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静かな歯車が噛み合う音

冒険者ギルドの朝は、いつもと変わらない。

掲示板の前に立ち、私は依頼書を眺めていた。


「うーん……今日は、これかな」


街道沿いの魔物間引き。

特別難しくもなく、特別楽でもない、ごく普通の依頼。


「これなら、問題ないよね」


自分にそう言い聞かせて、受付へ向かう。


「こちらの依頼、お願いします」


依頼書とカードを差し出すと、受付のお姉さんの視線が一瞬だけ止まった。


「……確認しますね」


ほんのわずかな間。

最近、この“間”が増えている気がする。


「問題ありません。お気をつけて」


「はい!」


理由は分からないけれど、

少しだけ胸に引っかかるものを残したまま、ギルドを出た。



街道を抜け、森へ入る。


「……いるね」


空気が変わる。

足を止めた瞬間、左右から気配が迫った。


「アイスショット!」


反射的に放った氷の弾が、先に飛び出してきた魔物の脚を凍らせる。

もう一体にも同じ魔法。


凍結したところを、確実に仕留める。


「……思ったより、数が多い?」


でも、焦りはない。

呼吸も、魔力も、安定したまま。


少し奥へ進むと、さらに一体。


「……まだいるんだ」


距離を取り、同じように対応する。


戦闘は続いたけれど、

無理だと思う場面は一度もなかった。


「……終わり、かな」


森を出る頃には、陽が傾いていた。


「ちょっと時間かかったけど……普通、だよね」


そう思いながら、ギルドへ戻る。



報告は、淡々と進んだ。


「被害なし。消耗も、ほとんどなし……」


受付のお姉さんが記録を取りながら呟く。


「何かありました?」


そう聞くと、彼女は一瞬だけ言葉を選んでから答えた。


「いえ。ただ……想定より、多かったですね」


「魔物?」


「ええ。でも、問題ありません」


それで話は終わった。



しかし、その夜。

ギルド奥の事務室では、別の会話が交わされていた。


「……この依頼、本来は複数人想定です」


「単独で、しかも無傷」


「しかも、最近ずっとこの調子です」


記録が机に並ぶ。

どれも、同じ名前。


「昇格基準、満たしてますよね」


短い沈黙の後、誰かが頷いた。


「ええ。ランクDへ昇格、承認します」


「通知は?」


「……保留で。様子を見ましょう」


印が押され、書類が閉じられる。



その頃。

私は宿屋の部屋で、ベッドに倒れ込んでいた。


「……ちょっと歩き回りすぎたかな」


でも、体は軽い。

常時回復のおかげで、疲労はすぐに消えていく。


「明日は、もう少し楽なのにしよう」


机の上のギルドカードを、何気なく見る。


ランク:D


「……あれ?」


少し前まで、Eだったはず。


「……いつの間に?」


でも、すぐに首を振った。


「まぁ、頑張ったってことだよね」


深く考えることは、しなかった。


それが、この“静かな歯車”の始まりだとも知らずに

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