可愛いは、譲れない
朝の空気は少し冷たくて、でも気持ちがいい。
ミリアは宿屋の部屋で、コートの裾を整えていた。
淡いピンク。フリルは多め。フード付き。
「……うん、今日も可愛い」
小さく頷いて、それだけで満足する。
装備として見れば、多少目立つ。
でも、防御も補助もちゃんとあるし、動きにくいわけでもない。
何より――
「気分が上がるんだもん」
それが一番大事だった。
⸻
階下に降りると、同年代の宿屋の女の子が声をかけてくる。
「おはよー、ミリア。今日もその服?」
「おはよ。うん、好きだから」
「似合ってるよ。
……戦いに行く服には見えないけど」
「よく言われる」
ミリアは気にせず笑った。
「でも、可愛い方が落ち着くし」
「それで強いんだから、不思議だよね」
「……そう?」
本気で不思議そうな顔をするから、相手はそれ以上何も言えなくなる。
⸻
ギルドの掲示板には、いつもの依頼が並んでいた。
「森の魔物討伐……これでいいかな」
難易度は低め。
強敵の記載はなし。
ミリアはそれを剥がし、受付に渡す。
「この依頼、受けます」
「はい。
……あ、ミリアさん」
受付の女性が、少し言いづらそうに続ける。
「最近、あなたの依頼って……
報告内容が、ちょっとだけ特殊で」
「え?」
「いえ、その……問題はないんですけど」
言葉を濁す様子に、ミリアは首を傾げた。
「終わってればいいよね?」
「……はい。そうですね」
⸻
森は静かだった。
魔物の気配はあるけれど、どれも弱い。
「じゃ、行くよー」
軽い声と同時に、魔力を整える。
「――アイスショット」
放たれた氷の弾は、正確に魔物を貫いた。
凍結。停止。崩壊。
「……うん」
いつも通り。
次の魔物も、同じ。
戦闘は淡々と進み、時間もかからない。
ただ、倒れた後の森が――
妙に静かすぎる。
「……こんなもの?」
氷の名残も、魔力の滞留も、すぐに消えていく。
ミリアは深く考えない。
戦えた。
怪我もない。
服も汚れていない。
「よし、完了」
⸻
街へ戻る途中、ふと風が止まった。
ほんの一瞬、
誰かに見られているような感覚。
「……?」
振り返っても、誰もいない。
代わりに、胸の奥が少しだけ――
“整う”。
「……変なの」
でも嫌な感じじゃない。
ミリアは再び歩き出す。
⸻
同時刻、記録室。
「……また、同じです」
神官が報告書を置く。
「戦闘結果は正常。
ですが、魔力消費量と残滓が一致しません」
「属性は?」
「氷系、のはずですが……
単純な氷では説明がつかない、と」
大神官は黙って紙を閉じた。
「……今は、記録のみだ」
「はい」
誰も、“答え”に踏み込まない。
⸻
宿屋に戻ったミリアは、コートを脱いで椅子に掛ける。
「今日も無事」
フリルを指で整えて、満足そうに微笑む。
強いという自覚はない。
特別だという意識もない。
ただ――
「可愛い服で、ちゃんと冒険できた」
それだけで、今日は充分だった。
世界の方が、
少しずつ彼女を測り始めていることを――
ミリアは、まだ知らない。




