救世主と呼ばれた日常
王都アステルの朝は、いつも通りだった。
石畳に響く足音、焼き立てのパンの匂い、冒険者ギルド前のざわめき。
昨日までと、何ひとつ変わらない。
「……ほんまに平和やなぁ」
ミリアは伸びをしながら、ギルドの掲示板を見上げた。
依頼は雑多で、危険度も低い。
大型魔物の討伐も、戦争の兆しもない。
「昨日まで“何も起きへんのが不気味”やったのに、今日は逆に安心するわ」
その直後だった。
鐘が鳴ったのは。
緊急招集――
王都近郊、旧街道方面に正体不明の存在出現。
「強敵、やってさ」
パーティーメンバーの一人が、少しだけ緊張した声で言う。
ミリアは肩をすくめた。
「まぁ、行こか。放っとくわけにもいかへんし」
⸻
旧街道に現れたそれは、確かに“異質”だった。
魔物の形をしていない。
魔力反応はあるが、属性が定まらない。
攻撃の意思は薄いのに、近づくものを拒むように空間が歪む。
「……これ、厄介なやつちゃう?」
誰かが呟く。
戦闘は始まった。
だが――激しいものにはならなかった。
ミリアが前に出た、その瞬間。
風が止まり、
空気が一拍遅れ、
“それ”は、抵抗する理由を失ったように崩れた。
派手な一撃も、必殺技もない。
ただ、終わった。
「……終わり?」
ミリアは首を傾げた。
だが、周囲の騎士や冒険者たちは違った。
「倒した……?」
「今の、見たか……?」
「街道が、完全に元に戻ってる……」
その日のうちに、話は王城まで届いた。
⸻
数日後。
王城・謁見の間で、ミリアたちは並んでいた。
正装など持っていないので、多少ラフな格好だ。
「王国アステルは、諸君らの功績を称える」
国王の言葉に、場が静まる。
“強敵の排除”
“街道と物流の回復”
“王都への被害ゼロ”
どれも事実だ。
だが、ミリアには少しだけ違和感があった。
「……そんな大事やったんやろか」
勲章が授与され、金一封が渡され、
パーティーメンバー全員が表彰された。
周囲からは、こんな声も聞こえる。
「救世主だ」
「若いのに、大したものだ」
「次代を担う冒険者だな」
ミリアは苦笑いする。
「大げさやて……」
⸻
その夜。
ギルドでの小さな祝いの席。
笑い声と酒の匂いに包まれながら、ミリアはふと考える。
強敵だったのか。
本当に。
戦った感覚が、あまりにも薄い。
勝った実感が、ない。
「まぁええか。平和になったなら」
そう言って杯を傾ける。
世界は、今日も静かだ。
秩序は、正しく動いている。
誰も疑わない。
この“日常”が、少しずつ次の章へ近づいていることを。




