6話 友達になる
俺が理解できないという顔をしていたのだろう、バルトさんが詳しく説明してくれた。
従魔術士と従魔の間には感覚のリンクみたいなモノが存在するらしい。これは互いの相性の良さや親密度によって変化するモノで、繋がりが弱いと従魔の気持ちが何となく分かるという程度だが、繋がりが強いと従魔の感情が伝わるだけでなく一部の感覚を共有したり、言葉を使わずに意思の疎通も出来るのだ。
バルトさん曰く俺とビーデルは元々の相性が良いのか、かなり強い繋がりがあるようで、今までそれを感じられなかったのは従魔契約が完了しておらず、仮契約のような状態だったと考えられ、契約を完了したことによって本来の繋がりが効果を表したのだろうと言われた。
そういえば、名付けが終わってからビーデルの気持ちが簡単に分かるようになってたな。ただ慣れてきたのかと思ってた。
それから間もなく護衛と憲兵の駆る馬が到着した。どうやらこの憲兵は先発で、後から護送用の馬車を従えた本隊が到着するそうだ。
憲兵とバルトさんはしばらく何かを話し合っていたが、話し合いが終わると、誘拐犯の確認をしたいからと、俺に同行を求めてきた。
ビーデルの張った結界も解除しなきゃいけないし、断る理由もないので請われるままに森の中へと同行した。
誘拐犯達の所へ到着してビーデルに指示をして結界を解除すると、憲兵はバルトさんと手分けして眠っている誘拐犯の手足をロープで縛っていった。
縛り終わったら睡眠を解除した方がいいか尋ねてみたら、相手によっては文句ばっかり言って歩かせるのにも苦労することもあるらしく、それなら寝ているのを運んだ方が楽だということで、そのまま眠らせておくことになった。
最後にビーデルに預けてあった武器をカバン経由で取り出して憲兵に渡すと、それらの武器を一通り確認した後、特殊な武器は無いので戦利品としてお持ち下さいと渡されてしまった。仕方ないのでまたビーデルに預けておこう。
以上で確認作業は終了ということで、サインをして下さいと言って憲兵は一枚の書類を差し出した。
書類の内容自体は取り押さえた経緯や人数や被害状況など、問題は無かったので一通り目を通してサインをしたが、書類が日本語で作成されていたこということは、やはりここはゲームの世界なのだろうか?
憲兵への引き渡しを全て終えて俺とバルトさんが戻ってみると、各馬車の準備はすでに終了していて俺達が乗り込むのを待つばかりだった。
あまり待たせては悪いと思って幌馬車へ向かおうとすると、バルトさんにエリザスの馬車へ乗るように促される。少し申し訳ないような気がしたが、変に遠慮しては客人として扱ってくれるエリザスに失礼になるだろうと思って、バルトさんと共に馬車へ乗り込むと一行は出立した。
馬車に揺られて何時間くらい経っただろうか、そろそろ日も傾いて景色は茜色に染まる頃、もう少し先に行くと適した場所があるので、今日はそこで野営すると聞かされた。馬車での旅もそろそろ辛くなってきていたので非常に助かる。
馬車自体は流石は貴族様の馬車という感じのいかにもお金が掛かっていそうなモノだ。きっと普通の馬車に比べて乗り心地は格段に良いのだろうと思うのだが、現代日本の乗り物に慣れてしまっている俺にとっては、ゆっくりな速度・ダイレクトに伝わってくる振動・固く座り心地の悪い座席と、なかなかに辛いもだった。
まぁ座り心地に関してはビーデルに頼んでお尻の下に、薄く緩衝用の結界を張ってもらってかなり改善されたのは助かったが。
そんなことを考えていたら、予定していた野営地に到着した。
「どうです。慣れるまでは馬車の旅も少々お辛くないですか? それでも歩くことを思われれば何倍も速く移動できますので、もうしばらくご辛抱願います」
馬車から降りて伸びをしていると、バルトさんが声を掛けてくれた。
他の人達はというと、相変わらず慣れた様子で役割分担をしながらテントの設営に夕食の準備にと忙しそうに働いている。そうやって人がテキパキと働いている姿は見ていて気持ちの良いものだったが、馬車の中で退屈そうに本を広げるエリザスが視界の端に入ったので、ビーデルのボール遊びに誘ってみると嬉しそうに応じてくれた。
そしてしばらくはいつものようにボールで遊んでいたのだが、エリザスが何か思い付いたようで、ポケットからコインを取り出すと指で真上に弾き、落ちてきたコインを両手を交差させるようにキャッチして、握った両手をビーデルの前に突き出し「コインはどっち?」と尋ねると、ビーデルがエリザスの右手を指さす。
エリザスが右出を開くと手の平にはコインが乗っていた。
エリザスは器用なモノで、分からないように上手くキャッチしていたが、ビーデルの動体視力は誤魔化せなかったようで、あっさりと見抜かれてしまい3連続でビーデルの勝ちだった。
しかし次の4回目、ビーデルの選んだ左手にはコインは無く、遅れて開かれた右手にコインは握られていた。
ビーデルは納得いかないようで、左手に飛び付きコインがどこかに隠れているはずだといった勢いで指の間や手の裏を調べていたが、当然コインは見つからなかった。
俺にもよく分からないがエリザスが何か小細工をしてコインを持ち替えているのだろう、その後ビーデルは睨みつけるように見ていたが3回連続でビーデルは外してしまった。
そして次の回、ビーデルは左手をじーっと見ていたが意を決したように右手を指さすと、開かれた右手にはコインが握られていた。
それを確認したビーデルは珍しく両腕を上下に振って喜びを表していたのを見るに、その前に外した4回が相当くやしかったんだろう。
当てられてしまったエリザスは少し驚きの表情を浮かべたが、ビーデルの喜ぶ姿を目の当たりにして相好を崩していた。そんなエリザスは引き続きビーデルとの遊びを続けて、お互い裏の読み合いをしながら俺に話し掛けてきた。
「ビーデル殿は相当知能が高いですね。人の言葉を完全に理解しているようですし、何より裏の読み方が人に近く思えます」
「そうですね。下手をすれば私より賢いかもしれませんね。それはそうと、私やビーデルのことは呼び捨てで結構ですし敬語も必要ありませんよ」
前からエステルが俺に敬語を使っていることに違和感を感じていたので思い切って言ってみると、エステルはとんでもないことを思い付いてしまった。
「私は家族や使用人以外ですと接するのが目上の方が多かったので、敬語の方が慣れていて話しやすいのですが……そうだ、シュティッヒル殿も敬語をやめて友人として付き合ってくれるのであれば、私も敬語は使いません」
「またそんな無茶をおっしゃって……エリザス様が良くても周りが許さないですよ。きっと」
「平気ですよ。シュティッヒル殿は臣下でも使用人でも領民でもないのですから、父やバルトも咎めたりはしないと思いすよ。むしろ以前から私に親しい友人がいないことを心配してましたから喜んでくれるかもしれません。それとも……私と友人になるのがお嫌でしたら『シュティッヒル様』とお呼びしましょうか?」
悪い顔をするエステルに俺は白旗を上げる。
「わかりまし……いや、分かった私の負けだよエステル。ついでだから私のことはシュッテと呼んでくれシュティッヒルじゃ長くて呼び辛いだろ?」
「わかったよシュッテ。ところでキミの一人
称は『俺』じゃないのか? 他人行儀な事をすると私は泣いてしまうぞ?」
ワザとらしく目に指を添えながらチラリとこちらを見るエステル。
あの時か、バルトさんに食って掛かった時に思わず俺って言ったかも……
「よく憶えてるなぁ…この野郎。てか、人にはそう言ってエステルは私なのか?」
「私の一人称は普段から私だから問題ない。というか、貴族は細かいところに敏感だから揚げ足を取られないように気を付けなよ。シュッテ」
どうやら今回は完全にエステルにしてやられたようだ。
敗北を認めた俺が右手を差し出すと余裕の笑みで握り返してきたエステルだったが、そこへビーデルが参加して握手する俺達の手に両手を添えてくると、蕩けそうになる表情を堪えて凄い顔になっていたエステルに、見かねた俺がビーデルを抱えて差し出し助け舟を出してやる。
「抱っこしたいんだろ? 男だからって我慢することはないさ。だぶんビーデルも喜ぶだろうし」
今まで相当我慢していたんだろう。エステルはビーデルを両手で抱えると胸元でギュッと抱きしめた。
その時のエステルの様子は、ドキッとした俺が未知の扉が開くのを恐れて目を逸らしてしまう程の破壊力だった。エステル……おそろしい子!
そんなこともあって、その時の俺は少し離れた場所から見ているバルトさんの視線に気付かなかった。