静かな歯車が噛み合う音
冒険者ギルドの朝は、いつもと変わらない。
掲示板の前に立ち、私は依頼書を眺めていた。
「うーん……今日は、これかな」
街道沿いの魔物間引き。
特別難しくもなく、特別楽でもない、ごく普通の依頼。
「これなら、問題ないよね」
自分にそう言い聞かせて、受付へ向かう。
「こちらの依頼、お願いします」
依頼書とカードを差し出すと、受付のお姉さんの視線が一瞬だけ止まった。
「……確認しますね」
ほんのわずかな間。
最近、この“間”が増えている気がする。
「問題ありません。お気をつけて」
「はい!」
理由は分からないけれど、
少しだけ胸に引っかかるものを残したまま、ギルドを出た。
*
街道を抜け、森へ入る。
「……いるね」
空気が変わる。
足を止めた瞬間、左右から気配が迫った。
「アイスショット!」
反射的に放った氷の弾が、先に飛び出してきた魔物の脚を凍らせる。
もう一体にも同じ魔法。
凍結したところを、確実に仕留める。
「……思ったより、数が多い?」
でも、焦りはない。
呼吸も、魔力も、安定したまま。
少し奥へ進むと、さらに一体。
「……まだいるんだ」
距離を取り、同じように対応する。
戦闘は続いたけれど、
無理だと思う場面は一度もなかった。
「……終わり、かな」
森を出る頃には、陽が傾いていた。
「ちょっと時間かかったけど……普通、だよね」
そう思いながら、ギルドへ戻る。
*
報告は、淡々と進んだ。
「被害なし。消耗も、ほとんどなし……」
受付のお姉さんが記録を取りながら呟く。
「何かありました?」
そう聞くと、彼女は一瞬だけ言葉を選んでから答えた。
「いえ。ただ……想定より、多かったですね」
「魔物?」
「ええ。でも、問題ありません」
それで話は終わった。
*
しかし、その夜。
ギルド奥の事務室では、別の会話が交わされていた。
「……この依頼、本来は複数人想定です」
「単独で、しかも無傷」
「しかも、最近ずっとこの調子です」
記録が机に並ぶ。
どれも、同じ名前。
「昇格基準、満たしてますよね」
短い沈黙の後、誰かが頷いた。
「ええ。ランクDへ昇格、承認します」
「通知は?」
「……保留で。様子を見ましょう」
印が押され、書類が閉じられる。
*
その頃。
私は宿屋の部屋で、ベッドに倒れ込んでいた。
「……ちょっと歩き回りすぎたかな」
でも、体は軽い。
常時回復のおかげで、疲労はすぐに消えていく。
「明日は、もう少し楽なのにしよう」
机の上のギルドカードを、何気なく見る。
ランク:D
「……あれ?」
少し前まで、Eだったはず。
「……いつの間に?」
でも、すぐに首を振った。
「まぁ、頑張ったってことだよね」
深く考えることは、しなかった。
それが、この“静かな歯車”の始まりだとも知らずに




