静かな了承
森の奥は、思っていたよりも静かだった。
「……迷子、ここまで来たの?」
白い小動物は、私の足元をくるくると回ってから、ふいに立ち止まった。
尻尾を揺らし、こちらを見上げる。
(あ、ここか)
小さな祠。
木々に囲まれて、長い時間放置されていたような、古びた石造り。
「ここが、おうち?」
返事の代わりに、ちいさく鳴いて肯定する。
私は思わず微笑んだ。
「よかったね。じゃあ、もう大丈夫だよ」
そう言って一歩下がった、その瞬間だった。
――空気が、すっと澄んだ。
冷たいわけでも、重いわけでもない。
ただ、余計なものが取り除かれたような感覚。
(……あれ?)
一瞬だけ、背中がぞわっとする。
でも、それはすぐに消えた。
「気のせい、かな」
小動物は祠の影へと消え、もう振り返らなかった。
依頼は完了。
それだけの、はずだった。
私は森を後にした。
⸻
――同じ頃。
人界とは異なる層。
名を与えれば歪むため、名を持たぬ領域。
そこでは、風も水も、光も、言葉を交わさない。
だが“理解”だけが、静かに共有されていた。
《……動いた》
《直接ではない》
《了承、という形だ》
幾重にも重なる気配が、短く応答する。
《介入は最小限》
《観測継続》
《管理者判断、確認》
それ以上の言葉はなかった。
命令も、感情も、評価もない。
ただ一つだけ、全てが一致していた。
――今は、触れない。
それが“上”からの意志であり、
同時に、彼ら自身の判断でもあった。
領域は再び沈黙する。
誰かが名を呼ぶこともなく、
答えが返ることもないまま。
⸻
町へ戻ると、夕方の光が通りを染めていた。
「ただいまー……って、誰に言ってるんだろ」
小さく笑って、私は宿屋の扉を開ける。
「おかえり、ミリアちゃん!」
女将さんの声は、いつも通り明るい。
「もう依頼終わったの?」
「うん、すぐだったよ」
「さすがだねぇ。最近ほんと、仕事早いよ」
「そうかな?」
自覚はない。
ただ、やることをやっているだけ。
部屋に戻って、コートを脱ぐ。
フリルの端を整えながら、ベッドに腰を下ろした。
(今日も平和だったな)
少しだけ、眠気がくる。
外では風が吹き、
どこか遠くで鐘の音が鳴った気がした。
――その夜。
教会の記録係が、一行だけ追記する。
「精霊反応、沈黙継続。
不干渉状態、維持」
それだけ。
名前も、理由も、結論もない。
けれど、世界のどこかで、
静かな了承が交わされたことだけは――
確かに、起きていた




