静かな祭壇の下で(教会側視点)
聖堂の奥は、昼でも薄暗い。
高い天井、色褪せた壁画、そして中央に据えられた女神像。
淡い微笑みを湛えたその姿は、古くから「創造の象徴」として崇められてきた。
「……今日の報告は、これで以上です」
若い神官が書類を置く。
神官長は無言で目を通し、指先で紙を整えた。
「冒険者ギルドからの情報提供が増えてきましたね」
「はい。特に――最近登録された、猫耳族の少女について」
その名は、書類には小さく記されている。
――ミリア。
「氷属性を中心に使用。回復の痕跡あり。ただし詠唱・魔道具の使用は確認されず」
「……確認されず、か」
神官長は低く呟いた。
魔法を安定させるための杖も、アーティファクトも、
彼女は使っていないと記されている。
それでいて、戦闘後の負傷は皆無。
疲労の兆候も、ほとんど見られない。
「祝福の記録は?」
「ありません。洗礼も、加護も、正式なものは一切」
「……そうですか」
沈黙。
女神像の影が、ゆっくりと床に伸びる。
「――偶然、というには重なりすぎていますね」
神官長はそう言って、像を見上げた。
「最近、“噂”が増えています」
「噂?」
「ええ。街では……『教会に祀られている存在と、どこか似ている』と」
若い神官の声が、わずかに震える。
「似ている、とは?」
「雰囲気、だそうです。
話し方や仕草、色合い……特に、ピンク色の衣装」
「……像は、何百年も前からあの色です」
「はい。ですが――」
神官は言葉を濁した。
“今になって”思い出したかのように、人々が口にし始めている。
それが、妙だった。
「彼女自身は?」
「自覚は、まったく。
むしろ、普通の冒険者として振る舞っています」
「……それが、なおさら厄介ですね」
神官長は席を立ち、祭壇の裏へと歩く。
そこには、古い記録庫がある。
「かつて、人は神を信じ、
神は人を“見守っていた”とされています」
壁に刻まれた文をなぞりながら、続ける。
「ですが、時代が進むにつれ――
神は“遠い存在”となった」
若い神官は、息を呑んだ。
「……もし、ですよ」
神官長は振り返らずに言った。
「もし、神ではない“何か”が、
神に似た力を持っていたとしたら?」
「それは……危険では?」
「ええ。ですが同時に、希望でもある」
神官長は、静かに笑った。
「問題は――それが“自分自身をどう認識しているか”です」
再び、沈黙。
遠くで鐘が鳴る。
「監視は続けますか?」
「ええ。ただし――接触は控える」
「理由は?」
「彼女は、まだ“何者でもない”」
女神像の影が、わずかに揺れた。
「そして、何者でもない者ほど……
世界を大きく揺らすものですから」
その言葉は、記録には残されなかった。
だがその日から、
教会は一人の少女を――
神でも、凡人でもない存在として、
静かに注視し続けることになる。




