飛蝗に転生
不思議な体験というものは生きている間に一度は体験するものだろう。
まぁ、その不思議な体験というのは人によって、色々だと思う。
こんな話をしている俺、飛梶 翔太は今まさに不思議な体験をしているのだ。
いや、不思議っていうか……。
『というわけで選ばれた百名の地球の方々、おめでとうございまーす! 僕からのささやかなプレゼント、異世界転生をさせようかと思いまーす!』
不思議を通り越した何かが目の前で起こっております。
今、俺が置かれている状況は何もない、ただただ真っ黒な空間の中にいる。
背景があるとすれば、俺を含め、白く輝く球体がたくさんあることと、そんな俺たちを見降ろすかの様にいる人型の白いシルエットのみ。
しかも、気のせいだろうか。
人型のシルエットの後ろから後光が差している様に見えるのは。
まるで、自分は神様仏様です、と体現しているかの様な。
いや、それは言い過ぎか?
『いえいえ、神様仏様で合ってますよ~。えっと、68番さん』
え? 今、心の中読まれた?
というより、68番ってアレか? 俺のことか?
『もちろんですよ~。貴方以外の考えも丸見えですがね~』
なんてことを考えていると、中性的な声色で話すシルエット。
その一言に俺はもちろん、他の白い球体が揺れてみせる。
恐らく、動揺か何かしているのだろう。
つうか、他の人が何を考えているのかさえわからない。
というよりも、声が出ないんだけど……なんで?
『皆さん、そこらへんを疑問に思ってそうなので、神様としてお答えしますと、今の皆さまは現世の肉体とはおさらばして、魂だけの状態になっているからです。魂にはその人のありとあらゆる情報が詰め込まれていますが、声帯は持っていないので、声を発せないのです』
なるほど~、魂の状態だから声が出ないのか! 納得……って、なるかぁぁぁぁぁ!?
なんで魂だけの状態になってんの!?
というか、現世の肉体とはおさらばって何!? しかも、言い方が軽いし!
『簡単に言いますと、当選された皆様方は我々神々の都合で、地球の方では死亡扱いになりました。えぇ、理不尽なのはわかっていますが、仕方ないですよね。それが神っていう存在ですし。暇を持て余した神々の遊び、みたいな? いえ、決して暇を持て余したから、殺したっていうわけではないんですよ? ちゃんとした理由はあるんですよ? たま~にやっちゃうこともあるんですけど、今回は違うんですよ?』
今、聞き捨てならないことを聞いた気がするんだけど。
いや、というよりも全部聞き捨てならないんだけど?
神々の都合で殺されたって……どういうこと?
先ほど言っていた異世界転生と関係あるのだろうか?
『お、察しが良い人が何人かいらっしゃいますね~。もちろん、関係ありますよ』
気のせいだろうか。
声色が少し変わった気がする。
冷たい様な声色。
先ほどまでの陽気な声色とは違う、少し怖さを感じさせる。
なんだか、とても嫌な予感がする。
『『異世界転生』というものがそちらでは流行っているそうではないですか。地球の皆さん……とは言いませんが、そういうのに憧れる人間がいるって、天使から聞きましてね? これは面白そうだと思いまして、我々はやってみようと言う話になったんですよ。あぁ、勿論、今から送る世界の神々との対談は済ませていますよ? 許可ももちろんもらっています。ですから、皆様方はこれから我々のやる『異世界転生』の第一号として、行ってもらおうと思いましてね』
何故だろうか。
ただのシルエットに、あの声を聞いているだけで、その神と名乗る者は不気味な笑みを浮かべているのを想像してしまう。
いや、実際は本当にそういう笑みを浮かべているのかもしれない。
他の人達も感じ取っているのか、魂が揺れ動いているのが見える。
というよりも、それって完璧に……。
『……アレ? 思えば、これって結局は暇を持て余した神々の遊びですね。こりゃ、失敬。ですが、いいですよね? いいですよね? だって、僕たちがそうしたいんですから。人間なら神々の遊びに付き合うのは当たり前ですよね』
いや、何さも当然の様に言っているのだろうか、この神は。
他の魂を見る限り、激しく揺れているのが幾つかある。
恐らく、怒っているのだろう。
そりゃ、そうだ。
俺は別に宗教家でもないから、神なんて信じてなかったし、いきなり殺されて、自分たちの暇を潰すための玩具になれって……ふざけんなって思うわ。
『あららぁ、まぁ、お怒りは当然ですよね。わかりますよ、わかります。神ですけど、そういう人間の想い、理解できますよ~』
凄いバカにされている気がしてならないんだけど?
嘘ではないんだろうけど、見下している感覚が凄くあるんですけど。
その時、チリンチリン! と鈴か何かを鳴らした様な音が響き渡り、人型のシルエットは反応する。
『ありゃ、おふざけしてないで早くしろって言われちゃいましたね。それでは皆様方のご意見などは全て無視して、説明を始めさせてもらいま~す! 文句も、嫌味も何も受け付けませんのであしからず!』
理不尽を通り越して、最早酷いじゃん。
そんな俺の意見も無視なのか、シルエットによる解説が始まる。
『まず、貴方達が転生する世界の名は『ニベル』と呼ばれるファンタジー溢れる魔法と剣の世界! 別に僕たちの世界にもなかったわけじゃないんだけど、科学の発展と共に人間が捨てちゃったんだよね~。まぁ、科学の方が世界を面白くするって思ったから、僕たち神々も何も言わなかったんだけどさ。おかげで、世界の文明レベル的にも、地球は上位に食い込むほどで!』
何か凄く気になることを言っていた気がするが、再びチリンチリン! と鈴の音が響き渡り、シルエットは反応する。
『もうわかりましたよ。まぁ、『ニベル』に旅立つんですから、確かに地球の話はもうどうでもいいですよね』
いや、凄い気になることがあったんだけど!?
え? 俺たちの世界にも元々は魔法とか、そういうのあったの!?
錬金術師とか、陰陽師とか、本当に存在していたの!?
『で、続けますけど』
あ、本当に無視だな、コレ。
恐らく、俺以外にも反応している人はいるのだろうが、聞こえないふりをしている様だ。
もうコレは受け入れて、話を聞くしかなさそうだ。
『転生するに至ってなんですけど、転生先を』
選んでください的な?
『ランダム使用で~』
ランダムなのかよ!?
『人間に転生するか、亜人に転生するか、はたまた魔物に転生するのかは運次第ですね。あ、人間とか、亜人だった場合は赤ん坊スタートですね。魔物の場合は赤ん坊スタートだとすぐ死んでしまうと思うので、向こうでそれなりに成長したサイズで体が生成される仕様です』
運次第と来たよ……。
でも、魔物の場合はそれなりに成長したサイズとしてスタートなんだな。
そこらへんは優しいと思うけど……コレ、何に転生した方がいい感じなんだ?
人間なのか? 亜人なのか? 魔物なのか?
向こうの世界で人間がどれほど強いのかっていうのはよくわからないが、標準的な種族だと考えていいだろう。
亜人はエルフとか、ドワーフとかのことだよな?
向こうにどれだけいるかはわからないけど、強い種族になれた方が生き残れる確率も高いよな?
後はコレも魔物に言えたことだが、ドラゴンとかの様な強い魔物なら生きていけるかもしれないが、スライムとかの弱い魔物だったら……考えたくないな。
『後々、転生特典は』
もしかして、一つだけ好きな力をプレゼント的な?
『ないので、頑張ってください』
おう、死ねと言っていますね、このクソ神。
『クソ神なんて酷いですね。そもそも皆さんゲームや漫画の見過ぎなんですよ。異世界に転生するから、神様から特別な力を貰える? あるハズないじゃないですか! 神ってのは理不尽なんですよ! それに異世界に行けばステータスがある? レベルがある? スキルがある? ハッ! そんなのあるわけないですよ』
言い切りやがったよ、この神。
『世界にそんなのあるわけないじゃないですか。世界はもっと現実的で、残酷なんですよ。ゲームの様な感覚で強くなれるわけがありませんよ。あ、ですが、向こうの魔法の説明がまだでしたね』
あの説明があったと言うことはきっと、漫画とかで見た様なスキルを望んだ人とかいたんだろうなぁ。
後はレベル上げしてやるぜ! 的なことを考えてた人とか。
『基本的には向こうの魔法は四大元素の魔法、『火』『水』『風』『土』とされています。もちろん、上級まで扱える様になれば、火は炎を、水は氷を、風は雷を、土は鉄や金と言った金属類を扱うことさえ可能とします。どうです? 魔法使いを目指す気分も湧いてくるでしょ? まぁ、転生先が人種で、魔法の才能があればの話ですがね』
上げて落とすよな、この神。
いや、というよりも基本的にはって言ったよな……。
あの属性魔法以外にも存在する?
『お、勘が良い人が何人かおられますね。ここではこういうべきでしょうか? 勘のいいガキは嫌いだよ』
使いどころが違うと思うのは俺だけじゃないハズだ。
変に現代の知識に詳しいな、この神。
『まぁ、それはさておき。えぇ、お気づきになっている通り、その世界には属性魔法以外にも補助魔法、生活魔法と呼ばれるものが存在しております。え? それ以外にもあるんじゃないのかって? ありゃりゃ、正解です。この二つで誤魔化せると思ったんですが、もっと勘が鋭い人がいらっしゃる様で。いや、この場合は審美眼に優れていると言うべきでしょうか?』
どうやら、神の隠していたことを看破した人がいる様だ。
『その世界には特別な魔法が存在します。そうですね……。例えであげるとするなら、皆さんがわかりやすいものがいいですね。例えば、その世界で確認されている魔法の一つで、『時空魔法』というのが確認されています』
つまり、どういうこと?
『あぁ、わからない人もまだいる様ですね。まぁ、もっとわかりやすく言うのなら、先ほど言った属性魔法が一般的な魔法でして、それとは違う特別な魔法……時空を操る魔法『時空魔法』が存在しているんですよ。それもその世界のたった一人しか持てない特別な力です。スキルと呼ばれるものに近い力ですね。他にも確認されている魔法で言えば、『七つの大罪』を模した『大罪魔法』と呼ばれるものを持つ者が七人存在していたりと、その世界は魔法に関しては何でもありで溢れているんですよ』
魔法に関しては何でもあり……。
つまり、スキルはないが、魔法として、特別な力を手に入れる可能性がある?
『そういうことですね。僕、説明へたくそなんで、伝わるか心配だったんですけど、伝わってよかったですよ。とは言っても、特別な魔法はその世界ではただ一人しか持てない魔法になりますので、先ほど述べた『時空魔法』や『暴食魔法』や『傲慢魔法』の『大罪魔法』は手に入れられないので諦めてくださいね』
たった一人しか持てないって、前の説明でも確かに言っていたな。
となると、向こうで生き残る確率を上げるには、その特別な魔法を会得する必要がありそうだが……。
『もちろん、ヒントはありません。自力で探してくださいね』
だろうと思ったよ。
ホント上げて落とすな、このクソ神。
『だから、クソ神は酷いですって。まぁ、魔法だけが絶対の力じゃないんで、安心してください。剣でも、槍でも、極めれば、凄いんですよ? 天を斬るとか、天を貫くとか、そういう領域まで行けちゃうんですから』
その例えだと、どう凄いのかよくわからないが、神がいうのだから凄いのだろう。
『まぁ、行けばわかりますよ』
そこまで言った瞬間、再びチリンチリン! と鈴の音が鳴り響く。
『おやおや、どうやら他の神々はもう待っていられない様ですね。僕としては楽しく会話していたので、もう少ししたい気分ですが』
ほぼ一方的だった様な気がするんですが。
『まぁ、大体のことは教えたんで大丈夫でしょう! さぁ、皆さん! 転生のお時間です!』
その瞬間、浮遊感を覚える。
辺りを見渡すと、他の人達が少しずつ透け始めているのだ。
ということは俺も透け始めていると言うことなのか?
『さぁさぁ、皆さん。僕たちは見ていることしかできませんが、向こうでは幸多からんことを願っていますよ』
絶対願ってなさそうだ、この神。
すると、何か気付いた様な仕草を見せる。
『あ、最後に見送る僕の名前だけでも教えておいた方がいいですね。それでは皆さん、いってらっしゃい! ロキよりでした!』
あ、コレ絶対碌なことが起きないよ。
だって、邪神として有名な名前じゃん、それ。
そして、視界は光へと包まれていった。
『あ……飛ばす年代はバラバラだっていうの伝え忘れました。まぁ、十年とか、二十年の違いですから、問題はないでしょう』
ぽつりと呟いたロキと名乗ったシルエットは、その空間から姿を消した。
☆
眩しい……?
ふと意識を取り戻した俺が感じたのは木々の隙間から差し込む木漏れ日の光。
それが目に当たっているからの様だ。
森からスタートって、まさか……魔物になった?
そう思い、立ち上がろうとするが、体をうまく動かせない。
何故かって、まるで手足が四本以上ある様な……?
なんだか嫌な予感がした俺はゆっくりと体全体を確かめる様に動かし、見てみる。
足が六本あって、後ろ脚は他の足と違って強靭さを感じさせる。
それをジャンプしやすい様に折りたたんだ様な状態。
そして、この体のフォルム……た、確かめなければ。
何処かに何か確認できる様なものを……!
そう思っていると、目の前に鏡が出現し、自身の姿が映し出される。
張り紙が貼られおり、そこには。
『魔物になった君たちへ、自身の姿を確認できる様に鏡を召喚しました。確認後、この鏡は消えます』
なんて、書かれているが、俺が気にするのはそこじゃない。
そこに映っているのは大型犬くらいのサイズはあるであろう俺の体。
そこまでは良い……そこまでは別にいいのだが、なったものに問題がある。
この緑色の体は……!
「完璧にバッタじゃねぇかァァァァァァァ!?」
そして、俺はバッタの魔物へと転生したのだ。
初めましての方は初めまして、風狼龍と言います。
誤字脱字、アドバイスなどがあれば、言ってくださると嬉しいです。