記録に残す、ということ
◆ 王国アステル/中央教会・資料室
(王国教会視点)
王都アステル中央教会の資料室は、いつも静かだった。
外の喧騒とは切り離され、
紙をめくる音だけが、ゆっくりと響く。
「……また、この人物ですね」
若い司祭が、束ねられた報告書に目を落とす。
ミリア。
性別:女。
猫耳族の冒険者。
王都近郊で発生した小規模な境界揺らぎ。
いずれも実害はなく、自然復帰している。
そのすべてに、彼女の名がある。
「偶然……でしょうか」
「そう片付けるには、少し重なりすぎているな」
老司祭が、記録を指でなぞった。
異常はある。
だが、問題は起きていない。
それが判断を難しくしていた。
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◆ 王国教会/小会議室
(司祭会議)
話し合われたのは、処遇ではない。
危険性は確認されていない。
神力反応も、権能行使も観測されていない。
「監視対象とする必要はない」
「だが、完全に無関心というわけにもいかん」
結論は穏健だった。
「個別記録として整理する」
拘束も、聖別も行わない。
接触も不要。
ただ、人物として把握する。
それだけ。
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◆ 王国教会・個別記録
(正式文書)
氏名:ミリア
性別:女
種族:猫耳族
年齢:不明(外見若年)
所属:冒険者ギルド(王都アステル)
活動範囲:王都および周辺地域
特記事項:
・境界揺らぎ事案との関与率が高い
・神力・権能・精霊契約の明確な反応なし
危険性評価:不明
現段階判断:一般冒険者と同等
対応方針:経過観測
記録官は淡々と筆を止めた。
「……現時点では、問題なしですね」
「ええ。現時点では」
それ以上の言葉は交わされなかった。
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◆ 王国アステル/冒険者ギルド
(ミリア視点)
「……なんやろな」
ギルドの中で、ミリアは小さく首を傾げる。
誰かに声をかけられるわけでもない。
視線を向けられるわけでもない。
ただ、
“把握されとる”感じがある。
「まぁ、別に悪いことしてへんし」
掲示板から依頼票を一枚取る。
内容は、街道巡回。
いつも通りや。
「行ってきます」
受付に声をかけて、外へ出る。
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◆ 王国教会/別室
(老司祭)
「彼女は、何もしていない」
「だが、何かが起きる場所にいる」
疑念ではない。
警戒でもない。
ただの観測。
「世界が、彼女を避けているようにも見える」
その言葉は、口に出されただけで、
記録には残らなかった。
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◆ 夜/王都アステル
(ミリア)
宿への帰り道、月を見上げる。
「……また、見られてた気ぃするな」
嫌な感じはせぇへん。
むしろ、静かや。
「女の子やから目立つんやったら、困るけどな」
そう呟いて、扉を開ける。
この日も、何も起きなかった。
ただ――
王国アステル教会の記録には、
最初から当然のように
一人の冒険者として、ミリアの名が残された。
それだけの話。




