1話 奇妙な出会い
初めて書いた作品なので、首を捻りたくなるような表現等あるとは思いますが、そこは何とか頑張って読み進めていただければ嬉しいです。
最初ということもあり、3話投稿させてもらいますので、ぜひお楽しみください。
「…………いでよ。…………いでよ。は………いでよ。」
どこかから声が聞こえてくるが、よく聞き取れない。
なんとか聞き取ろうと耳を澄ませてみると…………アラームの音で目が覚めた。
「ふぁぁ……起きて会社に…………あっ、今日からは会社に行かなくても良かったんだ」
スマホのアラームを止めると再び布団に潜り込み二度寝へと突入した。
沈み込んでいく意識の中で、さっきの呼び掛けが「早くおいでよ」だったような気がするなぁ………と、ぼんやり考えながら。
俺の名前は柊 虎太郎。28歳で独身だ。
一浪して入学した大学を卒業して某自動車ディーラーに就職してセールスマンとして5年間仕事に明け暮れていたのだが、3ヶ月前に可愛がってくれていた先輩が過労で亡くなったのをキッカケに必死で働く今の生活に疑問を感じた結果、めでたく無職となってしまった。
不安がないと言えば嘘になるが、幸い実家は嫁取りも済ませた長男が地元で公務員をして支えてくれているし、姉も近くに嫁いでいて何の心配もなさそうなので、そこそこ貯まった貯金を食い潰しながら今後の身の振り方を考える余裕はあるのだ。
何時間くらい経っただろうか。
強い空腹感で目覚めてみると、すでに日が高くなっているのかカーテン越しに部屋に差し込む日差しは強くなっていた。
スマホを確認すると既に午後2時を過ぎている。道理でお腹が空いているワケだな。
まだ寝足りないのか寝すぎたのか、少し重たい体を思い切って起こしてキッチンへと向かったのだが、いざキッチンに立ってみると今から料理するのは正直面倒臭いので、カップ麺で済ませようと買い置きのカップ麺にお湯を注いでタイマーをセットした。
出来上がりを待つ間、ぼーっと部屋の中を眺めていると棚に置かれたゲームのパッケージが目に留まった。
そういえば、最近ゲームやってないなぁ……。これからしばらくは自由になる時間はたっぷりあるんだからガッツリやってみるかな?
そんなことを考えていると、カップ麺の出来上がりをダイマーが知らせてきたので、カップ麺をすすりながらパッケージを手にとって眺めていた。
世間ではゲームといえばオンラインゲームが主流なんだろうが、俺は別にコミュ障って訳ではないがゲームは1人で楽しみたいタイプなので、今手に持っているゲームもオフラインのものである。
『Quest Quest』
いつ購入したのだろうか? 全く記憶には無いのだが、普段からよく衝動買いをするタイプなのであまり深く考えずにPCにディスクを読み込ませた。
カップ麺を食べ終わる頃には一通りインストール作業も終わっていて、ゲームを起動する。
タイトル画面が黒いバックにタイトルが表示されているだけたったことには少し驚いたが、昔ながらのドットゲームも嫌いじゃないのでそのまま『スタート』をクリックすると、プロローグ等は無しでいきなり名前入力の画面になった。
名前入力というとプロローグが終わって少しプレーした頃、誰かに誰何された時にするイメージだったので「えっ?」と思ったが、いつものようにドイツ語の柊を少しアレンジした「シュティッヒル」と入力して『完了』をクリックした瞬間、まるで真夜中に停電になったように、突然目の前が真っ暗になって俺は意識を手放してしまった。
その時「やっと来てくれたね」と聞こえたのは気のせいだろうか?
次に目覚めた時には森の中にいた。昼間なのだろうが大きく茂った木の枝葉のせいで日差しは遮られて少し暗い。とは言え十分に周りの状況は確認できるので、見回してみるが木々が邪魔で30m先の様子もよく確認できなかった。服は部屋着のスエットだったはずなのに、いつの間にやら地味なシャツとズボン、皮のベストに皮の靴というファンタジーの村人といった服装に変化していた。
まず最初に夢かと思ったが、少し湿った空気感や風に漂ってくる草木の匂い。こんなリアルな夢は見たことがないし、何よりあの状況で意識を失って夢を見ているなんて呑気な状況は考えられない。
頭を抱えて唸っていると目の前に何かが漂ってきた気配を感じたので顔を上げて見る。するとそこに浮かんでいたモノは、大きさ30㎝くらいでやや頭が大きめの2頭身、一応人型なのだが背中には蝙蝠のような翼があり、今現在もその翼で浮いている。真っ黒な全身タイツを着て水色の肌をした顔だけが見えているような風貌で、耳の辺りから上向きに湾曲した角も生えていて、一言で言い表すなら「子供番組に出てくるチビ悪魔」というのがピッタリだろう。
表情は半円の目を吊り上げた三白眼にへの字口と、一見怒っているようにしか見えないのだが、そのチビ悪魔は短い右手を目一杯上げて、まるで「やぁ!」と挨拶をしているような仕草をしているので怒ってはいないのだろう………たぶん。
全く理解の出来ない状況に見知らぬ森で1人きり、目の前には見たことのない奇妙な生物(?)が浮かんでいるという状況で俺が思ったことは…………めっちゃ可愛い!!!!!! だった。
次の瞬間には思わず両手を伸ばしてしまった。
「逃げられるかな?」と一瞬心配したが、その心配を余所にチビ悪魔はそのまま両手に飛び込んできたので、壊れ物を扱うように出来る限り優しく抱きしめた。
その感覚は犬や猫を抱いた時とは違う、当然ながら経験は無いのだが我が子を抱いたらこんな感覚なんじゃないだろうか?と思わせるものだった。
感触を一頻り楽しんだ俺が開放してやるとチビ悪魔は再び俺と視線を合わせるようにフワフワと浮かんだ。その姿を見ているとまた抱きしめたくなるが、そこは我慢してチビ悪魔に話し掛けた。
「俺の言ってることは理解出来るか? 出来るなら首を縦に動かして」
チビ悪魔は「ビッ」という一声と共にお辞儀をするように大きく頷いた。
「よし。これからする質問にハイなら縦に、イイエなら横に動かすんだぞ。質問が理解出来ない時は首を横に倒すんだ。分かったか?」
「ビッ(コクン)」
「お前には名前はあるのか?」
「ビビッ(ブンブン)」
「名前はないのか……近くに住んでたり仲間がいたりするのか?」
「ビビッ(ブンブン)」
「そうか……どこから来たのか分かるか?」
「ビ?(コテン)」
自分で指示をしておきながらチビ悪魔の小首を傾げる仕草の破壊力に、思わず口を塞いで思い切り叫んでしまった。結果として短時間とはいえ自らの溢れる衝動に抗い続けて、精神力が2つ位レベルアップしたような気がした。気がしただけだろうけど……。
その後色々と内容を変えて質問してみたのだが、やはり肯定と否定だけでは上手く情報を引き出すのは難しく、推測を交えながら纏めたチビ悪魔の情報が次の通りだ。
・種族、住処、ここにいる目的等は不明
・俺に対して敵意は無い。というか味方のようだ。
・戦闘能力は高い(らしい)
・会話は基本「ビ」のバリエーションとゼスチャー。
ほとんど情報らしい情報はないが、敵じゃないと分かっただけでも安心である。因みに戦闘力に関しては、試しに太さが一抱え以上ある木の幹をワンパンで粉砕したので腕力があるのは間違いない。それだけで戦闘力は測れないが弱くないことは間違いなさそうだ。
「最後に聞くけど、目的も無いんなら俺と一緒にくるか? 俺も何をするのか全く決まってないけどな」
この先も決まってないのに誘ってどうする?とも思ったが、チビ悪魔は意外と嬉しそうに(表情は変わらないが)何度も頷いたので、「これからよろしくな」と言って右手を摘まむように握手をしたら、チビ悪魔は「ビービー」言いながら俺の周囲を飛び回っていた。
そんなチビ悪魔を眺めていると、大切な事を思い出した。
チビ悪魔の愛らしさで意識の外へはじき出されてしまっていたが、今の状況が全くと言っていいほど理解できていない。
とは言いつつもチビ悪魔との触れ合いを経て落ち着きを取り戻した今は、この状況が夢ではなく俺の知らない世界に存在しているということは確信している。
まぁそれが分かったところで何をしていいのか思い付かないんだけど…………はぁ。
深い溜息を吐いたからだろうか? 何かを思い出したかのように俺のお腹が「ぐぅ~~~~!」と盛大な音を響かせた。
先程から飽きる様子も無くフワフワと飛び回っていたチビ悪魔は俺のお腹の音に気付くと「ビッ」と短く鳴きながら右手を上げたかと思うと森の奥へと飛んで行った。
一度は追いかけようかと思ったが、何となく「待ってて」と言われたような気がしたのでそ、その勘を信じて待ってみることにした。
待つこと数十分。さすがに待つことに不安を感じ始めていると、森の奥からチビ悪魔が戻ってきた。
てっきり食料を探しに行ってくれたのかと思っていたのだが、戻ってきたチビ悪魔は手ぶらなことに気付いて少しガッカリしてしまった。
それでもチビ悪魔が無事に戻ってくれただけでも喜ばなくちゃな。
そんな俺の気も知らないチビ悪魔が俺の足元に降り立って両手を前に突き出すと、どういう仕掛けかは見当もつかないが空中に黒い穴のようなモノが開いて、その穴からリンゴやバナナやブドウといった果実が転がり出た。
目の前で起こった異様な出来事に目を丸くしている俺に、チビ悪魔は地面に転がったリンゴを拾って差し出してくる。
その仕草の可愛さに俺の頭の中の疑問符はキレイに一掃され、気が付けば俺はチビ悪魔から受け取ったリンゴを齧っていた。