってでも、この場から脱出しようとするも、足に力が入らない。
少しでも、遠くへ逃げないと……!
「ギ……ギィ……!」
呻き声の様な鳴き声を上げながら、体を動かそうとするが、うまく動かない。
クソ……もうダメ、だ。
「! じょ……ぶ? しっ……して!」
誰か来た……?
朦朧とする意識の中、霞んだ視界に映った人影を見て、俺は気を失った。