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魔女と暖炉




 鮮やかに色づいた紅葉も散り、どこか寂しさを感じさせる冬の季節。

 葉が散る事で風通しが良くなった森に、一陣の木枯らしの吹く。木枯らしと魔女。吹き荒れる木枯らしをその身に受けて尚、魔女は特に気にする様子もなく平然としていた。


 魔女の服装は、季節を通して変わる事はない。うなだれるような暑い夏の日差しの元でも、黒いローブを身に纏う。見ている者にとってはより一層暑さを感じさせるのだが、当の本人はどこ吹く風である。


 魔法によって寒さからも暑さからも解放された魔女にとって、身に纏う服は自身を彩る装飾品でしかない。つまる所、好き好んでそのような恰好をしているのだ。彼女が着替えるのは、彼女の気分次第。


 そんな魔女の手元には、使い古された揺り椅子が置かれていた。

 使い古してあるのは、村の老人が長らく愛用していた為だ。流石にあちこちガタがきていて、もう処分するとの事なので殆どタダ同然で譲って貰った。


 わざわざそのような物を欲しがったのは、古い方が趣があると思ったからだ。丁寧に使い込まれた道具には、使った者の人生が宿る。それが、掛け替えのない魅力に映る事もある。とは言っても、それが魔女の美学かといわれればそうでもなく、単なる気まぐれに過ぎなかったりもするのだが。


 座る際に鳴る軋んだ音。体重をかけ緩やかに椅子を揺らすと、緩んだ箇所が独特の音色を奏でる。

 それを満足そうに楽しむのだが、満足そうにしていたのはほんの僅かの間で、今は怪訝な表情を浮かべている。


 椅子に揺られながら、魔女は考えていた。揺り椅子自体に不満はない。で、あるならば何故自分の想定以下の満足感しか得られないのだろうか、と。



 しばらくそうしていると、そうだ! と言わんばかりに手を叩いて立ち上がる。揺り椅子を持ち上げ、小屋の中に場所を移すつもりらしい。温かい春の陽気に包まれまがらという場面ならまだしも、木枯らし吹き荒れる冬の屋外では風情もなにもあったもんじゃないという事に気が付いたようだ。


 場所を屋内に移し、部屋の中心に揺り椅子を配置する。そこに腰かける前に、魔女は部屋を見回した。

 そこには、簡易なベッドが一つだけ。他には何もない殺風景な空間だった。



 魔女が面倒くさそうに溜め息を吐くと、何もない空間から一冊の本を取り出した。本に記された題名は【本棚】。

 その表紙をなぞりながら、指先に魔力を込める。すると【本棚】と題された本はひとりでにページがめくられていき、【家具】と銘打たれた本棚が描かれているページを開いて動きを止めた。


 開かれたページを魔女が破り、無造作に放り捨てる。魔女の手から放たれたページは、風もないのにヒラヒラと部屋の隅に飛んでいき、”ポン”という音が部屋に響いたと思えば、そこには実物の本棚が現れていた。


 本をしまう筈の本棚が、本の中にしまわれているとはこれ如何に。


 本棚に収められている本の背表紙には、様々な題名が記されていた。先程部屋に置いた揺り椅子に目をやると、【北方っぽいの】と書かれた本を手に取る。何とも雑な題名だが、魔女は気にする素振りを見せない。題名を付けたのは魔女なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。



 本を持ったままベッドに腰かけ、足を組んで本を開く。題名──もくじ──第一章。≪内装の雛形≫

 最初の章には、様々な部屋の内装が描かれている。それぞれ配置や置かれている家具の種類は異なれど、家具のデザインは統一されている。


 パラパラとページをめくり、何度も揺り椅子に目を向ける。どうやら、目の前の揺り椅子に合う内装を模索しているようだった。しばらくそうしている内に、お眼鏡に適う内装を見つけたらしい。


 ページを開いたまま立ち上がり、本を片手に空いている方の手をベッドにかざす。

 するとベッドは淡い光に包まれた後、一枚の紙へと変わり光の軌跡を描きながら本棚に収められている【取りあえず無難なやつ】と書かれた本の中に吸い込まれていった。


 開かれているページを眺めながら揺り椅子の位置を調節すると、部屋の内装が描かれたページを人差し指でトントンと二回叩く。本が発光しながら宙へ浮かび、一拍置いた後に破かれたページが次々に本から飛び出してくる。


 光の粒子と化した複数のページが部屋を飛び交う光景はとても幻想的で、先程開いていたページの図面に沿うように家具が配置されていく様は正に圧巻である。

 尤も、それを行使してる魔女はその光景に目もくれず、部屋の一面である壁を見つめなにやら考え事をしているのだが。


 役目を終えた本が魔女の手元に帰って来ると、魔女はその本を本棚の元あった場所にしまい、先程まで見つめていた壁へと歩いていく。

 壁に手を当てながら、天井を見る。



「んー……やっぱ、空けなきゃ駄目かぁ」


 僅かな逡巡を見せた後、魔女はそう呟くと何もない空間から一本の杖を取り出した。魔女の背丈よりも頭一つ分長いその杖は、二本の太い木の枝が互いに巻き付いてるかのような造形をしており、杖の先端にはコブシ大程の水晶が埋め込まれている。


 その杖の先端。水晶が埋め込まれていない方の先端で軽く地面を小突くと、水晶から一本の光の柱が天に向かって解き放たれた。

 光の柱は屋根を貫き、空の彼方へと消えていった。屋根にぽっかりと空いた穴は、成人男性がくぐるのに苦労しない程の大きさで、綺麗な円形にくりぬかれた穴の断面に余計な破壊痕は見られない。それは、先程の光の柱が恐ろしいまでの威力を有していた事を示していた。


 その結果を見届けた魔女は、手に持っている杖をくるくると回し始め、目を瞑り呪文を唱え始める。

 次第に大気中の水分が凍り付き始め、瞬く間に氷で形成された暖炉が姿を現した。


 自らが造り上げた氷の暖炉を一通り眺めると、その出来栄えに満足したのか、杖を空間に収納したのち魔女は小屋の外へと出かけて行った。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 暖炉にくべられた薪が、ゆらゆらと立ち上る炎に包まれている。時折弾けるように聞こえるパチパチという音は、薪に残された水分が蒸発する際に発生する音だ。

 不思議なのは、炎に巻かれても全く溶ける様子のない氷の暖炉で、造られた時と寸分違わない造形を残している。


 造形自体は変わらないのだが、その外見は僅かに改良されていた。

 氷像のままでは趣が足りないと思われたのか、レンガ調になぞらえられた土で周囲を覆われており、部屋の内装と合うように色合いが調節されている。


 その暖炉の横で、魔女は揺り椅子に揺られ満足そうな笑みを浮かべていた。ローブと帽子は背もたれに掛けられ、膝の上には毛布が掛けられている。

 毛布の上には一匹の兎。換毛期を終えた冬の兎の毛はとても柔らかく、その毛並みを優しく撫でて堪能している。


 当の兎は、毛布に巻かれた野菜を堪能していた。魔女が先程外に出たのは、暖炉で燃やす薪の回収と手慰みにするモノを見つける為だった。

 一時の食事と引き換えに、その身を差し出す動物がいないか交渉しにいったのだろう。


 冬は厳しい季節だ。寒さだけでなく、食事にありつくのも一苦労する。中には冬眠したり、冬に備えて食料を蓄えて乗り越えるモノもいる。

 兎にとっても、それは魅力的な提案だったのだろう。魔女に与えられた食事を堪能した後は、幸せそうに寝息を立てている。


 そんな兎を撫でながら、また使い魔を使役するのも悪くはなさそうだ。と魔女は考えていた。

 薪の弾ける音と、軋む揺り椅子の音を子守歌に。魔女もまた、静かにそっと目を閉じる。




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