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薄氷のきらめき

朝の光が宿屋の窓から差し込み、ミリアはまだ夢の残る瞳を細めながら伸びをした。

外は穏やかな日差しに包まれ、いつもと変わらぬ平和な一日が始まるはずだった。


「……今日も普通かな?」


そう呟いて外に出ると、空気は冷たく澄んでいるが、どこか違和感を伴っていた。

いつもより少しだけ、世界の輪郭がぼやけて見えるような――そんな気がした。


街の中心にある冒険者ギルド前の依頼掲示板。

そこには今日も数多くの依頼が貼られている。

しかし、ミリアの目には、依頼内容の文面がほんの少し違って映った。


「夜行性の魔物が増えているため、十分注意して下さい――」


そう書かれているが、かつて見たものより推奨ランクが高く、どこか余計に不安を煽る書き方だった。

ミリアは首をかしげる。


(あれ、これ前はもっと淡々と書いてなかった?)


確かに以前は、「夜は危険だから注意を」という程度だったはず。

それが今は、「危険度が増している」と明確に強調されているのだ。


ミリアは深く考えずに依頼書を手に取り、森へ向かった。



森の入り口は相変わらず静かで、木々の間を縫う風が優しく揺れる。

けれど、森の奥へ進むにつれ、彼女の感覚は鋭くなっていった。


(なんだろう、このざわつき……)


葉のざわめきがいつもより強く感じられ、微かな震えが全身を駆け抜ける。

それは魔物の気配とは違う。もっと根源的な、世界の“揺らぎ”のようなものだった。


ミリアは静かに魔力を溜める。


「アイスショット!」


凍てつく氷の矢が放たれ、目の前の魔物を貫いた。

その瞬間、森全体がかすかに震えたような気がして、彼女は足を止めた。


「……?」


空気の流れ、光の揺らぎ、すべてが微妙に違っている。

まるで、この世界が自分の知らない間に少しずつ形を変えているように感じられた。


戦闘は思ったより早く終わり、倒した魔物の体はすぐに消え去った。

その“消え方”は滑らかすぎて、逆に不自然だった。


「なんだか……変ね」


森を抜ける途中、ふと空を見上げると、淡い光が樹々の間をゆらめいていた。

光の中に、見覚えのある精霊の姿はなかった。

けれど、どこか遠いところで“何か”が確かに息づいている気配があった。



宿屋へ戻ると、同年代の女の子がにこやかに出迎えた。


「おかえり、ミリア!今日も無事だった?」


「うん、まあね」


女の子はすぐに話を切り出す。


「ねぇ、最近教会の人たちが不思議な噂話してるの知ってる?

森のあたりで、光が揺れたとか、風が変だとか……」


「そんなの聞いたことないよ」


ミリアは首をかしげながらも、心の奥にくすぶる不安を隠した。


「でも、なんだか最近、いつもと違う気がするの」


女の子の声は震えていた。


「世界が、少しずつ変わっているのかもしれないね」


ミリアは微笑んで答えた。


「大丈夫。私たちがいるから」


その言葉に自分でも少し勇気づけられた気がした。



夜。ミリアはベッドに横たわり、手のひらでランクカードを握った。

カードは淡く光り、まるでこの世界のどこかへ信号を送っているかのようだった。


「……少しずつ、変わっている」


理解できない変化に戸惑いながらも、ミリアの心は確かに何かを感じ取っていた。

それは脅威でもなく、幸福でもない。

ただ世界の“リズム”がじんわりと変わっていることを。


目を閉じると、胸の奥に残る小さな違和感が、まるで氷の欠片のように冷たく輝いた。

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